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第十二話 雷炎(後編)

「次はないわ。ここで捕まりなさい」
 オリバーが広輝から離れた時、玲菜は上空に仕込んでいた水球からウォーターカッターさながらの水圧でオリバーを撃った。予定外なのは、オリバーが空を見上げて、攻撃を視認されて避けられたこと。けれど想定外ではない。
 作戦は続行だ。
 広輝に援護射撃ができればよかったのだが、二人が速すぎてオリバーだけを狙うことができず、広輝に当ててしまう可能性もあった。だから玲菜は二人の戦いを見守り、次の策に移行した。ただ、広輝をオリバーの霹靂サンダーボルトから守れなかったのは失敗だったと思っている。霹靂の前、狂雷の雷光で二人の姿を見失ってしまい、霹靂には間に合わなかったのだ。玲菜は心の中で謝りながら、オリバーが上空の水球には気付かれていないようだったので、身を潜めることに徹した。
 隆平夫も子供たちもオリバーにやられた。感情に任せてオリバーに飛びかかりたい。けれど感情に身を任せてしまうと、きっとあっさりやられて優里菜を奪われる。それは耐え難いことだった。だから理性に徹した。
 オリバーは大人の握りこぶし程の水球に囲まれながら、微動だにせず落ち着いている。周囲の水球からではなく、玲菜の機微から次の攻撃のタイミングを測ろうとしているのか、目を細めて玲菜の様子を伺っていた。
 しかしオリバーから出てきた言葉は、玲菜と優里菜を二人並べて初めて見た人らと同じ疑問であり、確認だった。
「............月永の子供は二人兄妹と聞いていたが、三姉弟だったのか」
 いつもなら玲菜は、からかうように小躍りして真実を告げ、その反応を楽しむところだ。けれど、今はそういう状況ではない。
「いいえ。私はその子たちの母親よ」
 鳴上支部をものの数分で壊滅させる怪物級の天子が敵として相対している。玲菜とてどれほど粘れるかわからない。玲菜の戦い方は、隆平たちのように天術での力押しでも、広輝のような白兵戦でもない。通用するかは未知だ。充分な警戒の元、オリバーの機微を観察した。
 オリバーは逆に周囲の水球や玲菜の警戒を気にすることなく、玲菜の回答を飲み込み始め、三度目の高揚に見を奮い始める。
「母親............? そうか、ならばリュウヘイの妻だな!」
 玲菜の天位は蒼。だが、その実力は二階級上の紫に届くと評されている。その戦い方は真似したくとも難しく、習得したとしても玲菜以上の数と技の会得は、修練だけでは辿り着けないとされていた。
 ただし、その術はオリバーの雷の前で通用するだろうか。 
「月永の夫婦めおとならば、リュウヘイ並の実力を期待して良いのだろうなあ!?」
 オリバーは広輝と戦った時と同様の雷を身に纏う。[迅雷]である。
 右腕で大剣を持ち、左半身を前に、右半身を大きく後ろへ。突きの構えにも見えるその構えは、攻撃の事前準備にほかならない。玲奈はこの時を待っていた。
「八個連結コネクト!」
「!」
 オリバーが察知して、直進を止める。止まったオリバーを玲菜が封じる。
 オリバーを囲う水球と水球が水の線で繋がる。オリバーの直進を遮るように首元と膝元を横切る線、肩から背中に伸びる線。気づけばオリバーの胴体を封じる直方体が完成していた。
「これは......」
「右回転ライト」
 玲菜の指示で水の直方体が右回転を始め、オリバーの右肩付近にあった水の辺がオリバーの右頭を殴り、左膝付近にあった辺が左膝側面を押し叩く。
 水の辺によるダメージは痛くも痒くもない。けれど、力の流れに押されて直方体が回転するがままにオリバーがすっ転んだ。
「!?」 
 二メートルもあるオリバーの体躯が面白いように宙に浮き、左肩から地面に落ちる。
 こんな無様に転ばされたのは何年ぶりだと、起き上がりつつ、屈辱感から玲菜を睨んだ時には、水の直方体はなくなっていた。
 代わりに――
「超水圧レーザー」
 片膝を付いているオリバーを狙った超高圧の水撃が周囲の水球から撃ち放たれる。オリバーは水球の囲いからの脱出ではなく、その場で防御に回った。広輝がオリバーの霹靂を受けた時と同じ。躱せないと判断したからだ。
 玲菜の水撃全てがオリバーに的中。玲菜の水がオリバーの雷で水蒸気と変質した。薄い膜のようにオリバーの周りを漂う。
 全弾を撃ち終え、ダメージの程を確認するため、玲菜は水蒸気が止むのを待った。
 オリバーの指先から滴り落ち、地面を赤く濡らす。広輝の斬撃を通さなかったオリバーの迅雷の名の鎧。その鎧を貫き、オリバーに血を流させた。
 オリバーは三人目の強敵を前にして尚笑う。全弾の全てが通ったわけではない。殆どはオリバーの雷の前に消滅した。しかしその中でも、迅雷を割って黒肌を濡らした弾、迅雷を砕いて肉体を傷つけた弾、迅雷を貫いて体を貫通しきった弾がそれぞれあった。玲菜が意識せずにそういう結果になったのか、意図的に威力を調整したのか。オリバーは後者だと決めつけ、踊る準備をする。
 膨大な天力による力押しの戦いではなく、一瞬の時を凌ぎ合う白兵戦でもなく、策と数の翻弄による搦手の戦い。三者三様の戦い方。同じような戦いがない。同じ味ばかりでは飽きてしまうように、遭遇する強敵が強敵ごと戦い方味が違ってオリバーの心を飽きさせない。
(鳴上ここは本当に面白い!)
 オリバーが立ち上がり、水蒸気が消える。オリバーは玲菜の水撃によって新しい傷を負ってはいるが、些細なもの。それどころか逆に喜ばせた。
「月永玲菜! 貴様との戦いも愉しませてもらうぞ!」
 オリバーが大剣を玲菜に向けて高らかに叫ぶ。疲れを知らない子供が体力尽きるまでどこまでも遊び続けるように無邪気に。
 そんなオリバーとは裏腹に玲菜は冷静に戦いを続ける。
「八個連結コネクト」
「それはもう効かん!」
 再びオリバーの動きを封じようとした玲菜に対し、オリバーは雷を纏った腕で水の線を断ち切り、水球を殴り、叩き斬り、消滅させる。オリバーには雷の鎧をもっと強固にして、強引に水球の包囲を突破する手段を持っていたが、オリバーはそれをしない。
 それではつまらないから。
 玲菜は オリバーの享楽には付き合わない。
 身内を傷つけられ、心の中で滾っている激情を、策を遂行することで昇華させようとしていた。
「二重ダブル、三重トリプル、四重クワトロ!」
 オリバーの動きを封じることに重きを置く。オリバーの[迅雷]は無敵ではなく、ただただ堅い鎧なのだから、鎧を貫く天術をぶち当てればいい。
「芸がないな! これを続けるならすぐに終わらせてやる!」
 単調な攻撃に怒りを覚え始めるオリバー。せっかく愉しめると思ったが、これだけなら興醒めというもの。
 駄々をこねているような仇敵に、玲菜は終わりを告げる。どこか願うように。
「ええ。貴方がここで終わるの。私たちの手でね」
 玲菜は一人でオリバーを倒せると思っていなかった。どれだけ憎かろうとオリバーの力に自分の力は敵わない。隆平の戦果と広輝の戦いを目の当たりにしてそう思った。自分の子供たちまで傷つけられ、頭にこないはずがない。自らの手で断罪したかった。でもできそうにない。だから力を集めた。
 天子協会、五大支部の一角、生き残った鳴上の天子たちを。
 オリバーが丁寧に玲菜に付き合ったからこそ、オリバーは何重にも重なった水の檻の中にいる。オリバーなれど一瞬では出られない。
 玲菜が右手を空に掲げる。
 それが反撃の合図だった。
 燃え盛る天宿の強すぎる炎の光の元に身を潜めていた天子たちが一斉に天術を行使する。各個人の最大天術ではなく、天子たちが力を合わせて放つ特別な天術。核となる一人の天子が複数人の天力を扱い、一人ではできなかった強力な天術を行使する。その名を[相乗天術]と呼ぶ。月永の天子はこれを心得ている。
 天力が集中する天子は三人。玲菜の合図で詠唱を開始した。
 オリバーもその天術の強力さは身を持って知っている。個人が行使する天術が対人天術とするならばならば、相乗天術は対軍天術。本来は手がつけられない妖魔を討滅するための天術だが、戦争にも使われた戦術級天術の一つ。それが三つとなればオリバーも無事では済まない。
 玲菜がオリバーを倒すのではなく、動きを封じ続けた意味を理解する。玲菜はオリバーを前にした時から、一人と戦っていたわけではなかったのだ。一対一ではなく一対多。
見誤ったオリバーが後手に回った。
 オリバーは力技に出る。玲菜の水の檻から脱出を図った。しかし、時は既に遅く、オリバーが水の線と水球を破壊するスピードよりも早く玲菜が何重にも水球と水球を結び続けている。水の檻、水の牢と化した玲菜の天術をオリバーは破壊しきれない。
 玲菜は天術を止めることなく、距離を取り始める。三人の相乗天術に巻き込まれないためだ。
 三人の天子の詠唱が終わり、三つの属性の相乗天術が、オリバー一人を狙って放たれる。同時にオリバーと広輝、優里菜、隆也の間に結界ができた。三人を巻き込まないための、相乗天術の余波で壊れないくらい強力な結界が。
 三つの天術がオリバーに届く直前に玲菜はこの水の檻を解除するはず。オリバーはその瞬間を狙っての脱出を考えるが、玲菜の目を見て止めた。オリバーを捉え続けるその目は、憤りで滾っていた。オリバーは玲菜が冷静に戦っていると思っていた。広輝のように感情を抑えつけ、理性で戦っていると。でも違った。玲菜は感情を抑えるのではなく、理性で隠し続け、その怒りを持ったままオリバーに対峙していた。表情にも口調にも体の動きにも、それを悟らせずに今まで策に徹して戦っていた。その策が終わりそうな今、その激情が瞳から漏れたのだろう。オリバーは玲菜を称賛し、その覚悟に本気でぶつからなければと奮起する。ついでに言えば、本気にならねば討たれる。
 三つの天術は、敵とは言え一人の天子に撃つ威力ではない。その三つの天術が迫りくる。一向に水の檻が解除される気配はない。そしてオリバーに届くコンマ数秒前、絶妙のタイミングで玲菜が天術を解除。
三つの対軍天術が容赦なくオリバーを飲み込んだ。
相乗天術の衝突。天地揺らぐ大爆発。
味方の天子を巻き込まないために作られた結界の中。三つの対軍天術の衝突は、外への行き場をなくし、結界内で暴れまわる。衝突の瞬間から続く、爆発の威力は結界にすらヒビを入れる。やがて結界の中で消えきれなかった爆発の余波は結界の天井を割り、天宿の結界をも破壊して、火柱のごとく天に上った。
 ぎりぎり残った結界の側面。その外側で、玲菜は結界の解除の指示は出さない。静かに砂埃と煙が止むのを待つ。オリバーを確認するまで気は抜けない。
 終わってくれと、皆が思う。今以上の相乗天術はもう撃てないのだから。
 相乗天術を撃った天子が意識を失ってその場に倒れた。相乗天術は強力だが、本来扱えない量の天力を行使した天子への反動が大きい。故に滅多に使わない。そもそも身の丈以上の天力を扱うには相応のセンスが必要だった。それができるからこそ月永は、堕ちたと言われようとも五大支部の一角として在り続けることができていた。
 煙はまだ晴れない。玲菜たちは焦っていた。天宿の結界が壊れたことで、天宿の外からもこの屋敷が燃えていることがわかる。だから時間がない。一般人が集まってしまう。
 その焦燥をも掻き消すような雄叫びと雷が、煙の向こうで奔ほとばしった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
 戦士の雄叫び、ウォークライ。それは戦士が身を鼓舞し、士気を上げる儀式。常人のそれは、周りに与える影響は味方には士気の高揚、敵には威圧。だが、オリバーの戦士の雄叫びウォークライはそれだけではなく、物理的な風圧となって現れる。全身から放たれた闘気と天力の威圧で煙が一気に晴れた。
 現れたのはオリバー。尋常ならざる雷を迸らせ、居るだけで周囲に恐怖を撒き散らす[雷鬼]オリバー・エクスフォード。

 ――天術・雷霆――

 身体能力強化の一つの極致とも言えるこの天術を纏ったオリバー。この姿が雷の鬼、[雷鬼]と呼ばれる所以。オリバーはこの天術で三つの対軍天術を受けきってみせた。
 今のオリバーを見て、腰を抜かし、震え上がる者が続出した。涙を流し、ガタガタと口元を揺らす。「敵わない」「勝てる訳がない」という声すら発せない。完全に恐怖に飲まれてしまった。
 そんな中、玲菜と数人の天子が恐怖に臆しりながらも、それでも闘志を見失わずにいた。
「月永玲菜、そして未だ立つ天子たち」
 オリバーはゆっくりと結界の外を見渡し、臆することなく、逃げることなく、まだ諦めない天子がいることを純粋に嬉しく思った。
「敬意を持って、この一撃を贈ろう」
 だからこそ、本気で叩き潰す。
 オリバーは大剣を力強く大地に突き刺した。
 玲菜たちには、オリバーが何をする気なのか分からなかった。敵である玲菜たちに突進してくるものだと思っていた。だから、大地に剣を突き刺すという行為が、広範囲攻撃に繋がるとは思わなかった。
 オリバーは両手で手を握り、頭上へ掲げる。天に祈りを捧げるがごとく。
 玲菜が、それがなんらかの攻撃だと気づいた時には、その撃鉄が振り下ろされていた。
「! 逃げ――」
「大地を打ち砕く雷槌トールハンマー」
 雷霆を纏ったオリバーの両手から、文字通り雷霆が大剣に落ちる。大剣を伝った雷はそのまま地中に流れ、大地を穿ち、大地を割る。大地が裂けていく。逃げ道などなく、天宿全体に行き渡る。そしてオリバーを起点として、地中から熾烈な雷光が天に稲光り、大地に轟く雷が堕ちた月を粉砕したのだった。


 天宿は完全に崩壊し、残骸が虚しく炎を焚く。築数百年の屋敷は燃え落ち、美しかった庭園も無残に荒廃した。
 ぽつりぽつりと降り始めた雨が割れた大地を濡らし、赤き炎に消えていく。
 雷霆を纏ったオリバーだけが戦いの余韻に浸る。
 ゲーベルから預かった魔導人形は全て駆逐されたようだった。オリバーが止めを刺した人形もあったかもしれないが、少なくともオリバーの戦いに加わることはなかった。奇襲による炎の中でも、その程度は駆逐できる天宿であったということ。隆平に広輝に玲菜たち。存分に愉しんだ。
 雨が雷霆に当たって音を立てて蒸発していく。オリバーの耳にやかましいサイレンの音も届く。
 潮時だ。
 オリバーは大剣を引き抜き、燃える天宿に背を向ける。これだけ叩けば充分。ゲーベルの拠点を探すにしても人を捻出できないだろう。ゲーベルが優里菜とその秘宝をどうするかは知らないが、それはオリバーが与り知らぬこと。オーダー通り、優里菜と優・里・菜・が・身・に・付・い・け・て・い・る・リ・ン・グ・を回収するのみ。
 優里菜は天子の結界とオリバーの配慮によって相乗天術と大地を砕く雷槌トールハンマーから守られている。傍らに隆也が倒れている。さすがに意識はないだろうが、注意が必要だった。霹靂サンダーボルトを受けて尚、オリバーに小さくも尖った牙を突き立てた雄だ。今も牙を研いでいるかもしれない。
 オリバーが慎重に歩みを進めた時だった。
 背中に痛みが走る。斬られた痛みだ。
 オリバーは振り向きざまに大剣を振り下ろした。そいつはオリバーの剣を躱して、オリバーの右腕を一閃。オリバーの右腕は確かに傷ついたが、切り傷程度。そのくらいの傷をすぐに治癒してしまうオリバーのような膨大な天力を持った天子には効果がないに等しい。けれど、それよりも重要なのはオリバーの雷霆の鎧を斬ったことだ。
「[迅雷]も斬れなかったお前が何故雷霆これを斬れる?」
 満身創痍の広輝がそこにいた。
「はああああ!」
 広輝はオリバーの質問に答えずに斬りかかるが、あっけなく大剣で受け止められる。
 広輝の呼吸が長く浅い。目は血走り、獣のように荒々しいが怖さがない。歯を食いしばって力を込めているようだが、とてもオリバーに太刀打ちできる力ではない。
 オリバーは大剣で広輝を振り払う。
 広輝はバランスを崩し、よろめく。隙ばかりだ。気力で立っているようなもの。再び起きた時、今の出来事を覚えているかどうかも怪しい。
 こんな状態ならばオリバーは簡単に広輝を簡単に斬り殺せる。
 それでもーー
「どういうことだ、貴様。何故この雷霆を斬れる?」
 なんとか体勢を整え、オリバーに太刀を振るえば雷霆を斬ってみせる。
 訳が解らない。
 月永の相乗天術すら受けきったオリバーの雷霆を斬っている。たった一人の、それもボロボロの剣士が斬っている。
 理解不能だった。
 大きくなる煩い消防車のサイレン。
 オリバーは広輝と再戦することを決めた。広輝が後のちに今を憶えているかは賭けだが、再戦の場所を告げる。
「久下広輝。深間と黒根に隠れた古城で待つ」
 そして、太刀の大振りを繰り返す広輝の腹に、雷霆を纏わない普通の拳を叩き込んだ。
「かはっ」
 あっけなく広輝は気絶してしまう。白兵戦でオリバーにどちらの天力が先に尽きるかの勝負まで持ち込んだ剣士とは思えないほどに。
 オリバーは理解不能の太刀と相見えることを願いながら、今度こそ優里菜を回収する。隆也に意識があるか警戒したが、杞憂だったようだ。
 消防車が屋敷の前に到着したようだ。サイレンが耳障りで喧しい。
 優里菜を左肩に担ぐと消防車とは反対側、裏口に回る。
 正門の方では消火が始まったようだ。
 オリバーが戦いの余韻と広輝の太刀について考えていると、一人の子供がオリバーの前に立ちふさがる。
「わああああああ!!」
 今までどこに隠れていたのか、拳に火を纏わせた子供がオリバーに殴りかかる。
 ただ、その叫びは恐怖を打ち消すためなのか、相手を気圧す気迫がない。
「優里菜さんをかえぶーーっ!?」
 オリバーは大剣の面で少年の頬をぶっ叩く。
「邪魔だ。消えろ」
 少年の体は勢いよく、天宿の炎の中に消えた。
 不愉快だった。せっかくの戦いが台無しである。オリバーはその子供がどこの誰だか知らない。傷一つ付かず、戦いに参加すらしなかった者に興味はない。それどころか余韻を汚した邪魔者でしか無い。斬る価値すらない。
 オリバーは些細な不快感を抱きながら、暗い雨の中に消えた。

 ここに[雷鬼]オリバー・エクスフォードによる月永直系の強奪が成功した。
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深緑のシルフィード作者:U
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第十二話 雷炎(後編)

「次はないわ。ここで捕まりなさい」
 オリバーが広輝から離れた時、玲菜は上空に仕込んでいた水球からウォーターカッターさながらの水圧でオリバーを撃った。予定外なのは、オリバーが空を見上げて、攻撃を視認されて避けられたこと。けれど想定外ではない。
 作戦は続行だ。
 広輝に援護射撃ができればよかったのだが、二人が速すぎてオリバーだけを狙うことができず、広輝に当ててしまう可能性もあった。だから玲菜は二人の戦いを見守り、次の策に移行した。ただ、広輝をオリバーの霹靂サンダーボルトから守れなかったのは失敗だったと思っている。霹靂の前、狂雷の雷光で二人の姿を見失ってしまい、霹靂には間に合わなかったのだ。玲菜は心の中で謝りながら、オリバーが上空の水球には気付かれていないようだったので、身を潜めることに徹した。
 隆平夫も子供たちもオリバーにやられた。感情に任せてオリバーに飛びかかりたい。けれど感情に身を任せてしまうと、きっとあっさりやられて優里菜を奪われる。それは耐え難いことだった。だから理性に徹した。
 オリバーは大人の握りこぶし程の水球に囲まれながら、微動だにせず落ち着いている。周囲の水球からではなく、玲菜の機微から次の攻撃のタイミングを測ろうとしているのか、目を細めて玲菜の様子を伺っていた。
 しかしオリバーから出てきた言葉は、玲菜と優里菜を二人並べて初めて見た人らと同じ疑問であり、確認だった。
「............月永の子供は二人兄妹と聞いていたが、三姉弟だったのか」
 いつもなら玲菜は、からかうように小躍りして真実を告げ、その反応を楽しむところだ。けれど、今はそういう状況ではない。
「いいえ。私はその子たちの母親よ」
 鳴上支部をものの数分で壊滅させる怪物級の天子が敵として相対している。玲菜とてどれほど粘れるかわからない。玲菜の戦い方は、隆平たちのように天術での力押しでも、広輝のような白兵戦でもない。通用するかは未知だ。充分な警戒の元、オリバーの機微を観察した。
 オリバーは逆に周囲の水球や玲菜の警戒を気にすることなく、玲菜の回答を飲み込み始め、三度目の高揚に見を奮い始める。
「母親............? そうか、ならばリュウヘイの妻だな!」
 玲菜の天位は蒼。だが、その実力は二階級上の紫に届くと評されている。その戦い方は真似したくとも難しく、習得したとしても玲菜以上の数と技の会得は、修練だけでは辿り着けないとされていた。
 ただし、その術はオリバーの雷の前で通用するだろうか。 
「月永の夫婦めおとならば、リュウヘイ並の実力を期待して良いのだろうなあ!?」
 オリバーは広輝と戦った時と同様の雷を身に纏う。[迅雷]である。
 右腕で大剣を持ち、左半身を前に、右半身を大きく後ろへ。突きの構えにも見えるその構えは、攻撃の事前準備にほかならない。玲奈はこの時を待っていた。
「八個連結コネクト!」
「!」
 オリバーが察知して、直進を止める。止まったオリバーを玲菜が封じる。
 オリバーを囲う水球と水球が水の線で繋がる。オリバーの直進を遮るように首元と膝元を横切る線、肩から背中に伸びる線。気づけばオリバーの胴体を封じる直方体が完成していた。
「これは......」
「右回転ライト」
 玲菜の指示で水の直方体が右回転を始め、オリバーの右肩付近にあった水の辺がオリバーの右頭を殴り、左膝付近にあった辺が左膝側面を押し叩く。
 水の辺によるダメージは痛くも痒くもない。けれど、力の流れに押されて直方体が回転するがままにオリバーがすっ転んだ。
「!?」 
 二メートルもあるオリバーの体躯が面白いように宙に浮き、左肩から地面に落ちる。
 こんな無様に転ばされたのは何年ぶりだと、起き上がりつつ、屈辱感から玲菜を睨んだ時には、水の直方体はなくなっていた。
 代わりに――
「超水圧レーザー」
 片膝を付いているオリバーを狙った超高圧の水撃が周囲の水球から撃ち放たれる。オリバーは水球の囲いからの脱出ではなく、その場で防御に回った。広輝がオリバーの霹靂を受けた時と同じ。躱せないと判断したからだ。
 玲菜の水撃全てがオリバーに的中。玲菜の水がオリバーの雷で水蒸気と変質した。薄い膜のようにオリバーの周りを漂う。
 全弾を撃ち終え、ダメージの程を確認するため、玲菜は水蒸気が止むのを待った。
 オリバーの指先から滴り落ち、地面を赤く濡らす。広輝の斬撃を通さなかったオリバーの迅雷の名の鎧。その鎧を貫き、オリバーに血を流させた。
 オリバーは三人目の強敵を前にして尚笑う。全弾の全てが通ったわけではない。殆どはオリバーの雷の前に消滅した。しかしその中でも、迅雷を割って黒肌を濡らした弾、迅雷を砕いて肉体を傷つけた弾、迅雷を貫いて体を貫通しきった弾がそれぞれあった。玲菜が意識せずにそういう結果になったのか、意図的に威力を調整したのか。オリバーは後者だと決めつけ、踊る準備をする。
 膨大な天力による力押しの戦いではなく、一瞬の時を凌ぎ合う白兵戦でもなく、策と数の翻弄による搦手の戦い。三者三様の戦い方。同じような戦いがない。同じ味ばかりでは飽きてしまうように、遭遇する強敵が強敵ごと戦い方味が違ってオリバーの心を飽きさせない。
(鳴上ここは本当に面白い!)
 オリバーが立ち上がり、水蒸気が消える。オリバーは玲菜の水撃によって新しい傷を負ってはいるが、些細なもの。それどころか逆に喜ばせた。
「月永玲菜! 貴様との戦いも愉しませてもらうぞ!」
 オリバーが大剣を玲菜に向けて高らかに叫ぶ。疲れを知らない子供が体力尽きるまでどこまでも遊び続けるように無邪気に。
 そんなオリバーとは裏腹に玲菜は冷静に戦いを続ける。
「八個連結コネクト」
「それはもう効かん!」
 再びオリバーの動きを封じようとした玲菜に対し、オリバーは雷を纏った腕で水の線を断ち切り、水球を殴り、叩き斬り、消滅させる。オリバーには雷の鎧をもっと強固にして、強引に水球の包囲を突破する手段を持っていたが、オリバーはそれをしない。
 それではつまらないから。
 玲菜は オリバーの享楽には付き合わない。
 身内を傷つけられ、心の中で滾っている激情を、策を遂行することで昇華させようとしていた。
「二重ダブル、三重トリプル、四重クワトロ!」
 オリバーの動きを封じることに重きを置く。オリバーの[迅雷]は無敵ではなく、ただただ堅い鎧なのだから、鎧を貫く天術をぶち当てればいい。
「芸がないな! これを続けるならすぐに終わらせてやる!」
 単調な攻撃に怒りを覚え始めるオリバー。せっかく愉しめると思ったが、これだけなら興醒めというもの。
 駄々をこねているような仇敵に、玲菜は終わりを告げる。どこか願うように。
「ええ。貴方がここで終わるの。私たちの手でね」
 玲菜は一人でオリバーを倒せると思っていなかった。どれだけ憎かろうとオリバーの力に自分の力は敵わない。隆平の戦果と広輝の戦いを目の当たりにしてそう思った。自分の子供たちまで傷つけられ、頭にこないはずがない。自らの手で断罪したかった。でもできそうにない。だから力を集めた。
 天子協会、五大支部の一角、生き残った鳴上の天子たちを。
 オリバーが丁寧に玲菜に付き合ったからこそ、オリバーは何重にも重なった水の檻の中にいる。オリバーなれど一瞬では出られない。
 玲菜が右手を空に掲げる。
 それが反撃の合図だった。
 燃え盛る天宿の強すぎる炎の光の元に身を潜めていた天子たちが一斉に天術を行使する。各個人の最大天術ではなく、天子たちが力を合わせて放つ特別な天術。核となる一人の天子が複数人の天力を扱い、一人ではできなかった強力な天術を行使する。その名を[相乗天術]と呼ぶ。月永の天子はこれを心得ている。
 天力が集中する天子は三人。玲菜の合図で詠唱を開始した。
 オリバーもその天術の強力さは身を持って知っている。個人が行使する天術が対人天術とするならばならば、相乗天術は対軍天術。本来は手がつけられない妖魔を討滅するための天術だが、戦争にも使われた戦術級天術の一つ。それが三つとなればオリバーも無事では済まない。
 玲菜がオリバーを倒すのではなく、動きを封じ続けた意味を理解する。玲菜はオリバーを前にした時から、一人と戦っていたわけではなかったのだ。一対一ではなく一対多。
見誤ったオリバーが後手に回った。
 オリバーは力技に出る。玲菜の水の檻から脱出を図った。しかし、時は既に遅く、オリバーが水の線と水球を破壊するスピードよりも早く玲菜が何重にも水球と水球を結び続けている。水の檻、水の牢と化した玲菜の天術をオリバーは破壊しきれない。
 玲菜は天術を止めることなく、距離を取り始める。三人の相乗天術に巻き込まれないためだ。
 三人の天子の詠唱が終わり、三つの属性の相乗天術が、オリバー一人を狙って放たれる。同時にオリバーと広輝、優里菜、隆也の間に結界ができた。三人を巻き込まないための、相乗天術の余波で壊れないくらい強力な結界が。
 三つの天術がオリバーに届く直前に玲菜はこの水の檻を解除するはず。オリバーはその瞬間を狙っての脱出を考えるが、玲菜の目を見て止めた。オリバーを捉え続けるその目は、憤りで滾っていた。オリバーは玲菜が冷静に戦っていると思っていた。広輝のように感情を抑えつけ、理性で戦っていると。でも違った。玲菜は感情を抑えるのではなく、理性で隠し続け、その怒りを持ったままオリバーに対峙していた。表情にも口調にも体の動きにも、それを悟らせずに今まで策に徹して戦っていた。その策が終わりそうな今、その激情が瞳から漏れたのだろう。オリバーは玲菜を称賛し、その覚悟に本気でぶつからなければと奮起する。ついでに言えば、本気にならねば討たれる。
 三つの天術は、敵とは言え一人の天子に撃つ威力ではない。その三つの天術が迫りくる。一向に水の檻が解除される気配はない。そしてオリバーに届くコンマ数秒前、絶妙のタイミングで玲菜が天術を解除。
三つの対軍天術が容赦なくオリバーを飲み込んだ。
相乗天術の衝突。天地揺らぐ大爆発。
味方の天子を巻き込まないために作られた結界の中。三つの対軍天術の衝突は、外への行き場をなくし、結界内で暴れまわる。衝突の瞬間から続く、爆発の威力は結界にすらヒビを入れる。やがて結界の中で消えきれなかった爆発の余波は結界の天井を割り、天宿の結界をも破壊して、火柱のごとく天に上った。
 ぎりぎり残った結界の側面。その外側で、玲菜は結界の解除の指示は出さない。静かに砂埃と煙が止むのを待つ。オリバーを確認するまで気は抜けない。
 終わってくれと、皆が思う。今以上の相乗天術はもう撃てないのだから。
 相乗天術を撃った天子が意識を失ってその場に倒れた。相乗天術は強力だが、本来扱えない量の天力を行使した天子への反動が大きい。故に滅多に使わない。そもそも身の丈以上の天力を扱うには相応のセンスが必要だった。それができるからこそ月永は、堕ちたと言われようとも五大支部の一角として在り続けることができていた。
 煙はまだ晴れない。玲菜たちは焦っていた。天宿の結界が壊れたことで、天宿の外からもこの屋敷が燃えていることがわかる。だから時間がない。一般人が集まってしまう。
 その焦燥をも掻き消すような雄叫びと雷が、煙の向こうで奔ほとばしった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
 戦士の雄叫び、ウォークライ。それは戦士が身を鼓舞し、士気を上げる儀式。常人のそれは、周りに与える影響は味方には士気の高揚、敵には威圧。だが、オリバーの戦士の雄叫びウォークライはそれだけではなく、物理的な風圧となって現れる。全身から放たれた闘気と天力の威圧で煙が一気に晴れた。
 現れたのはオリバー。尋常ならざる雷を迸らせ、居るだけで周囲に恐怖を撒き散らす[雷鬼]オリバー・エクスフォード。

 ――天術・雷霆――

 身体能力強化の一つの極致とも言えるこの天術を纏ったオリバー。この姿が雷の鬼、[雷鬼]と呼ばれる所以。オリバーはこの天術で三つの対軍天術を受けきってみせた。
 今のオリバーを見て、腰を抜かし、震え上がる者が続出した。涙を流し、ガタガタと口元を揺らす。「敵わない」「勝てる訳がない」という声すら発せない。完全に恐怖に飲まれてしまった。
 そんな中、玲菜と数人の天子が恐怖に臆しりながらも、それでも闘志を見失わずにいた。
「月永玲菜、そして未だ立つ天子たち」
 オリバーはゆっくりと結界の外を見渡し、臆することなく、逃げることなく、まだ諦めない天子がいることを純粋に嬉しく思った。
「敬意を持って、この一撃を贈ろう」
 だからこそ、本気で叩き潰す。
 オリバーは大剣を力強く大地に突き刺した。
 玲菜たちには、オリバーが何をする気なのか分からなかった。敵である玲菜たちに突進してくるものだと思っていた。だから、大地に剣を突き刺すという行為が、広範囲攻撃に繋がるとは思わなかった。
 オリバーは両手で手を握り、頭上へ掲げる。天に祈りを捧げるがごとく。
 玲菜が、それがなんらかの攻撃だと気づいた時には、その撃鉄が振り下ろされていた。
「! 逃げ――」
「大地を打ち砕く雷槌トールハンマー」
 雷霆を纏ったオリバーの両手から、文字通り雷霆が大剣に落ちる。大剣を伝った雷はそのまま地中に流れ、大地を穿ち、大地を割る。大地が裂けていく。逃げ道などなく、天宿全体に行き渡る。そしてオリバーを起点として、地中から熾烈な雷光が天に稲光り、大地に轟く雷が堕ちた月を粉砕したのだった。


 天宿は完全に崩壊し、残骸が虚しく炎を焚く。築数百年の屋敷は燃え落ち、美しかった庭園も無残に荒廃した。
 ぽつりぽつりと降り始めた雨が割れた大地を濡らし、赤き炎に消えていく。
 雷霆を纏ったオリバーだけが戦いの余韻に浸る。
 ゲーベルから預かった魔導人形は全て駆逐されたようだった。オリバーが止めを刺した人形もあったかもしれないが、少なくともオリバーの戦いに加わることはなかった。奇襲による炎の中でも、その程度は駆逐できる天宿であったということ。隆平に広輝に玲菜たち。存分に愉しんだ。
 雨が雷霆に当たって音を立てて蒸発していく。オリバーの耳にやかましいサイレンの音も届く。
 潮時だ。
 オリバーは大剣を引き抜き、燃える天宿に背を向ける。これだけ叩けば充分。ゲーベルの拠点を探すにしても人を捻出できないだろう。ゲーベルが優里菜とその秘宝をどうするかは知らないが、それはオリバーが与り知らぬこと。オーダー通り、優里菜と優・里・菜・が・身・に・付・い・け・て・い・る・リ・ン・グ・を回収するのみ。
 優里菜は天子の結界とオリバーの配慮によって相乗天術と大地を砕く雷槌トールハンマーから守られている。傍らに隆也が倒れている。さすがに意識はないだろうが、注意が必要だった。霹靂サンダーボルトを受けて尚、オリバーに小さくも尖った牙を突き立てた雄だ。今も牙を研いでいるかもしれない。
 オリバーが慎重に歩みを進めた時だった。
 背中に痛みが走る。斬られた痛みだ。
 オリバーは振り向きざまに大剣を振り下ろした。そいつはオリバーの剣を躱して、オリバーの右腕を一閃。オリバーの右腕は確かに傷ついたが、切り傷程度。そのくらいの傷をすぐに治癒してしまうオリバーのような膨大な天力を持った天子には効果がないに等しい。けれど、それよりも重要なのはオリバーの雷霆の鎧を斬ったことだ。
「[迅雷]も斬れなかったお前が何故雷霆これを斬れる?」
 満身創痍の広輝がそこにいた。
「はああああ!」
 広輝はオリバーの質問に答えずに斬りかかるが、あっけなく大剣で受け止められる。
 広輝の呼吸が長く浅い。目は血走り、獣のように荒々しいが怖さがない。歯を食いしばって力を込めているようだが、とてもオリバーに太刀打ちできる力ではない。
 オリバーは大剣で広輝を振り払う。
 広輝はバランスを崩し、よろめく。隙ばかりだ。気力で立っているようなもの。再び起きた時、今の出来事を覚えているかどうかも怪しい。
 こんな状態ならばオリバーは簡単に広輝を簡単に斬り殺せる。
 それでもーー
「どういうことだ、貴様。何故この雷霆を斬れる?」
 なんとか体勢を整え、オリバーに太刀を振るえば雷霆を斬ってみせる。
 訳が解らない。
 月永の相乗天術すら受けきったオリバーの雷霆を斬っている。たった一人の、それもボロボロの剣士が斬っている。
 理解不能だった。
 大きくなる煩い消防車のサイレン。
 オリバーは広輝と再戦することを決めた。広輝が後のちに今を憶えているかは賭けだが、再戦の場所を告げる。
「久下広輝。深間と黒根に隠れた古城で待つ」
 そして、太刀の大振りを繰り返す広輝の腹に、雷霆を纏わない普通の拳を叩き込んだ。
「かはっ」
 あっけなく広輝は気絶してしまう。白兵戦でオリバーにどちらの天力が先に尽きるかの勝負まで持ち込んだ剣士とは思えないほどに。
 オリバーは理解不能の太刀と相見えることを願いながら、今度こそ優里菜を回収する。隆也に意識があるか警戒したが、杞憂だったようだ。
 消防車が屋敷の前に到着したようだ。サイレンが耳障りで喧しい。
 優里菜を左肩に担ぐと消防車とは反対側、裏口に回る。
 正門の方では消火が始まったようだ。
 オリバーが戦いの余韻と広輝の太刀について考えていると、一人の子供がオリバーの前に立ちふさがる。
「わああああああ!!」
 今までどこに隠れていたのか、拳に火を纏わせた子供がオリバーに殴りかかる。
 ただ、その叫びは恐怖を打ち消すためなのか、相手を気圧す気迫がない。
「優里菜さんをかえぶーーっ!?」
 オリバーは大剣の面で少年の頬をぶっ叩く。
「邪魔だ。消えろ」
 少年の体は勢いよく、天宿の炎の中に消えた。
 不愉快だった。せっかくの戦いが台無しである。オリバーはその子供がどこの誰だか知らない。傷一つ付かず、戦いに参加すらしなかった者に興味はない。それどころか余韻を汚した邪魔者でしか無い。斬る価値すらない。
 オリバーは些細な不快感を抱きながら、暗い雨の中に消えた。

 ここに[雷鬼]オリバー・エクスフォードによる月永直系の強奪が成功した。
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深緑のシルフィード作者:U
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