
王都へ3
早まる鼓動を感じながら夜を越し、朝を迎える。鏡に映る自分の衣服を見て思う。こんなにも煤けたワンピースで謁見してもいいのだろうか。 とはいえ、ドレスを新調する金銭なんて持っていない。嫌な顔をされるのを覚悟で城に行くしかないだろう。 せめて髪だけは解こう。父からのプレゼントである赤い木の櫛を髪に通す。その時、客室のドアがノックされた。「オフィーリア、起きてるか?」「城に行くぞー」 ノエルとリックスだ。「うん」と返事をすると、緊張した面持ちの二人が入ってきた。 リックスは苦笑いをすると、小さく息を吐き出す。「嫌なことはさっさと終わらせよう。これからどうなるかは、神のみぞ知る......ってね」「そこは神じゃなくて王だろ?」 的確なノエルのツッコミに、笑いが漏れてしまう。二人のお陰で、ちょっとだけ緊張が解れた気がする。 荷物をまとめ、宿屋の主に礼をする。お辞儀し返してくれたその青い瞳は、昨日のように揺れていた。 * * *
「ここがハンスヌーン城、か」 三人並んで城内を歩く。白い壁に紺の絨毯、シャンデリア――豪華だけれど、冷たさを感じるのは私だけだろうか。 騎士たちから向けられる視線は、想像通りのものだった。みすぼらしい姿に、一瞬は顔をしかめる。「聖女様らしいぞ」「......ついに現れたのか」 事実が知られれば、その瞳は輝き始める。人間はなんて自分勝手なのだろう。 玉座の間の扉まで到着すると、騎士は声を張る。「聖女様がお越しになられました」「......通せ」 低音の声の主がこの国の王なのだろう。威圧感のある声に、背筋がピンと伸びる。「オフィーリア、大丈夫?」 リックスの小さな問いかけに首を横に振ると、二人は私の手を握ってくれた。 蝶番の軋む音と共に、扉は開かれる。ステンドグラスを背負った国王はまっすぐにこちらを見据えていた。水色の瞳に柔らかさはないし、立ち上がろうともしない。私たちを歓迎する気は端からなさそうだ。「そなた、名は何という」 私たちが跪くよりも早く、国王は顎をしゃくる。「オフィーリアです」「......エスメラルダではないのか。伝承とは違うようだが......まあいい」 まただ。エスメラルダとは、いったい何者なのだろう。私が眉間にしわを寄せていると、国王は頬杖をついた。「魔王城に行け。さすれば全て分かるだろう」「魔王城......?」 私だけではなく、ノエルとリックスも首を傾げる。「北に行くのだ。道はそこに通じている」 でも、何のために魔王城になんて。『魔王を倒せ』ではない。『魔王城に行け』なのだ。意図が分からない。 思考を巡らせながら口をへの字に曲げていると、国王は舌打ちをした。「己の尻ぬぐいは己でしろと言っているのだ」 益々、意味が分からない。私は魔王城に縁もゆかりもない。ここまで来ると、ただの出任せでは――そこまで考えた時に、国王は告げる。「『夢』を見ていないか?」 その言葉にはっとさせられる。目を開くと、国王の口角が上がった。温かな笑顔ではない。嫌味な冷笑だ。「身に覚えがあるのだな。そこに答えがある」 変な夢だとは思っていた。私が見たこともない風景で、騎士に怒りをぶつける王女、名は確か、エスメラルダ――。「えっ?」 気付いた時に、素っ頓狂な声を上げてしまった。慌てて取り繕おうとしても、術がない。そのまま俯くしかなかった。「騎士たちよ、この者たちの身を改めよ」 国王が声を張ると、数人の騎士たちがこちらへとやってくる。そのままノエルやリックスと引き離されてしまった。「ノエル! リックス!」「離せよ!」「拳でも食らわせられたいのか!?」「リックス! 暴力は駄目!」 こんな状況でも、相手の心配をしてしまう自分が嫌になる。抵抗しても無駄だ。唇を噛み締め、騎士たちの言いなりになるしかなかった。 そうして連れてこられたのは、調度品や壁や天井、全てが緑の部屋だった。騎士たちは出払い、侍女たちが現れる。手にしているのは、銀のドレスアーマーだ。「あの、私、そんな高価なものは......」「聖女様が何を仰っているのです」 片田舎出身の私が払えるようなものではない。それなのに、有無を言わさずに着せ替えられてしまった。髪も整えられ、ハーフアップには緑の石で装飾されたバレッタまでもが着けられた。 私を見る侍女たちは、にっこりと微笑む。「お似合いですよ」 そうして鏡を見てみると、怪訝な表情で私を見返す顔があった。青い瞳は小刻みに揺れている。「お供の方のお支度も終わられたでしょう。そろそろこちらに――」「お供じゃないの! 大事な友達なの......!」 私が叫ぶと同時に、部屋の中をつむじ風が舞う。カーテンは激しく揺れ、本棚の本も数冊落下した。「申し訳ございません」「ごめんなさい」 何故か私と侍女の声が重なる。どうしてノエルとリックスのことも大事な旅の仲間として見てくれないのだろう。拳を震わせ、涙を堪えるしかなかった。

王都へ3
早まる鼓動を感じながら夜を越し、朝を迎える。鏡に映る自分の衣服を見て思う。こんなにも煤けたワンピースで謁見してもいいのだろうか。 とはいえ、ドレスを新調する金銭なんて持っていない。嫌な顔をされるのを覚悟で城に行くしかないだろう。 せめて髪だけは解こう。父からのプレゼントである赤い木の櫛を髪に通す。その時、客室のドアがノックされた。「オフィーリア、起きてるか?」「城に行くぞー」 ノエルとリックスだ。「うん」と返事をすると、緊張した面持ちの二人が入ってきた。 リックスは苦笑いをすると、小さく息を吐き出す。「嫌なことはさっさと終わらせよう。これからどうなるかは、神のみぞ知る......ってね」「そこは神じゃなくて王だろ?」 的確なノエルのツッコミに、笑いが漏れてしまう。二人のお陰で、ちょっとだけ緊張が解れた気がする。 荷物をまとめ、宿屋の主に礼をする。お辞儀し返してくれたその青い瞳は、昨日のように揺れていた。 * * *
「ここがハンスヌーン城、か」 三人並んで城内を歩く。白い壁に紺の絨毯、シャンデリア――豪華だけれど、冷たさを感じるのは私だけだろうか。 騎士たちから向けられる視線は、想像通りのものだった。みすぼらしい姿に、一瞬は顔をしかめる。「聖女様らしいぞ」「......ついに現れたのか」 事実が知られれば、その瞳は輝き始める。人間はなんて自分勝手なのだろう。 玉座の間の扉まで到着すると、騎士は声を張る。「聖女様がお越しになられました」「......通せ」 低音の声の主がこの国の王なのだろう。威圧感のある声に、背筋がピンと伸びる。「オフィーリア、大丈夫?」 リックスの小さな問いかけに首を横に振ると、二人は私の手を握ってくれた。 蝶番の軋む音と共に、扉は開かれる。ステンドグラスを背負った国王はまっすぐにこちらを見据えていた。水色の瞳に柔らかさはないし、立ち上がろうともしない。私たちを歓迎する気は端からなさそうだ。「そなた、名は何という」 私たちが跪くよりも早く、国王は顎をしゃくる。「オフィーリアです」「......エスメラルダではないのか。伝承とは違うようだが......まあいい」 まただ。エスメラルダとは、いったい何者なのだろう。私が眉間にしわを寄せていると、国王は頬杖をついた。「魔王城に行け。さすれば全て分かるだろう」「魔王城......?」 私だけではなく、ノエルとリックスも首を傾げる。「北に行くのだ。道はそこに通じている」 でも、何のために魔王城になんて。『魔王を倒せ』ではない。『魔王城に行け』なのだ。意図が分からない。 思考を巡らせながら口をへの字に曲げていると、国王は舌打ちをした。「己の尻ぬぐいは己でしろと言っているのだ」 益々、意味が分からない。私は魔王城に縁もゆかりもない。ここまで来ると、ただの出任せでは――そこまで考えた時に、国王は告げる。「『夢』を見ていないか?」 その言葉にはっとさせられる。目を開くと、国王の口角が上がった。温かな笑顔ではない。嫌味な冷笑だ。「身に覚えがあるのだな。そこに答えがある」 変な夢だとは思っていた。私が見たこともない風景で、騎士に怒りをぶつける王女、名は確か、エスメラルダ――。「えっ?」 気付いた時に、素っ頓狂な声を上げてしまった。慌てて取り繕おうとしても、術がない。そのまま俯くしかなかった。「騎士たちよ、この者たちの身を改めよ」 国王が声を張ると、数人の騎士たちがこちらへとやってくる。そのままノエルやリックスと引き離されてしまった。「ノエル! リックス!」「離せよ!」「拳でも食らわせられたいのか!?」「リックス! 暴力は駄目!」 こんな状況でも、相手の心配をしてしまう自分が嫌になる。抵抗しても無駄だ。唇を噛み締め、騎士たちの言いなりになるしかなかった。 そうして連れてこられたのは、調度品や壁や天井、全てが緑の部屋だった。騎士たちは出払い、侍女たちが現れる。手にしているのは、銀のドレスアーマーだ。「あの、私、そんな高価なものは......」「聖女様が何を仰っているのです」 片田舎出身の私が払えるようなものではない。それなのに、有無を言わさずに着せ替えられてしまった。髪も整えられ、ハーフアップには緑の石で装飾されたバレッタまでもが着けられた。 私を見る侍女たちは、にっこりと微笑む。「お似合いですよ」 そうして鏡を見てみると、怪訝な表情で私を見返す顔があった。青い瞳は小刻みに揺れている。「お供の方のお支度も終わられたでしょう。そろそろこちらに――」「お供じゃないの! 大事な友達なの......!」 私が叫ぶと同時に、部屋の中をつむじ風が舞う。カーテンは激しく揺れ、本棚の本も数冊落下した。「申し訳ございません」「ごめんなさい」 何故か私と侍女の声が重なる。どうしてノエルとリックスのことも大事な旅の仲間として見てくれないのだろう。拳を震わせ、涙を堪えるしかなかった。
