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第二十二話 浄化の風

 ――四年前――

「本当に見苦しい」
 天位昇格試験の最中、天子同士の諍いさかいが起こった。
 家同士の確執から始まり、止めに入った天子が源子だったことから彼らへの差別的発言が繰り返され、見て見ぬ振りをしていた周りの天子の神経を逆撫でた。
 それを当時十五歳にして天位翠だった藤森ふじもり美宙みそらが力で捻じ伏せる。彼女は遅れて到着した審査員らに後始末を任せて、心配そうに事態を見守っていた広輝たちの元に戻った。
 仲間であるはずの者同士の争いの無意味さに呆れ、『見苦しい』と零していた。
「こう天力も魔力も一発で消し去れないかしら」
「天力も?」
 不思議そうに広輝が聞くと、美宙は教えるかのように答えた。
「そうすれば仕事もすぐ終わるし、ああいう人たちのケンカも終わらせられる」
 それが理想だとでも言うように。
「何より戦わなくて済むじゃない」
 と。

 ――現在――

「集中します。時間をください」
 広輝は胸に手を当て、瞼を閉じて心を鎮める。自分の昂りも不安も最小限に抑える。周囲の力を感じ取り、同じになる為に。その力に同調する為に。
「行くわよ」
 広輝が準備に入ったのを確認すると、玲菜は鳳凰の周りに水玉を展開させる。先と同じように拘束できればと考えたが、鳳凰はそれを察知。両翼を広げて水玉を排除した。
 玲菜の合図で歩が鳳凰の左側面へ、七重が右側面へ回っていた二人が天術を放つ。
「ごめんね! 愛紗ちゃん」
 両手に天力を収束させ、ウォーターカッターさながらの水圧の水流を放つ。その二つは直径五センチにも満たない範囲ながら、高密度の水流が鳳凰の左翼を撃ち抜いた。
 しかし鳳凰は意にも介さず体を沈めて飛ぶ準備に入る。
「うそん」
 鳳凰の形をしていても所詮は天魔力の塊。歩が射貫いた穴は瞬時に塞がれた。
「これなら」
 反対側の七重が鳳凰の真上に竜巻を展開する。但し反対向きの。
 風の刃を織り交ぜたダウンバーストが鳳凰の胴体を襲う。首、背中、腹、脚を次々と切り刻む。
 鳳凰は飛ぶことを止め、横へ移動してダウンバーストから逃れる。その体に無数の傷跡ができたが、歩の時と同じですぐに再生した。
 七重を見つけると、嘴を空へ向けて大きく広げた。
 ブレスの合図。
 七重と玲菜、優里菜が防御を図る。特に玲菜と優里菜は覚悟を決める。避ける訳にはいかなかった。後ろの広輝の集中を途切れさせない為に。ただ神社を消し飛ばした鳳凰のブレスを防ぎきれるかは賭けだった。
 最悪、優里菜に広輝を避難させることも玲菜は考えた。
 しかし優里菜の側で、一人だけ攻撃の準備に入る男がいた。両手に炎を宿して詠唱に入る。
「紅蓮の業火よ」
 大樹である。その表情は不服を堪えているように、怒りを押し殺しているように、感情を押し留めていた。喜怒哀楽をそのまま表に出す大樹らしくはなかった。けれど鳳凰を見据える眼は、とても力強い。
「我が魂を喰らい、この世に顕現せよ」
 両手の炎が大樹の全身を覆うように燃え上がる。
「櫻を燃やし、大火となりて、神の息吹を焼き払わん」
 鳳凰の眼が強烈な光を見つける。
 天魔力を収束させた嘴を向けたまま、その眼が赤炎纏う大樹に狙いを変えた。
 大樹は優里菜と玲菜の前に出る。
「大樹くん!?」
 優里菜の制止も聞かず、己の感情と理性に従って炎を燃やす。
 大樹史上、最大火力の赤炎。周りも自分自身も焦がしそうな火群ほむら。
 その火炎に鳳凰はブレスを放つ。
 同時に大樹は全霊で放った。
「紅蓮業火ヴォルブフレイム!」
 二つの力は衝突し、拮抗・・した。
 両者の力の激突で一帯に爆風が生まれる。
 七重と歩はその衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされ、林の中に消える。
 玲菜は広輝を最優先に防御結界を張った。その中に大樹はいない。炎を放つ直前、その背中に直感した。大丈夫だと。その証拠に緑風と赤炎はまだ拮抗している。
「おらあああああああ!!」
 四ヶ月前に身に着けた白炎ではなく、新たに生み出した天術の赤炎。
 大樹は心を奪われていた。あの絶刀に、あの真空の刃に。何物をも両断する一振りに。
 憧れた。心惹かれた。唯一無二の絶対技に。
 それを扱う男はどこまでも気に食わず、反りも合わず、明確に嫌いだったが、その力は本物だった。
 彼に教えを請う事は大樹のプライドが許さなかった為、一樹父と隆也に改めて天術の指導を願い出た。いつもの訓練だけではなく、高密度・高出力・高威力の鍛錬を。
 そうして発想した天術・紅蓮業火ヴォルブフレイム。一度、全力で全身から炎を放出し、それを可能な限り収束させて放つ。但し、発想した良いものの、鍛錬では収束が上手く行かずに、半端な炎となっていた。一度も成功していなかった。
「はあああああああ!!!!」
 しかし今、人工神たる鳳凰のブレスと拮抗し続けている。
 紅蓮業火ヴォルブフレイムが完成した証。
 これを可能にしたのは、奇しくも大樹が嫌う男の存在だった。大樹には彼の考えも行動原理も理解不能なので、その行動も理解できない。感情を見せず、心を見せず、自分を理解してもらおうと思っていなかった。年は一つしか違わないのに同世代の知り合い・友人のどれにも似つかない。しかも[堕天子]などという嫌われた異名すら持っている。そう呼ばれるようになった経緯は知らないが、堕天子の前に[仲間殺し]が付くほどの悪名。明白な危険人物のはずである。その危険人物であるはずの男は周りの信用を徐々に得て、大樹が信頼する人たちの信用も得た。大樹には納得がいなかった。
 そんな男が『助けたい』と言った。心を表に出して、悲しみの中にいる少女に笑顔を取り戻して欲しいと。
 気に食わない。
 不良が少し優しい所を見せて、実は優しい奴と思われるくらい気に食わない。
 それでも、明かされた心は本物だったから。あの思いは嘘ではなかったから。
 応えなければ男じゃない。
(俺は広輝あいつとは違う!)
 嫌いな人間だろうと、その願いが本物で共感できるものならば、櫻守大樹は心に火を灯す。点けた火を炎に変えて、全力で応える。
 その決意や覚悟が大樹の炎を完成させた。
 けれども相手は人工神。鳳凰のブレスが止む気配はなく、大樹の放出量に底が見えてきた。気合で持ち堪えるも限界が近づいてくる。
 一瞬でも気を抜けば押し返されそうな風のブレス。歯を食いしばり、地面を踏みしめ、果敢に腕を前に出すが、ずるずると押し込まれていく。
「ーーっ」
 気持ちも最後の一線になった時、踵に何かが当たる。後ろに目をやると、それは玲菜の結界だった。
 その向こうで優里菜が心配そうにしながら何かを叫んでいた。
「○○○○!」
 聞こえずとも口の形だけで大樹には十分だった。その声援が心の炎をもう一度燃え上がらせる。
「〜〜っならあああああ!!」
 玲菜の結界を支えに出し尽くす。
 体中の汗腺や毛穴から出せるところから全てを。目が飛び出そうなくらい見開き、喉を焼き切りそうなくらい張り上げ、血管が破れそうなくらい全身に負荷をかける。最後の一絞りまで出し切る、その覚悟で。
 風の息吹を飲み込まんと大樹の炎が膨れ上がる。
 僅かながら鳳凰のブレスが押された。
 チャンスとばかりに大樹は最後の一押しをするが、鳳凰も出力を上げる。衝突点が鳳凰に寄ったが再び拮抗した。
(くそ)
 天力が切れる。
 大樹がそれを悟った瞬間、炎が変質した。
 怖気を覚えるほどの悪寒が大樹の全身を走り抜ける。冬の水風呂に叩き落されたかのような極寒が身体の芯から指先に駆け上がる。凍えるような冷たさに身震いする間もなく、その何かは紅蓮の炎に伝導。
 鳳凰の風を撃ち抜いた。
「キピャアア!?」
 異質な炎に顔をも撃ち抜かれ、鳳凰は大きな体を怯ませる。
 嘴が削られ、首より上の翠も若干薄黒く変色したが、すぐに元に戻った。
「へへ、どうよ?」
 正体不明の寒気はよく分からないが、鳳凰のブレスに撃ち勝ったのは事実。立っているのが精一杯で、一歩も動けない身体で大樹は勝ち誇る。見上げた鳳凰の眼に畏怖が浮かんでいるように見えた。
 鳳凰は嘴を結ぶように閉じる。今度はブレスではなくその鋭い嘴を大樹ヘ突き立てた。
 それを今の大樹は避けれるはずがなく。貫かれると覚悟したが、守られた。
 優里菜と玲菜の防御天術水守によって。
「よくやったわね」
「すごかったよ」
「ーーはい」
 全力を尽くして功を成した大樹を労い、今度は二人が大樹の前に立つ。
 鳳凰はブレスを放つことも、翼で風を起こすこともなく、嘴を水守に突き立て続ける。
 一撃一撃が重いものの、二人の結界を同時に破る貫通力はなかった。
「広輝くん!」
 優里菜が後ろの広輝に合図を送る。
 今がチャンスだと。 
 広輝もそれに応える。鳳凰のブレスでその集中を途切らせそうになったが、大樹の背中を見て継続していた。
 その果てに周囲の空気の粒さな挙動をも感じ取れるほどの同調を完了していた。心を鎮め、風と一体となった感覚を持って、静かに瞼を開ける。
 広輝のその黒瞳に緑が覗く。無意識に風の精霊シルフィードとしての力を解放していた。
 広輝は鳳凰の猛攻を防ぎきっている優里菜たちを確認すると、周囲に満ちる天魔力を風と一緒に集め、もう一度瞼を閉じた。
 そして、詠唱を開始した。
 その心のままに、願いを込めて。
 ここに神秘が始まる。

「 旅は未だ終わらない 」
  ――[堕天子]の償いは終わらないーー

「 終わることのない悠久の旅 」
  ーーそれは死ぬまで終わることはない贖罪の道――

「 想いを運ぶその旅は 」
  ーーもう二度と何も失くすことのない道だと信じて、剣を振るい続けるーー

「 一筋の軌跡を描き出す 」
  ――信じて歩き続けるこの道が、貫き通すこの信念がーー

「 描いた軌跡は奇蹟の跡 」
  ーーきっと、誰かの救いなることを信じてーー


 広輝の周りの空気が、蛍の光のように緑に色づいていった。深い森の深緑が優しく輝き出す。
 その深緑は足元からみるみる広がっていき、辺り一帯を包み込んだ。


「 奇蹟を運ぶその旅は 」
  ――僕が通ったその道が、歩いてきた足あとがーー

「 全てに遍き、全てを浄めん 」
  ――誰かを助けて、みんなを笑顔にしますようにーー


 広輝がゆっくりと眼を開けると、その瞳は優しい緑色を宿していた。右手を鳳凰へ翳し、術名ねがいを唱えた。

「浄化の風ゼロ・ウィンド」

 それは穏やかな風だった。頬を撫でるそよ風。晩夏の夕暮れに吹く、優しくも寂しさを覚える風。
 深緑を纏う風は、包み込むように全てを撫でていく。
 優里菜たち味方も例外ではない。天力を込め続けていたはずの結界が突然消え、二人は戸惑う。次の攻撃に備えるが、鳳凰が二人を襲ってくることはなかった。もう誰一人も攻撃することはなかった。
 風に撫でられた鳳凰は、どこか気持ち良さそうに大人しくなった。風に身を委ねたその大きな身体が、徐々に端から消えていく。
 力の無力化。広輝の術が成功した証だった。
 優里菜が周りを見渡すと、緑の風が赤ん坊の髪を撫でるように優しく吹いていた。
(できたんだね)
 真空の刃や風の槍、普段の攻撃的な天術とは真逆の術。与えも守りもしない、全てを鎮める術。
 この緑の風は優里菜に、どこか幼少期の広輝を思わせた。
 優里菜が振り返ろうとした時、「愛紗を......」と広輝の消えそうな声が優里菜に届いた。
 鳳凰に目をやると、既に鳳凰の姿は面影を残すのみ。翠色の天魔力の中から愛紗の姿が見え始める。
 鳳凰を構成していた天魔力が消え、浄化の風も止むと、愛紗はゆっくりと降下した。その愛紗を優里菜が抱きとめると、愛紗は少しだけ空色の瞳を覗かせる。
「(ありがとう)」
 それだけ伝えると、意識を失った。
 声がなくても愛紗の言葉は優里菜にもわかった。
「どういたしまして」



 優里菜が愛紗の真下に到着した時、広輝は力尽きた。
 天魔力を扱った反動か、強烈な虚脱感に陥る。それは天力切れとは違う感覚だったと後で思い出すことになる。
 夜のはずなのに視界が外側から白に染まっていき、睡魔に意識を明け渡すように意識が飛んだ。
 辛うじて直立していた身体は崩れ落ちて、両膝を地面に押し付けると、そのまま前へ傾倒した。
「おっと」
 砂利だらけの地面に倒れ込む前に、玲菜が受け止めた。
「お疲れさま」
 聞こえていないかもしれないが、大役を為した広輝に労いの言葉をかける。
 玲菜も依り代になった子供を救えるものなら救いたかった。しかし救う方法が思いつかなかった。だから必死な広輝には悪いが、討つしか無いと思っていた。それで依り代の子供が亡くなってしまったとしても。それしか鳴上を守る手段がなかったから。
 それを広輝はやってのけた。完遂してみせた。圧巻だった。
 そして、やはり[堕天子]の本当の事を知っておく必要があるなとも思った。
「......母さん?」
 玲菜の肩口で気を失ったと思った広輝がうわ言を言う。
 人に受け止められた感触に、広輝の意識がほんの僅かに戻ってきたらしい。
 広輝の夢の中にいるような意識では、五感がはっきりと働かない。伝わってくる感覚と合致する記憶がそれだった。
「あら、美幸みゆきさんに間違われるなんて......あ、遙はるかさんの方かしら? どちらにしても光栄ね」
「............」
 声の主が全く違う人だと分かると広輝は口を噤む。
「優里菜さえ良ければ、そう呼んでも構わないわよ?」
「......遠慮、します」
 冗談めいた玲菜を断ると、広輝は今度こそ意識を失った。
「本当にお疲れさま、広輝くん」
 広輝が倒れ込む直前、玲菜は広輝の綠色の瞳を目にしていた。
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第二十二話 浄化の風

 ――四年前――

「本当に見苦しい」
 天位昇格試験の最中、天子同士の諍いさかいが起こった。
 家同士の確執から始まり、止めに入った天子が源子だったことから彼らへの差別的発言が繰り返され、見て見ぬ振りをしていた周りの天子の神経を逆撫でた。
 それを当時十五歳にして天位翠だった藤森ふじもり美宙みそらが力で捻じ伏せる。彼女は遅れて到着した審査員らに後始末を任せて、心配そうに事態を見守っていた広輝たちの元に戻った。
 仲間であるはずの者同士の争いの無意味さに呆れ、『見苦しい』と零していた。
「こう天力も魔力も一発で消し去れないかしら」
「天力も?」
 不思議そうに広輝が聞くと、美宙は教えるかのように答えた。
「そうすれば仕事もすぐ終わるし、ああいう人たちのケンカも終わらせられる」
 それが理想だとでも言うように。
「何より戦わなくて済むじゃない」
 と。

 ――現在――

「集中します。時間をください」
 広輝は胸に手を当て、瞼を閉じて心を鎮める。自分の昂りも不安も最小限に抑える。周囲の力を感じ取り、同じになる為に。その力に同調する為に。
「行くわよ」
 広輝が準備に入ったのを確認すると、玲菜は鳳凰の周りに水玉を展開させる。先と同じように拘束できればと考えたが、鳳凰はそれを察知。両翼を広げて水玉を排除した。
 玲菜の合図で歩が鳳凰の左側面へ、七重が右側面へ回っていた二人が天術を放つ。
「ごめんね! 愛紗ちゃん」
 両手に天力を収束させ、ウォーターカッターさながらの水圧の水流を放つ。その二つは直径五センチにも満たない範囲ながら、高密度の水流が鳳凰の左翼を撃ち抜いた。
 しかし鳳凰は意にも介さず体を沈めて飛ぶ準備に入る。
「うそん」
 鳳凰の形をしていても所詮は天魔力の塊。歩が射貫いた穴は瞬時に塞がれた。
「これなら」
 反対側の七重が鳳凰の真上に竜巻を展開する。但し反対向きの。
 風の刃を織り交ぜたダウンバーストが鳳凰の胴体を襲う。首、背中、腹、脚を次々と切り刻む。
 鳳凰は飛ぶことを止め、横へ移動してダウンバーストから逃れる。その体に無数の傷跡ができたが、歩の時と同じですぐに再生した。
 七重を見つけると、嘴を空へ向けて大きく広げた。
 ブレスの合図。
 七重と玲菜、優里菜が防御を図る。特に玲菜と優里菜は覚悟を決める。避ける訳にはいかなかった。後ろの広輝の集中を途切れさせない為に。ただ神社を消し飛ばした鳳凰のブレスを防ぎきれるかは賭けだった。
 最悪、優里菜に広輝を避難させることも玲菜は考えた。
 しかし優里菜の側で、一人だけ攻撃の準備に入る男がいた。両手に炎を宿して詠唱に入る。
「紅蓮の業火よ」
 大樹である。その表情は不服を堪えているように、怒りを押し殺しているように、感情を押し留めていた。喜怒哀楽をそのまま表に出す大樹らしくはなかった。けれど鳳凰を見据える眼は、とても力強い。
「我が魂を喰らい、この世に顕現せよ」
 両手の炎が大樹の全身を覆うように燃え上がる。
「櫻を燃やし、大火となりて、神の息吹を焼き払わん」
 鳳凰の眼が強烈な光を見つける。
 天魔力を収束させた嘴を向けたまま、その眼が赤炎纏う大樹に狙いを変えた。
 大樹は優里菜と玲菜の前に出る。
「大樹くん!?」
 優里菜の制止も聞かず、己の感情と理性に従って炎を燃やす。
 大樹史上、最大火力の赤炎。周りも自分自身も焦がしそうな火群ほむら。
 その火炎に鳳凰はブレスを放つ。
 同時に大樹は全霊で放った。
「紅蓮業火ヴォルブフレイム!」
 二つの力は衝突し、拮抗・・した。
 両者の力の激突で一帯に爆風が生まれる。
 七重と歩はその衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされ、林の中に消える。
 玲菜は広輝を最優先に防御結界を張った。その中に大樹はいない。炎を放つ直前、その背中に直感した。大丈夫だと。その証拠に緑風と赤炎はまだ拮抗している。
「おらあああああああ!!」
 四ヶ月前に身に着けた白炎ではなく、新たに生み出した天術の赤炎。
 大樹は心を奪われていた。あの絶刀に、あの真空の刃に。何物をも両断する一振りに。
 憧れた。心惹かれた。唯一無二の絶対技に。
 それを扱う男はどこまでも気に食わず、反りも合わず、明確に嫌いだったが、その力は本物だった。
 彼に教えを請う事は大樹のプライドが許さなかった為、一樹父と隆也に改めて天術の指導を願い出た。いつもの訓練だけではなく、高密度・高出力・高威力の鍛錬を。
 そうして発想した天術・紅蓮業火ヴォルブフレイム。一度、全力で全身から炎を放出し、それを可能な限り収束させて放つ。但し、発想した良いものの、鍛錬では収束が上手く行かずに、半端な炎となっていた。一度も成功していなかった。
「はあああああああ!!!!」
 しかし今、人工神たる鳳凰のブレスと拮抗し続けている。
 紅蓮業火ヴォルブフレイムが完成した証。
 これを可能にしたのは、奇しくも大樹が嫌う男の存在だった。大樹には彼の考えも行動原理も理解不能なので、その行動も理解できない。感情を見せず、心を見せず、自分を理解してもらおうと思っていなかった。年は一つしか違わないのに同世代の知り合い・友人のどれにも似つかない。しかも[堕天子]などという嫌われた異名すら持っている。そう呼ばれるようになった経緯は知らないが、堕天子の前に[仲間殺し]が付くほどの悪名。明白な危険人物のはずである。その危険人物であるはずの男は周りの信用を徐々に得て、大樹が信頼する人たちの信用も得た。大樹には納得がいなかった。
 そんな男が『助けたい』と言った。心を表に出して、悲しみの中にいる少女に笑顔を取り戻して欲しいと。
 気に食わない。
 不良が少し優しい所を見せて、実は優しい奴と思われるくらい気に食わない。
 それでも、明かされた心は本物だったから。あの思いは嘘ではなかったから。
 応えなければ男じゃない。
(俺は広輝あいつとは違う!)
 嫌いな人間だろうと、その願いが本物で共感できるものならば、櫻守大樹は心に火を灯す。点けた火を炎に変えて、全力で応える。
 その決意や覚悟が大樹の炎を完成させた。
 けれども相手は人工神。鳳凰のブレスが止む気配はなく、大樹の放出量に底が見えてきた。気合で持ち堪えるも限界が近づいてくる。
 一瞬でも気を抜けば押し返されそうな風のブレス。歯を食いしばり、地面を踏みしめ、果敢に腕を前に出すが、ずるずると押し込まれていく。
「ーーっ」
 気持ちも最後の一線になった時、踵に何かが当たる。後ろに目をやると、それは玲菜の結界だった。
 その向こうで優里菜が心配そうにしながら何かを叫んでいた。
「○○○○!」
 聞こえずとも口の形だけで大樹には十分だった。その声援が心の炎をもう一度燃え上がらせる。
「〜〜っならあああああ!!」
 玲菜の結界を支えに出し尽くす。
 体中の汗腺や毛穴から出せるところから全てを。目が飛び出そうなくらい見開き、喉を焼き切りそうなくらい張り上げ、血管が破れそうなくらい全身に負荷をかける。最後の一絞りまで出し切る、その覚悟で。
 風の息吹を飲み込まんと大樹の炎が膨れ上がる。
 僅かながら鳳凰のブレスが押された。
 チャンスとばかりに大樹は最後の一押しをするが、鳳凰も出力を上げる。衝突点が鳳凰に寄ったが再び拮抗した。
(くそ)
 天力が切れる。
 大樹がそれを悟った瞬間、炎が変質した。
 怖気を覚えるほどの悪寒が大樹の全身を走り抜ける。冬の水風呂に叩き落されたかのような極寒が身体の芯から指先に駆け上がる。凍えるような冷たさに身震いする間もなく、その何かは紅蓮の炎に伝導。
 鳳凰の風を撃ち抜いた。
「キピャアア!?」
 異質な炎に顔をも撃ち抜かれ、鳳凰は大きな体を怯ませる。
 嘴が削られ、首より上の翠も若干薄黒く変色したが、すぐに元に戻った。
「へへ、どうよ?」
 正体不明の寒気はよく分からないが、鳳凰のブレスに撃ち勝ったのは事実。立っているのが精一杯で、一歩も動けない身体で大樹は勝ち誇る。見上げた鳳凰の眼に畏怖が浮かんでいるように見えた。
 鳳凰は嘴を結ぶように閉じる。今度はブレスではなくその鋭い嘴を大樹ヘ突き立てた。
 それを今の大樹は避けれるはずがなく。貫かれると覚悟したが、守られた。
 優里菜と玲菜の防御天術水守によって。
「よくやったわね」
「すごかったよ」
「ーーはい」
 全力を尽くして功を成した大樹を労い、今度は二人が大樹の前に立つ。
 鳳凰はブレスを放つことも、翼で風を起こすこともなく、嘴を水守に突き立て続ける。
 一撃一撃が重いものの、二人の結界を同時に破る貫通力はなかった。
「広輝くん!」
 優里菜が後ろの広輝に合図を送る。
 今がチャンスだと。 
 広輝もそれに応える。鳳凰のブレスでその集中を途切らせそうになったが、大樹の背中を見て継続していた。
 その果てに周囲の空気の粒さな挙動をも感じ取れるほどの同調を完了していた。心を鎮め、風と一体となった感覚を持って、静かに瞼を開ける。
 広輝のその黒瞳に緑が覗く。無意識に風の精霊シルフィードとしての力を解放していた。
 広輝は鳳凰の猛攻を防ぎきっている優里菜たちを確認すると、周囲に満ちる天魔力を風と一緒に集め、もう一度瞼を閉じた。
 そして、詠唱を開始した。
 その心のままに、願いを込めて。
 ここに神秘が始まる。

「 旅は未だ終わらない 」
  ――[堕天子]の償いは終わらないーー

「 終わることのない悠久の旅 」
  ーーそれは死ぬまで終わることはない贖罪の道――

「 想いを運ぶその旅は 」
  ーーもう二度と何も失くすことのない道だと信じて、剣を振るい続けるーー

「 一筋の軌跡を描き出す 」
  ――信じて歩き続けるこの道が、貫き通すこの信念がーー

「 描いた軌跡は奇蹟の跡 」
  ーーきっと、誰かの救いなることを信じてーー


 広輝の周りの空気が、蛍の光のように緑に色づいていった。深い森の深緑が優しく輝き出す。
 その深緑は足元からみるみる広がっていき、辺り一帯を包み込んだ。


「 奇蹟を運ぶその旅は 」
  ――僕が通ったその道が、歩いてきた足あとがーー

「 全てに遍き、全てを浄めん 」
  ――誰かを助けて、みんなを笑顔にしますようにーー


 広輝がゆっくりと眼を開けると、その瞳は優しい緑色を宿していた。右手を鳳凰へ翳し、術名ねがいを唱えた。

「浄化の風ゼロ・ウィンド」

 それは穏やかな風だった。頬を撫でるそよ風。晩夏の夕暮れに吹く、優しくも寂しさを覚える風。
 深緑を纏う風は、包み込むように全てを撫でていく。
 優里菜たち味方も例外ではない。天力を込め続けていたはずの結界が突然消え、二人は戸惑う。次の攻撃に備えるが、鳳凰が二人を襲ってくることはなかった。もう誰一人も攻撃することはなかった。
 風に撫でられた鳳凰は、どこか気持ち良さそうに大人しくなった。風に身を委ねたその大きな身体が、徐々に端から消えていく。
 力の無力化。広輝の術が成功した証だった。
 優里菜が周りを見渡すと、緑の風が赤ん坊の髪を撫でるように優しく吹いていた。
(できたんだね)
 真空の刃や風の槍、普段の攻撃的な天術とは真逆の術。与えも守りもしない、全てを鎮める術。
 この緑の風は優里菜に、どこか幼少期の広輝を思わせた。
 優里菜が振り返ろうとした時、「愛紗を......」と広輝の消えそうな声が優里菜に届いた。
 鳳凰に目をやると、既に鳳凰の姿は面影を残すのみ。翠色の天魔力の中から愛紗の姿が見え始める。
 鳳凰を構成していた天魔力が消え、浄化の風も止むと、愛紗はゆっくりと降下した。その愛紗を優里菜が抱きとめると、愛紗は少しだけ空色の瞳を覗かせる。
「(ありがとう)」
 それだけ伝えると、意識を失った。
 声がなくても愛紗の言葉は優里菜にもわかった。
「どういたしまして」



 優里菜が愛紗の真下に到着した時、広輝は力尽きた。
 天魔力を扱った反動か、強烈な虚脱感に陥る。それは天力切れとは違う感覚だったと後で思い出すことになる。
 夜のはずなのに視界が外側から白に染まっていき、睡魔に意識を明け渡すように意識が飛んだ。
 辛うじて直立していた身体は崩れ落ちて、両膝を地面に押し付けると、そのまま前へ傾倒した。
「おっと」
 砂利だらけの地面に倒れ込む前に、玲菜が受け止めた。
「お疲れさま」
 聞こえていないかもしれないが、大役を為した広輝に労いの言葉をかける。
 玲菜も依り代になった子供を救えるものなら救いたかった。しかし救う方法が思いつかなかった。だから必死な広輝には悪いが、討つしか無いと思っていた。それで依り代の子供が亡くなってしまったとしても。それしか鳴上を守る手段がなかったから。
 それを広輝はやってのけた。完遂してみせた。圧巻だった。
 そして、やはり[堕天子]の本当の事を知っておく必要があるなとも思った。
「......母さん?」
 玲菜の肩口で気を失ったと思った広輝がうわ言を言う。
 人に受け止められた感触に、広輝の意識がほんの僅かに戻ってきたらしい。
 広輝の夢の中にいるような意識では、五感がはっきりと働かない。伝わってくる感覚と合致する記憶がそれだった。
「あら、美幸みゆきさんに間違われるなんて......あ、遙はるかさんの方かしら? どちらにしても光栄ね」
「............」
 声の主が全く違う人だと分かると広輝は口を噤む。
「優里菜さえ良ければ、そう呼んでも構わないわよ?」
「......遠慮、します」
 冗談めいた玲菜を断ると、広輝は今度こそ意識を失った。
「本当にお疲れさま、広輝くん」
 広輝が倒れ込む直前、玲菜は広輝の綠色の瞳を目にしていた。
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