
図書の国3
「私、最初の夢で見たの」 少し朧気になっている記憶を頼りに、言葉にしていく。「王家秘蔵の魔導書をエスメラルダは持ってた。それを使ったら、大地が枯れていった。そこまでしか分からないけど......絵本とは一致してる」「オフィーリアの左手に現れた印と似た魔法陣......だったか? それは確かなのか?」「うん」 ノエルの質問に、大きく頷いてみせる。「......あのさ、ティンブロ国王家の家系図を見てみようよ。一万オンスは勿体ないから、あたしが探し当ててみせるからさ」 アヴリルは少し遠慮がちに、私の瞳を見た。 リックスは首を傾げる。「家系図を見て、何を確かめるんだ?」「エスメラルダがいた証拠探しと、絵本の正しさの証明」 それなら探す価値がありそうだ。本当にティンブロ国王家にエスメラルダの名が連なっているのなら、私が見る夢も肯定されるかもしれない。 それと同時に、私がとんでもない存在のような気もしてくる。心臓は容赦なく鼓動を速めていく。「......やってみよう」 そうするしかない。前に進むには、エスメラルダを知るしかない。ぎゅっと拳を握り、読書室を後にした。 ノエルが絵本を返却してくれ、四人で蔵書を探す。国ごとの家系図は三階にあるらしく、吊り下げ看板を手がかりに本棚を見上げる。「うーん、この辺りだと思うんだけどなぁ」 アヴリルは五十音順に並んだ国々の家系図を飛び跳ねながら探す。しかし、彼女の目の届く範囲にはなかったらしい。「梯子ってどこ?」「ん? あっちにある」 リックスは壁に立てかけられた梯子を見つけ、ノエルを引き連れてアヴリルが指し示す場所へと移動させる。私の身長の三倍はありそうな高さの梯子だ。私が上ったなら、高所で足が竦みそうになるだろう。それなのに、アヴリルは全く怯まない。「上るから、ちゃんと支えててね」 アヴリルはノエルとリックスに笑顔を向け、一人で梯子を上る。どうか落ちないで。そう祈ることしかできない。「うーん、ここじゃないし、こっちでもないし......」 アヴリルは上っている途中でも身を乗り出して本棚に目を遣る。危なっかしくて見ていられない。顔を両手で覆い、指の隙間からアヴリルの様子を確認する。すると、彼女の口から「あった!」と声が上がったのだ。「ティンブロ国王一族家系図......あったよー!」 アヴリルは本を抜き出すと、身体を私たちの方へと捻る。その時にバランスを崩してしまったらしい。アヴリルの身体が傾いていく。
「アヴリル!」 ノエルは梯子から手を離し、アヴリルの落下地点へと急ぐ。アヴリルはノエルと衝突し、二人でそのまま崩れてしまった。遅れて梯子が倒れ、轟音が図書館に響く。「アヴリル! ノエル!」 リックスと二人で二人に駆け寄ってみても、返事はない。アヴリルは額から血を流している。ノエルは一見して外傷はないものの、意識がない。 私たちの周りには、続々と野次馬たちが集まり始める。「誰か......医者を!」 リックスが叫んでも、動こうとする者はいない。「治療費なんて払えるのか......? 三十万オンスはくだらないぞ?」 野次馬が呟いた言葉に肝が冷える。「こんな時まで金かよぉ!」 リックスは床に拳を叩き付け、一筋の涙を流すのだった。 ノエルとアヴリルは宿屋に運び込まれ、リックスが傷の手当てをしていく。アヴリルは呻き声を上げてくれるのだけれど、ノエルの反応が全くないのだ。脳震盪では済まされないかもしれない。「オフィーリア、回復魔法を使って」 リックスがノエルの手を握り、アヴリルの手を握る私の方を向いた。「でも――」「このままじゃ、二人とも死ぬかもしれないんだよ!?」 リックスの表情からは穏やかさが消えている。目は吊り上げられ、鼻息も荒い。「俺とノエルが大怪我した時、回復魔法を使ってくれたんだよね!? だったら今、迷ってる時間なんてない!」 理屈は分かる。分かるけれど――回復魔法を使った時のノエルとリックスの絶叫が甦る。 このままでいれば、二人は苦しまなくていい。でも、放っておけば二人の未来がなくなるかもしれない。私は一度の苦しみと、未来の根絶、どちらを選べばいいのだろう。「頼むから! オフィーリアにとって、二人は仲間じゃないのか!?」 リックスの悲痛な叫びが私の心を切り裂く。 最初から迷う余地などなかった。私だけ守られて、のうのうと生きていることなんてできない。 唇を噛み、ノエルとアヴリルが横たわるベッドの中央へと移動し、左手を翳す。お願いだから、二人を助けて。そんな願いを込めながら。 左手から光が溢れると、ノエルとアヴリルへと向かっていく。その光が二人に届いた時、二人の目は見開かれた。口からは絶叫が漏れる。 リックスは慌ててノエルから手を離し、尻餅をついた。「何だよ......これ......。何がどうなってるんだ......?」「これが回復魔法なの。骨を動かして、細胞を再生させる。痛みを伴わないわけがない」 知らず知らずのうちに、いつの日か聞いた元司書である老婆の言葉を繰り返していた。「嘘だろ......。俺、こんなのは......!」 覚えていないと言いたいのか、知らなかったと言いたいのか。どちらにせよ、リックスが救った命だ。私一人では決断できなかった。「オフィーリア、ごめん......!」 リックスは大粒の涙を零す。しかし、私の目から同じような涙が零れることはなかった。 図書の国3
「私、最初の夢で見たの」 少し朧気になっている記憶を頼りに、言葉にしていく。「王家秘蔵の魔導書をエスメラルダは持ってた。それを使ったら、大地が枯れていった。そこまでしか分からないけど......絵本とは一致してる」「オフィーリアの左手に現れた印と似た魔法陣......だったか? それは確かなのか?」「うん」 ノエルの質問に、大きく頷いてみせる。「......あのさ、ティンブロ国王家の家系図を見てみようよ。一万オンスは勿体ないから、あたしが探し当ててみせるからさ」 アヴリルは少し遠慮がちに、私の瞳を見た。 リックスは首を傾げる。「家系図を見て、何を確かめるんだ?」「エスメラルダがいた証拠探しと、絵本の正しさの証明」 それなら探す価値がありそうだ。本当にティンブロ国王家にエスメラルダの名が連なっているのなら、私が見る夢も肯定されるかもしれない。 それと同時に、私がとんでもない存在のような気もしてくる。心臓は容赦なく鼓動を速めていく。「......やってみよう」 そうするしかない。前に進むには、エスメラルダを知るしかない。ぎゅっと拳を握り、読書室を後にした。 ノエルが絵本を返却してくれ、四人で蔵書を探す。国ごとの家系図は三階にあるらしく、吊り下げ看板を手がかりに本棚を見上げる。「うーん、この辺りだと思うんだけどなぁ」 アヴリルは五十音順に並んだ国々の家系図を飛び跳ねながら探す。しかし、彼女の目の届く範囲にはなかったらしい。「梯子ってどこ?」「ん? あっちにある」 リックスは壁に立てかけられた梯子を見つけ、ノエルを引き連れてアヴリルが指し示す場所へと移動させる。私の身長の三倍はありそうな高さの梯子だ。私が上ったなら、高所で足が竦みそうになるだろう。それなのに、アヴリルは全く怯まない。「上るから、ちゃんと支えててね」 アヴリルはノエルとリックスに笑顔を向け、一人で梯子を上る。どうか落ちないで。そう祈ることしかできない。「うーん、ここじゃないし、こっちでもないし......」 アヴリルは上っている途中でも身を乗り出して本棚に目を遣る。危なっかしくて見ていられない。顔を両手で覆い、指の隙間からアヴリルの様子を確認する。すると、彼女の口から「あった!」と声が上がったのだ。「ティンブロ国王一族家系図......あったよー!」 アヴリルは本を抜き出すと、身体を私たちの方へと捻る。その時にバランスを崩してしまったらしい。アヴリルの身体が傾いていく。
「アヴリル!」 ノエルは梯子から手を離し、アヴリルの落下地点へと急ぐ。アヴリルはノエルと衝突し、二人でそのまま崩れてしまった。遅れて梯子が倒れ、轟音が図書館に響く。「アヴリル! ノエル!」 リックスと二人で二人に駆け寄ってみても、返事はない。アヴリルは額から血を流している。ノエルは一見して外傷はないものの、意識がない。 私たちの周りには、続々と野次馬たちが集まり始める。「誰か......医者を!」 リックスが叫んでも、動こうとする者はいない。「治療費なんて払えるのか......? 三十万オンスはくだらないぞ?」 野次馬が呟いた言葉に肝が冷える。「こんな時まで金かよぉ!」 リックスは床に拳を叩き付け、一筋の涙を流すのだった。 ノエルとアヴリルは宿屋に運び込まれ、リックスが傷の手当てをしていく。アヴリルは呻き声を上げてくれるのだけれど、ノエルの反応が全くないのだ。脳震盪では済まされないかもしれない。「オフィーリア、回復魔法を使って」 リックスがノエルの手を握り、アヴリルの手を握る私の方を向いた。「でも――」「このままじゃ、二人とも死ぬかもしれないんだよ!?」 リックスの表情からは穏やかさが消えている。目は吊り上げられ、鼻息も荒い。「俺とノエルが大怪我した時、回復魔法を使ってくれたんだよね!? だったら今、迷ってる時間なんてない!」 理屈は分かる。分かるけれど――回復魔法を使った時のノエルとリックスの絶叫が甦る。 このままでいれば、二人は苦しまなくていい。でも、放っておけば二人の未来がなくなるかもしれない。私は一度の苦しみと、未来の根絶、どちらを選べばいいのだろう。「頼むから! オフィーリアにとって、二人は仲間じゃないのか!?」 リックスの悲痛な叫びが私の心を切り裂く。 最初から迷う余地などなかった。私だけ守られて、のうのうと生きていることなんてできない。 唇を噛み、ノエルとアヴリルが横たわるベッドの中央へと移動し、左手を翳す。お願いだから、二人を助けて。そんな願いを込めながら。 左手から光が溢れると、ノエルとアヴリルへと向かっていく。その光が二人に届いた時、二人の目は見開かれた。口からは絶叫が漏れる。 リックスは慌ててノエルから手を離し、尻餅をついた。「何だよ......これ......。何がどうなってるんだ......?」「これが回復魔法なの。骨を動かして、細胞を再生させる。痛みを伴わないわけがない」 知らず知らずのうちに、いつの日か聞いた元司書である老婆の言葉を繰り返していた。「嘘だろ......。俺、こんなのは......!」 覚えていないと言いたいのか、知らなかったと言いたいのか。どちらにせよ、リックスが救った命だ。私一人では決断できなかった。「オフィーリア、ごめん......!」 リックスは大粒の涙を零す。しかし、私の目から同じような涙が零れることはなかった。