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第二十話 越えた先

 なんだ、あれは。
 色黒の体が後光を背負うように高圧な天力は発光し、やがてオリバーの眼の色と同じ紫黒色へと変色。そして、その紫黒を纏う強靭な肉体に迸る雷。
 相対しているだけで膝が抜け、腰が砕けそうだ。
 意図せず息が止まっていて、思い出したかのように酸素を欲すれば、上手く息ができない。横隔膜が迫り上がって呼吸は浅く、圧迫された肺の間で痛いほどに心臓が強く早く脈を打つ。
 動けなかった。指先一つ動かせなかった。動かしてしまえば、そこから震えが止まらなくなりそうだったから。
 だから、目も離せなかった。
 眼前の化物が死を齎す。それを思考を止めた脳の代わりに身体が理解する。
 右手に持つその大剣を振ればそれだけで広輝の命は吹き飛ぶ。空いている左手で雷を放てば広輝の体は消し炭になる。
 理解している、体は。
 それでも動けない。
 圧倒的な圧が、殺意が、本能的な恐怖として広輝に降りかかり、許容を越え、広輝の脳に思考を放棄させていた。
 変わらぬ紫の眼光が広輝を射抜いている。
「まずはそれを越えてみせろ」
 オリバーが広輝に近づいていく。雷を纏ったまま、その身に雷霆を宿したまま。
 迫る一歩一歩が死へのカウンドダウンだというのに脳は理解しない。
 対策を講じる時間も、逃げる時間もなくなっていく。
 広輝が雷霆を見て硬直してしまったことに、オリバーは失望などは感じていなかった。今までも同じだったから。同じような状態に陥った者を何人も見てきていたから。寧ろ十五の少年が未だに、立って刀をオリバーに向け、相対していることを評価してもよかった。それが、ただ立っているだけだとしても。
 意気揚々とオリバーに挑んだ挙げ句、腰を抜かし、恐怖で体を震わせ、涙を流しながら生への懇願を口にする無様な輩を掃いて捨てるほどオリバーは見てきた。中には腹の中に一発逆転のカードを持ってわざと醜態を見せる厄介者もいたが、そういう戦士は極々稀だった。戦意喪失どころか生存を他者に委ねた者が再びオリバーの遊び相手になることはなかった。
 だから期待する。
 雷鬼自分という恐怖を乗り越え、更なる戦闘楽しみを与えてくれることを。
 何かしなければ、動かなければ生存の余地がないほどに、オリバーが見限ってこの場を離れることはないと、極限まで追い詰めた時、広輝は逃げてしまうのか、戦ってくれるのか。それともそのまま殺されるか。
 オリバーが間合いの半歩外まで来た。
(さあ、どちらだ)
 オリバーは大剣を持った右腕をゆっくりと掲げていく。
 その大剣の剣身はオリバーの天力を受け止め、絶望的な雷光を発している。
 剣先が広輝の目線を越え、オリバーの肩よりも高くなる。
 広輝の眼前に明確な死があった。
 広輝のあらゆる感覚が死を脳へ送っていく。雷と光という視覚情報が、雷が走る音が、雷に焼かれた空気が鼻と口を通って体内から、全身に当てられる圧倒的な圧が、死を伝えてくる。
 死という字あざなが脊椎や頸髄で渋滞をおこしているようだった。
 オリバーが雷剣を掲げる。
「残念だ、久下広輝」
 ここまで来ても広輝には動きがない。視線が愛剣ティールミーターを追うだけ。覚醒がないと諦め、掲げたときと逆の方向に力を入れる。
 広輝の左肩口から右脇腹を斬るように。
 死。
 堰を切ったようにその単語が脳で埋め尽くされていく。
「さらばだ」
 オリバーが大剣を振るう。
 眼前に迫る大剣が死を謳う。
 死、死、死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――!





『二人だけの約束だ』『またね』『よかった、お兄ちゃんが無事で、良かったよお』『お前は剣に何を誓う?』『貴方の泣いた顔を見ながら逝きたくはないわ』『絶対に、赦さない』








 金属が衝突した甲高い音がホールに響く。
「ーーほう」
 オリバーは遊び相手を見て感心した。
 広輝は距離を取った後、両手を膝に置いて肩で息をしている。敵のオリバーから視線を外し、顔を伏せるほど消耗しているようだが、戦う意思はありそうだった。
「あの一瞬で何を見た? 何があった?」
 弾き返えされた大剣を眺めながら、そのまま逃亡せずにいる広輝に問う。
 あの状態から自身を取り戻した者の多くは、近くで仲間を友を愛しい人が殺された時、もしくは殺されそうになった時に自身を取り戻していた。『死にたくない』で戻ってくる者は意外と少なかった。オリバーが推測するに、死にたくないと自分が可愛いものは早々に諦めて生を懇願してきたから。
 だから問うた。『何を持って恐怖を乗り越えたのか』と。
 一気に吹き出した汗を左腕で拭いながら、垂れた頭を上げる。
「ただ、自分の誓いと、願いを、思い出しただけだ」
 目が、力ある目に戻っていた。
 一瞬の走馬灯。『もう二度と失わない』という固い誓い。無力に打ちのめされたあの日に立てた誓い。
 大切な人には『失う空かなしみを知ってほしくない』という願い。身を裂かれるような、胸に、心に大きな空虚ができるような感覚は自分だけで十分だと。
 垣間見た走馬灯。誰も彼もが大切な人たち。導いてくれた人、救ってくれた人、支えてくれる人、見守ってくれた人......。失くした人がいる。失うわけにはいかない人がいる。
 失くした人たちの遺志を思い、今ここにいる。
 そして、心いのちの恩人にその恩を返すためにここにいる。
 相対するオリバーは紫黒の雷霆のまま。
 絶対的恐怖と死がそこにある。
 それでもこの場を乗り越えなければならない。
 たとえ勝てなくても生き残るために。
「――嵐」
 広輝は風を纏って愛刀の太刀――月陰つきかげーーを構える。纏った風は疾風ではなく、嵐。
「それは迅雷に負けた術......それでも斬れるんだな?」
 雷霆は迅雷よりも速度は出ない。しかし、その攻撃力と防御力は迅雷の比ではない。この雷霆を斬ることができるのなら、疾風でも嵐でもどちらでも良かった。
 オリバー自身が危機を感じながら戦うことができる。オリバーにとって危険のない戦いはつまらなかった。
 先に動いたのはオリバー。地を蹴り、広輝に迫る。
 雷霆のスピードは広輝の目で追えた。片腕で振り下ろされる大剣を受け流してカウンター。大剣を躱してからの斬撃よりも、受け流す動作が斬撃に繋がるカウンターの方が速い。遅くともオリバーが大剣を振り終えるのと同時に太刀がオリバーに届く。さらに大剣とオリバーの身体を奔ほとばしる雷も嵐の防御力なら防げると判断した。
 広輝の目論見通り、大剣は太刀を伝い、広輝の体から逸れて床に向かう。大剣から伝い流れる電流は嵐で防げている。
 太刀が先に入る。
 そう思った。
 しかし、広輝は足元で起きた衝撃に吹き飛ばされた。
「くっ」
 上手く着地し、自分がいたところを見た。
 陥没していた。床の石は砕け、大剣が直撃したところは粉砕されている。
 広輝は唇を噛み締め、オリバーの周りを疾走する。
 攻防力を優先した嵐でも雷霆よりは速い。
 雷霆に近づいてはならない。
 オリバーを中心に円を描くように走る。そして斬撃を放っていく。
 星月流剣術・空破斬
 刀に流し込んだ天力を押し固め、振り抜く動作に合わせて斬撃を放つ。その斬撃は天子の属性を得た。
 広輝の斬撃は高圧の風ではなく、真空の刃。コンクリートも斬り裂くその刃を何度もオリバーに斬り放った。
 しかしーー
「こんな粗末な攻撃で俺の雷霆を斬れるわけがないだろう」
 真空の刃が雷の鎧に当たると、水が蒸発するような音と共に消えた。
 オリバーは広輝の空破斬から身を守ろうともしなかった。
「天宿で見せた、この雷霆を斬ったあの剣で向かって来い!」
 オリバーの声には苛立ちが滲んでいた。
 有意義な戦いができると思って広輝を呼んだ。体力も意識も限界の中でも雷霆を斬れるのなら、万全であれば当然雷霆を斬って、少しはこの身を危機に晒してくれるだろうと。けれどあれが、偶然の産物であるのなら期待外れもいいところ。
 これ以上が出てこないのなら、もう広輝に用はなかった。
 未だに距離を取り続ける広輝にオリバーは業を煮やす。
(雷霆俺という恐怖を越えられないなら、そのまま死ね)
 オリバーは力任せに大剣を振るい始める。広輝の攻撃が効かないのなら、広輝の攻撃を読む必要がない。せめて当たるまで怒りストレス発散に付き合ってもらうまでだ。
 広輝はオリバーの攻撃を避ける。迅雷のオリバーと比べたら杜撰な攻撃。けれどその威力は甚大で、防ぎ方を間違えれば簡単に死に、避け方を間違えれば一振り一振りに付随する広範囲の雷に焼かれる。
 広輝の頭の中は、勝つことよりもどう生き残るか。どう負けるかでいっぱいだった。
 あんな化物に勝てるわけがないと。
 雷の斬撃が、縦に横に斜めにと雷光の斬線を描く。
 強大な斬撃の中でも弱い一振りを見極める。それを上手く受け、敗北した姿をオリバーに見せる。それが今の広輝のプラン。
 しかしそれをオリバーは許さなかった。
 オリバーは突然攻撃を止める。
 怒りの視線で広輝を睨みつける。
「貴様、どうすれば俺と戦う気になる?」
 オリバーは広輝が勝つ気がないことを悟った。隙きを突いて一撃というわけでもない。
 広輝が逃げに徹すれば、オリバーから逃亡可能だ。しかしそれでは、広輝が屋上にたどり着いてしまうかもしれない。それはゲーベルとの契約を履行できない。隆也と大樹を通したのは、あの二人はゲーベルで対処可能だと判断したからだ。二人よりも戦闘力が高い広輝が行けば、容易に優里菜は開放されてしまう。それはオリバーの今後を考えて良くない事態だ。広輝に興味が失せても、オリバーが戦いを止めないのは一重に金のため。
 その為には、広輝を逃亡させずにここで戦闘不能くらいにはしておかければならない。
 広輝がオリバーの攻撃を受ける算段であることを知らないオリバーは否が応でも広輝を近づけさせる必要があった。
「もう一度天宿を焼くか? 仲間を殺すか?」
 だから、オリバーが実行可能な事の中から、広輝の琴線に触れそうな事を挙げるが考えを変えそうな反応がない。
 堕天子と呼ばれる広輝は、書面上は何にも揺さぶられない冷血。何も感じず、目的を達成する人形。情よりも目的を優先する印象を受けた。
 しかし剣から受ける広輝の印象は違った。
 感情がある。思いがある。それを無理やり押さえつけて冷静を保っているだけだ。その奥底に確固たる意志がある。
 それを刺激させる条件は何かと思った時、ふと、そもそもを思った。
 なぜ広輝はここにいるのだと。情報では広輝はあの天宿では陽本派。この場所を教えたとは言え、任務だろうとは言え、一番の危険をなぜ引き受けているのか。ただの一月で月永にそこまでの義理ができるとは思えない。
 あるとすれば一人だけ。
「それともウンディーネを斬ればいいのか?」
 その時、明らかに広輝の目の色が変わった。
 オリバーには理由はわからない。護衛失敗の責任感か、一月で情が湧いていたのか惹かれたのか。わからないが逃げることは止めそうだ。
 これで楽しくはないが、退屈もしなさそうだとオリバーは気分を持ち直す。
 対する広輝は気持ちを入れ直す。オリバーの矛先を優里菜に向けるわけにはいかない。そうさせない為にここにいるのだから。
 救ってくれた人。久下広輝の始まりの人。もう何も失くさない。
(ここで敗れ去ろうとも)
 広輝は気づかない。それは広輝自身が大樹を叱った言葉そのままであることに。
 広輝は目を瞑り、天力を練り直す。
(――収束、収束......)
 少ない天力を掻き集め、収束させて密度を上げる。何度も何度も押し固め、限界まで圧縮し、そして一気に解放する。
(――全開!)
 洗練された風が広輝を守るように覆う。
 見開いた目に映るのは口角を上げる雷鬼。
「それでいい。今度こそ第二ラウンドだ」
 オリバーは再び闘気を爆発させた。
 広輝は床を蹴る。
 先の先を読んだ末の先手必勝。それが普段の広輝の戦い方だが、オリバーは先の先を読んだところで、攻撃が通じないから勝ち目がない。
 広輝はオリバーの脇を斬り抜ける。止まれば雷剣の餌食になるから。手に雷を斬った感触はない、むしろ反動で手が痺れ、太刀を落としかねない。木刀で岩を叩いているようだった。
 それでも攻撃を止めない。駆けて斬って、斬って駆ける。
 勝ち目がないのなら、勝ち目を作ればいい。その為には情報が要る。目の前の雷鬼の情報が。
 どうやって負けようかと考えていた時とは打って変わって勝利を目指していた。つまらない敗北は、オリバーを優里菜へ向かわせかねない。それだけは絶対にさせないと誓い、広輝は情報を積み重ねる。小さな勝機も見逃さぬよう丁寧に処理していく。迅雷よりも遅いオリバーは広輝に追いつけない。オリバーは広輝の動きを読んで大剣を振るうが、広輝はそれを躱す。戦車に挑む騎兵のようだった。
 どうすれば雷鬼を倒せるか。
 どうすればオリバーに勝てるか。
 どうすれば雷霆を斬れるのか。
 どうすれば雷の鎧を突破できるのか。
 どうすればこの壁を突き破れるのか。
 考えて、思考して、検討して、考察して、検証し、できなかった選択肢を潰し、可能性を絞り込み、なくなったら視点を変えて可能性を広げ、また一つずつ検証していく。
 勝機を見いだせないまま、確実に体力も、天力も、精神力も消耗していった。
 その末にーー
「もらった」
 オリバーの雷剣が広輝を捕らえた。
 避けきれないタイミング。受ければ消し炭。無理に躱せば良くて四肢切断。どちらがマシだ?
 一瞬の思考、広輝は決断をする間もなく、雷剣を太刀で受けざるを得なくなった。
「――!!」
 可能な限りの天力を防御に回すが、たかが知れている。オリバーの雷撃が広輝を貫き焼く。雷を打たれた筋肉は弛緩し、広輝の言うことを聞かない。
 広輝は壁まで一気に打ち飛ばされた。それは人間が飛ばされる速度ではなかった。受け身を取ることもできず、石壁に背中から叩きつけられる。
「がはっ」
 壁は陥没し、その衝撃の大きさを物語る。
 一瞬で広輝の意識は飛び、白い世界に連れてかれた。右手から太刀が離れ、床に転がる。広輝の意識が戻ることなく、崩れるように倒れた。
「......終わりか」
 戦場で何度も嗅いだ異臭がオリバーの鼻を突く。人肉が焼けた臭い。これはオリバーの雷が広輝の嵐を破って、広輝の肉体に達した証拠。
 祭の閉幕を惜しむようにオリバーは残念がった。
 

  ***


 それは直後に起こった。
 もう少し時間が必要だとアランは思っていた。
 重力という特異な能力を、重力という範疇でしか使っていなかった。発現がかなり遅かったらしいが、それを差し引いても、宝の持ち腐れだと思っていた。だから彼の優秀さは突飛な発想をしない、積み重ねた末の優秀さだと思っていた。
 だけど、そうではないらしい。アランが皮肉を言わなくても、遠回しに言う必要もなかった。
 さすが月永というところか、それとも隆也だからこそか。『真価を見極める』なんて失礼なことを思ってしまったらしいと少し後悔した。
 隆也はまだ力の底を見せていないし、本領が発揮されるのもこれかららしい。
「悪いな。一発ぶん殴りたくて仕方なかったんだが、拘るのは止めた」
 隆也を囲った石槍は、隆也を中心とした斥力によって破砕された。天井から振ってくるはずだった岩柱つららは宙に浮いている。隆也が掲げた右手が反重力の結界の中を漂っていた。
 重力を操るのに落下という重力でダメージを受ける滑稽。隆也はアランに言われるまでもなく恥じていた。
「これは上った血を抜いてくれた礼だ」
 隆也は右腕を後ろに揺らす。投擲の構えだ。浮いている岩柱つららをアラン目掛けて発射するつもりだ。
 がしかし、アランが慌てて両手を挙げて、白旗を示す。
「わああ! 待った待った! 降参、降参〜〜!」
「..................は?」
 隆也は振りかぶりそうになった右手を止める。岩柱は行き場をなくし、宙に浮いたままになる。
「君が君の力の本質を理解してるなら、僕は君に勝てない。大人しく降参するさ」
 重力とは地球の引力に他ならない。その隆也の力の本質は、万有引力。それを操作するということは、引力も斥力も思いのまま。
「............」
 隆也はアランの言葉の真偽を測りかねた。アランは指先一つならぬ足先一つでこれだけの魔術を行使できる。詠唱もなければ魔法陣もない。そんな実力者が隆也に勝てないなどすぐには信じ難かった。
 狐の仮面の向こうを見ておきたかったが、潮時とでもいうようにアランは終わりの言葉を紡いでいく。
「それにそろそろ時間になる。役目も終わりさ」
「どういう意味だ?」
 時間ではない。役目の方だ。
 アランはきちんと隆也の意図を汲み取った。
「僕の役目は、ゲーベルに精霊界への扉を開けさせること。そこまでさ」
 そう言うと、アランは扉までの道を開け、隆也が入ってきた反対の方向を指差した。
 アランは本当にこれ以上戦う気がないらしい。完全に戦う気配がない。
「向こうの扉からホールに戻れる。今度は反対側の扉を通るといいよ」
 指差した反対の手でぶかぶかのパーカーのポケットからビー玉くらいの大きさの琥珀色の鉱石を取り出し、隆也に見せながら言った。
「それじゃ、またねーー転位」
 鉱石が発光し、アランの足元に同じ色に光る魔法陣が顕れた。
「待て!」
 隆也は手持ち無沙汰だった右手をアラン目掛けて振り抜くも、岩柱つららが届く前に、アランは琥珀色の光と一緒に消え去った。
 岩柱つららは床に落ち、虚しく砂塵が舞い上がる。
「............」
 隆也は掴みどころが無かったアランの言葉を思い返した。
 『精霊界への扉を開かせる』。文字通りに受け取るのなら、月永の祖先、ウンディーネがかつていた世界とこの世界をつなぐことを意味する。大叔母や優里菜の存在がなければ子孫の隆也でさえ、精霊の血族であることを疑うほどに実感がない[精霊]という存在。祖先が住んでいた世界への扉を開けることにどんな意味があるのか、どんな結果を生むのか。砂塵が薄れるまで考えたが、情報が少なすぎて仮説や推測の域を出ない。
 隆也は答えのでない思考を止め、優里菜の救出という本来の目的に帰る。決意を改めると共に、ホールの戦いが上手く終えていることを祈って走り出した。
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深緑のシルフィード作者:U
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第二十話 越えた先

 なんだ、あれは。
 色黒の体が後光を背負うように高圧な天力は発光し、やがてオリバーの眼の色と同じ紫黒色へと変色。そして、その紫黒を纏う強靭な肉体に迸る雷。
 相対しているだけで膝が抜け、腰が砕けそうだ。
 意図せず息が止まっていて、思い出したかのように酸素を欲すれば、上手く息ができない。横隔膜が迫り上がって呼吸は浅く、圧迫された肺の間で痛いほどに心臓が強く早く脈を打つ。
 動けなかった。指先一つ動かせなかった。動かしてしまえば、そこから震えが止まらなくなりそうだったから。
 だから、目も離せなかった。
 眼前の化物が死を齎す。それを思考を止めた脳の代わりに身体が理解する。
 右手に持つその大剣を振ればそれだけで広輝の命は吹き飛ぶ。空いている左手で雷を放てば広輝の体は消し炭になる。
 理解している、体は。
 それでも動けない。
 圧倒的な圧が、殺意が、本能的な恐怖として広輝に降りかかり、許容を越え、広輝の脳に思考を放棄させていた。
 変わらぬ紫の眼光が広輝を射抜いている。
「まずはそれを越えてみせろ」
 オリバーが広輝に近づいていく。雷を纏ったまま、その身に雷霆を宿したまま。
 迫る一歩一歩が死へのカウンドダウンだというのに脳は理解しない。
 対策を講じる時間も、逃げる時間もなくなっていく。
 広輝が雷霆を見て硬直してしまったことに、オリバーは失望などは感じていなかった。今までも同じだったから。同じような状態に陥った者を何人も見てきていたから。寧ろ十五の少年が未だに、立って刀をオリバーに向け、相対していることを評価してもよかった。それが、ただ立っているだけだとしても。
 意気揚々とオリバーに挑んだ挙げ句、腰を抜かし、恐怖で体を震わせ、涙を流しながら生への懇願を口にする無様な輩を掃いて捨てるほどオリバーは見てきた。中には腹の中に一発逆転のカードを持ってわざと醜態を見せる厄介者もいたが、そういう戦士は極々稀だった。戦意喪失どころか生存を他者に委ねた者が再びオリバーの遊び相手になることはなかった。
 だから期待する。
 雷鬼自分という恐怖を乗り越え、更なる戦闘楽しみを与えてくれることを。
 何かしなければ、動かなければ生存の余地がないほどに、オリバーが見限ってこの場を離れることはないと、極限まで追い詰めた時、広輝は逃げてしまうのか、戦ってくれるのか。それともそのまま殺されるか。
 オリバーが間合いの半歩外まで来た。
(さあ、どちらだ)
 オリバーは大剣を持った右腕をゆっくりと掲げていく。
 その大剣の剣身はオリバーの天力を受け止め、絶望的な雷光を発している。
 剣先が広輝の目線を越え、オリバーの肩よりも高くなる。
 広輝の眼前に明確な死があった。
 広輝のあらゆる感覚が死を脳へ送っていく。雷と光という視覚情報が、雷が走る音が、雷に焼かれた空気が鼻と口を通って体内から、全身に当てられる圧倒的な圧が、死を伝えてくる。
 死という字あざなが脊椎や頸髄で渋滞をおこしているようだった。
 オリバーが雷剣を掲げる。
「残念だ、久下広輝」
 ここまで来ても広輝には動きがない。視線が愛剣ティールミーターを追うだけ。覚醒がないと諦め、掲げたときと逆の方向に力を入れる。
 広輝の左肩口から右脇腹を斬るように。
 死。
 堰を切ったようにその単語が脳で埋め尽くされていく。
「さらばだ」
 オリバーが大剣を振るう。
 眼前に迫る大剣が死を謳う。
 死、死、死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――!





『二人だけの約束だ』『またね』『よかった、お兄ちゃんが無事で、良かったよお』『お前は剣に何を誓う?』『貴方の泣いた顔を見ながら逝きたくはないわ』『絶対に、赦さない』








 金属が衝突した甲高い音がホールに響く。
「ーーほう」
 オリバーは遊び相手を見て感心した。
 広輝は距離を取った後、両手を膝に置いて肩で息をしている。敵のオリバーから視線を外し、顔を伏せるほど消耗しているようだが、戦う意思はありそうだった。
「あの一瞬で何を見た? 何があった?」
 弾き返えされた大剣を眺めながら、そのまま逃亡せずにいる広輝に問う。
 あの状態から自身を取り戻した者の多くは、近くで仲間を友を愛しい人が殺された時、もしくは殺されそうになった時に自身を取り戻していた。『死にたくない』で戻ってくる者は意外と少なかった。オリバーが推測するに、死にたくないと自分が可愛いものは早々に諦めて生を懇願してきたから。
 だから問うた。『何を持って恐怖を乗り越えたのか』と。
 一気に吹き出した汗を左腕で拭いながら、垂れた頭を上げる。
「ただ、自分の誓いと、願いを、思い出しただけだ」
 目が、力ある目に戻っていた。
 一瞬の走馬灯。『もう二度と失わない』という固い誓い。無力に打ちのめされたあの日に立てた誓い。
 大切な人には『失う空かなしみを知ってほしくない』という願い。身を裂かれるような、胸に、心に大きな空虚ができるような感覚は自分だけで十分だと。
 垣間見た走馬灯。誰も彼もが大切な人たち。導いてくれた人、救ってくれた人、支えてくれる人、見守ってくれた人......。失くした人がいる。失うわけにはいかない人がいる。
 失くした人たちの遺志を思い、今ここにいる。
 そして、心いのちの恩人にその恩を返すためにここにいる。
 相対するオリバーは紫黒の雷霆のまま。
 絶対的恐怖と死がそこにある。
 それでもこの場を乗り越えなければならない。
 たとえ勝てなくても生き残るために。
「――嵐」
 広輝は風を纏って愛刀の太刀――月陰つきかげーーを構える。纏った風は疾風ではなく、嵐。
「それは迅雷に負けた術......それでも斬れるんだな?」
 雷霆は迅雷よりも速度は出ない。しかし、その攻撃力と防御力は迅雷の比ではない。この雷霆を斬ることができるのなら、疾風でも嵐でもどちらでも良かった。
 オリバー自身が危機を感じながら戦うことができる。オリバーにとって危険のない戦いはつまらなかった。
 先に動いたのはオリバー。地を蹴り、広輝に迫る。
 雷霆のスピードは広輝の目で追えた。片腕で振り下ろされる大剣を受け流してカウンター。大剣を躱してからの斬撃よりも、受け流す動作が斬撃に繋がるカウンターの方が速い。遅くともオリバーが大剣を振り終えるのと同時に太刀がオリバーに届く。さらに大剣とオリバーの身体を奔ほとばしる雷も嵐の防御力なら防げると判断した。
 広輝の目論見通り、大剣は太刀を伝い、広輝の体から逸れて床に向かう。大剣から伝い流れる電流は嵐で防げている。
 太刀が先に入る。
 そう思った。
 しかし、広輝は足元で起きた衝撃に吹き飛ばされた。
「くっ」
 上手く着地し、自分がいたところを見た。
 陥没していた。床の石は砕け、大剣が直撃したところは粉砕されている。
 広輝は唇を噛み締め、オリバーの周りを疾走する。
 攻防力を優先した嵐でも雷霆よりは速い。
 雷霆に近づいてはならない。
 オリバーを中心に円を描くように走る。そして斬撃を放っていく。
 星月流剣術・空破斬
 刀に流し込んだ天力を押し固め、振り抜く動作に合わせて斬撃を放つ。その斬撃は天子の属性を得た。
 広輝の斬撃は高圧の風ではなく、真空の刃。コンクリートも斬り裂くその刃を何度もオリバーに斬り放った。
 しかしーー
「こんな粗末な攻撃で俺の雷霆を斬れるわけがないだろう」
 真空の刃が雷の鎧に当たると、水が蒸発するような音と共に消えた。
 オリバーは広輝の空破斬から身を守ろうともしなかった。
「天宿で見せた、この雷霆を斬ったあの剣で向かって来い!」
 オリバーの声には苛立ちが滲んでいた。
 有意義な戦いができると思って広輝を呼んだ。体力も意識も限界の中でも雷霆を斬れるのなら、万全であれば当然雷霆を斬って、少しはこの身を危機に晒してくれるだろうと。けれどあれが、偶然の産物であるのなら期待外れもいいところ。
 これ以上が出てこないのなら、もう広輝に用はなかった。
 未だに距離を取り続ける広輝にオリバーは業を煮やす。
(雷霆俺という恐怖を越えられないなら、そのまま死ね)
 オリバーは力任せに大剣を振るい始める。広輝の攻撃が効かないのなら、広輝の攻撃を読む必要がない。せめて当たるまで怒りストレス発散に付き合ってもらうまでだ。
 広輝はオリバーの攻撃を避ける。迅雷のオリバーと比べたら杜撰な攻撃。けれどその威力は甚大で、防ぎ方を間違えれば簡単に死に、避け方を間違えれば一振り一振りに付随する広範囲の雷に焼かれる。
 広輝の頭の中は、勝つことよりもどう生き残るか。どう負けるかでいっぱいだった。
 あんな化物に勝てるわけがないと。
 雷の斬撃が、縦に横に斜めにと雷光の斬線を描く。
 強大な斬撃の中でも弱い一振りを見極める。それを上手く受け、敗北した姿をオリバーに見せる。それが今の広輝のプラン。
 しかしそれをオリバーは許さなかった。
 オリバーは突然攻撃を止める。
 怒りの視線で広輝を睨みつける。
「貴様、どうすれば俺と戦う気になる?」
 オリバーは広輝が勝つ気がないことを悟った。隙きを突いて一撃というわけでもない。
 広輝が逃げに徹すれば、オリバーから逃亡可能だ。しかしそれでは、広輝が屋上にたどり着いてしまうかもしれない。それはゲーベルとの契約を履行できない。隆也と大樹を通したのは、あの二人はゲーベルで対処可能だと判断したからだ。二人よりも戦闘力が高い広輝が行けば、容易に優里菜は開放されてしまう。それはオリバーの今後を考えて良くない事態だ。広輝に興味が失せても、オリバーが戦いを止めないのは一重に金のため。
 その為には、広輝を逃亡させずにここで戦闘不能くらいにはしておかければならない。
 広輝がオリバーの攻撃を受ける算段であることを知らないオリバーは否が応でも広輝を近づけさせる必要があった。
「もう一度天宿を焼くか? 仲間を殺すか?」
 だから、オリバーが実行可能な事の中から、広輝の琴線に触れそうな事を挙げるが考えを変えそうな反応がない。
 堕天子と呼ばれる広輝は、書面上は何にも揺さぶられない冷血。何も感じず、目的を達成する人形。情よりも目的を優先する印象を受けた。
 しかし剣から受ける広輝の印象は違った。
 感情がある。思いがある。それを無理やり押さえつけて冷静を保っているだけだ。その奥底に確固たる意志がある。
 それを刺激させる条件は何かと思った時、ふと、そもそもを思った。
 なぜ広輝はここにいるのだと。情報では広輝はあの天宿では陽本派。この場所を教えたとは言え、任務だろうとは言え、一番の危険をなぜ引き受けているのか。ただの一月で月永にそこまでの義理ができるとは思えない。
 あるとすれば一人だけ。
「それともウンディーネを斬ればいいのか?」
 その時、明らかに広輝の目の色が変わった。
 オリバーには理由はわからない。護衛失敗の責任感か、一月で情が湧いていたのか惹かれたのか。わからないが逃げることは止めそうだ。
 これで楽しくはないが、退屈もしなさそうだとオリバーは気分を持ち直す。
 対する広輝は気持ちを入れ直す。オリバーの矛先を優里菜に向けるわけにはいかない。そうさせない為にここにいるのだから。
 救ってくれた人。久下広輝の始まりの人。もう何も失くさない。
(ここで敗れ去ろうとも)
 広輝は気づかない。それは広輝自身が大樹を叱った言葉そのままであることに。
 広輝は目を瞑り、天力を練り直す。
(――収束、収束......)
 少ない天力を掻き集め、収束させて密度を上げる。何度も何度も押し固め、限界まで圧縮し、そして一気に解放する。
(――全開!)
 洗練された風が広輝を守るように覆う。
 見開いた目に映るのは口角を上げる雷鬼。
「それでいい。今度こそ第二ラウンドだ」
 オリバーは再び闘気を爆発させた。
 広輝は床を蹴る。
 先の先を読んだ末の先手必勝。それが普段の広輝の戦い方だが、オリバーは先の先を読んだところで、攻撃が通じないから勝ち目がない。
 広輝はオリバーの脇を斬り抜ける。止まれば雷剣の餌食になるから。手に雷を斬った感触はない、むしろ反動で手が痺れ、太刀を落としかねない。木刀で岩を叩いているようだった。
 それでも攻撃を止めない。駆けて斬って、斬って駆ける。
 勝ち目がないのなら、勝ち目を作ればいい。その為には情報が要る。目の前の雷鬼の情報が。
 どうやって負けようかと考えていた時とは打って変わって勝利を目指していた。つまらない敗北は、オリバーを優里菜へ向かわせかねない。それだけは絶対にさせないと誓い、広輝は情報を積み重ねる。小さな勝機も見逃さぬよう丁寧に処理していく。迅雷よりも遅いオリバーは広輝に追いつけない。オリバーは広輝の動きを読んで大剣を振るうが、広輝はそれを躱す。戦車に挑む騎兵のようだった。
 どうすれば雷鬼を倒せるか。
 どうすればオリバーに勝てるか。
 どうすれば雷霆を斬れるのか。
 どうすれば雷の鎧を突破できるのか。
 どうすればこの壁を突き破れるのか。
 考えて、思考して、検討して、考察して、検証し、できなかった選択肢を潰し、可能性を絞り込み、なくなったら視点を変えて可能性を広げ、また一つずつ検証していく。
 勝機を見いだせないまま、確実に体力も、天力も、精神力も消耗していった。
 その末にーー
「もらった」
 オリバーの雷剣が広輝を捕らえた。
 避けきれないタイミング。受ければ消し炭。無理に躱せば良くて四肢切断。どちらがマシだ?
 一瞬の思考、広輝は決断をする間もなく、雷剣を太刀で受けざるを得なくなった。
「――!!」
 可能な限りの天力を防御に回すが、たかが知れている。オリバーの雷撃が広輝を貫き焼く。雷を打たれた筋肉は弛緩し、広輝の言うことを聞かない。
 広輝は壁まで一気に打ち飛ばされた。それは人間が飛ばされる速度ではなかった。受け身を取ることもできず、石壁に背中から叩きつけられる。
「がはっ」
 壁は陥没し、その衝撃の大きさを物語る。
 一瞬で広輝の意識は飛び、白い世界に連れてかれた。右手から太刀が離れ、床に転がる。広輝の意識が戻ることなく、崩れるように倒れた。
「......終わりか」
 戦場で何度も嗅いだ異臭がオリバーの鼻を突く。人肉が焼けた臭い。これはオリバーの雷が広輝の嵐を破って、広輝の肉体に達した証拠。
 祭の閉幕を惜しむようにオリバーは残念がった。
 

  ***


 それは直後に起こった。
 もう少し時間が必要だとアランは思っていた。
 重力という特異な能力を、重力という範疇でしか使っていなかった。発現がかなり遅かったらしいが、それを差し引いても、宝の持ち腐れだと思っていた。だから彼の優秀さは突飛な発想をしない、積み重ねた末の優秀さだと思っていた。
 だけど、そうではないらしい。アランが皮肉を言わなくても、遠回しに言う必要もなかった。
 さすが月永というところか、それとも隆也だからこそか。『真価を見極める』なんて失礼なことを思ってしまったらしいと少し後悔した。
 隆也はまだ力の底を見せていないし、本領が発揮されるのもこれかららしい。
「悪いな。一発ぶん殴りたくて仕方なかったんだが、拘るのは止めた」
 隆也を囲った石槍は、隆也を中心とした斥力によって破砕された。天井から振ってくるはずだった岩柱つららは宙に浮いている。隆也が掲げた右手が反重力の結界の中を漂っていた。
 重力を操るのに落下という重力でダメージを受ける滑稽。隆也はアランに言われるまでもなく恥じていた。
「これは上った血を抜いてくれた礼だ」
 隆也は右腕を後ろに揺らす。投擲の構えだ。浮いている岩柱つららをアラン目掛けて発射するつもりだ。
 がしかし、アランが慌てて両手を挙げて、白旗を示す。
「わああ! 待った待った! 降参、降参〜〜!」
「..................は?」
 隆也は振りかぶりそうになった右手を止める。岩柱は行き場をなくし、宙に浮いたままになる。
「君が君の力の本質を理解してるなら、僕は君に勝てない。大人しく降参するさ」
 重力とは地球の引力に他ならない。その隆也の力の本質は、万有引力。それを操作するということは、引力も斥力も思いのまま。
「............」
 隆也はアランの言葉の真偽を測りかねた。アランは指先一つならぬ足先一つでこれだけの魔術を行使できる。詠唱もなければ魔法陣もない。そんな実力者が隆也に勝てないなどすぐには信じ難かった。
 狐の仮面の向こうを見ておきたかったが、潮時とでもいうようにアランは終わりの言葉を紡いでいく。
「それにそろそろ時間になる。役目も終わりさ」
「どういう意味だ?」
 時間ではない。役目の方だ。
 アランはきちんと隆也の意図を汲み取った。
「僕の役目は、ゲーベルに精霊界への扉を開けさせること。そこまでさ」
 そう言うと、アランは扉までの道を開け、隆也が入ってきた反対の方向を指差した。
 アランは本当にこれ以上戦う気がないらしい。完全に戦う気配がない。
「向こうの扉からホールに戻れる。今度は反対側の扉を通るといいよ」
 指差した反対の手でぶかぶかのパーカーのポケットからビー玉くらいの大きさの琥珀色の鉱石を取り出し、隆也に見せながら言った。
「それじゃ、またねーー転位」
 鉱石が発光し、アランの足元に同じ色に光る魔法陣が顕れた。
「待て!」
 隆也は手持ち無沙汰だった右手をアラン目掛けて振り抜くも、岩柱つららが届く前に、アランは琥珀色の光と一緒に消え去った。
 岩柱つららは床に落ち、虚しく砂塵が舞い上がる。
「............」
 隆也は掴みどころが無かったアランの言葉を思い返した。
 『精霊界への扉を開かせる』。文字通りに受け取るのなら、月永の祖先、ウンディーネがかつていた世界とこの世界をつなぐことを意味する。大叔母や優里菜の存在がなければ子孫の隆也でさえ、精霊の血族であることを疑うほどに実感がない[精霊]という存在。祖先が住んでいた世界への扉を開けることにどんな意味があるのか、どんな結果を生むのか。砂塵が薄れるまで考えたが、情報が少なすぎて仮説や推測の域を出ない。
 隆也は答えのでない思考を止め、優里菜の救出という本来の目的に帰る。決意を改めると共に、ホールの戦いが上手く終えていることを祈って走り出した。
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深緑のシルフィード作者:U
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