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2話

 霊媒体質にも、個人差があるらしい。
 ある者は妖精を。ある者は悪魔を。時には、あらゆる怪異を。
 自分の場合は、とにかく死霊に好かれるようだった。
 体質というよりも、殆ど呪いのようなものだ。
 気味の悪い視線に付きまとわれ、その度に気分が悪くなる。その上、あちらも視・え・て・い・る・ことがわかるとこちらへ狙いを定めてくるのだから、たまったものではない。
 酷い時には周囲の人間にも影響が出る始末であり、自分には、何よりもそれが恐ろしかった。
 自分はこれからずっと、この呪いと向き合わなければならないのだろうか。そう思うと、悲しくて泣きたくなった。

 七年前だっただろうか。
 両親はそんな自分を不憫に思い、解決策を探し回った末に、一人の占い師を頼った。
 その占い師は、若い女性だった。勝手な想像だが、如何にも怪しげな老婆が出てくると思っていたので、初めて会った時は少し驚いた。
 占い師の女性は事情を聞くと、三日後にまた来て欲しいと言い、一度自分たちを帰した。
 指示通り三日後、再度出向くと彼女が渡したのは、死霊除けに特化したという魔除けアミュレットだった。
 かなり胡散臭い話だが、実際その魔除けの効果は抜群だった。体調不良に悩まされることもなくなり、気味の悪い声も一切聞こえなくなった。
 これで人生は上向き。もう恐れるものは何もない。
 ――そう思っていたのだが。
「一つ、忠告なんですが......その魔除けの効果は、絶対ではないんです。あまりに強い霊や、『それ以上の存在』には効き目がありません」
 占い師はきっぱりとそう告げた。
「ですが気に病むことはありませんよ。一番大事なのはそんな道具よりも、安心、信頼できる『味方』です」
 そう言って占い師は、自分の背後にいる両親へ目配せをした。それだけで彼女が何を伝えたかったのかを、幼いながらも察した。
「ああ、それと最後に――」
 七年も前の記憶なんて最早、曖昧だ。
 それでも一つだけ、はっきりと覚えていることがある。
「少年。困った時は、いつでも私を頼りなよ」
 その占い師は、蛇のような赤い眼を持つ女だった。

 ◆

 スーパーマーケットとは、日常生活に必要なものが大方揃う、有り難い存在だ。例え閉じ込められたとしても、広い店であれば数ヶ月は生きられるんじゃないかと思う。それこそ街にゾンビが溢れたって、ここに立てこもれば一安心だ。なおそういった映画では大抵、その平穏は脆くも崩れ去るのだが。
「スタン、お前さん霊感あるとか言ってたよな?」
 勤務中、なじみ客のバーンズが唐突にそう尋ねてきた。彼とはこの店で働き始めた時からよくしてもらっており、以来店で顔を合わせる度、こうして他愛もない雑談に興じることが多い。
「そうですけど......なんすか、急に」
「先日、たまたま見ちまったんだよ。火なのか光なのか、ゆらゆら空中を漂ってる物体を......ありゃあ、この世に未練を残した人間の魂に違いない......」
 バーンズは絵に描いたようなほら話を、まるで大仰なナレーションのような口ぶりで語る。しかしスタンはそれを一笑に付すことなく、その妙な物体の正体を明かしてあげた。
「ああ......それ、ウィルオウィスプ鬼火じゃないですか?」
「なるほど、ウィルオウィスプ鬼火か。確かにそれっぽいな」
「因みに、どこで見たんです?」 
「ミレニアム・カレッジのすぐ近くだよ」
 スタンはその言葉に、ぴくりと反応する。
「あー、あそこかあ......」
「どうかしたか?」
「俺、あそこ苦手なんですよ」
「なんで?」
「何というか......感覚的にただ苦手ってだけで、深い意味はないんですけど」
「ま、あそこは名家や優秀な学生さんの通う学校だから、お前と縁はないだろうなあ」
「あっ、それもそうか~」
 スタンは彼の失礼な物言いに憤ることなく、へらへらと笑った。事実あの学校は、家柄も頭脳も並みである自分とは程遠い存在である。
 ......なのだが、理由はそれだけではない。
 土地、人物、建物......世の中には近づいてはいけない、足を踏み入れてはならないものがある。
 スタンはそれらが発する危険信号に対して、異様に敏感であった。誰に言われたわけでもなく、単なる己の主観だが。
 原因は想像がついている。幼い頃から、危険なものと隣り合わせであったせいだろう。
 ともかくあの学校からは、それを非常に強く感じたのだ。
「ま、それはそうと、あんまり怪しいものには近づいちゃだめですよ。何が起こるか分かったもんじゃないんだから」
「はいよ~」
 スタンが忠告するも、バーンズは軽くあしらう。少しむっとしたが、彼の楽観的な性格はよく知っているので、それ以上諭すことを諦めた。
「それにしてもあの光、前にもどっかで見た記憶があるんだよなあ......」
「ウィルオウィスプを?何度も見れるもんなんですか?俺は......どうだったかなあ......」
「へえ、意外だな。お前さんはあ・あ・い・う・の・によく遭遇するって聞いてたのに」
 言われてスタンは曖昧に笑う。
 彼を含め、知人には霊媒体質のことを詳細に話してはいない。死霊だけを異様に呼び寄せてしまうことを軽々しく打ち明けて、不安にさせたくはないからだ。
「そういえばバーンズさん......最近街で不思議な女の子見ません?」
「不思議な女の子?」
「金髪で黒い服の、赤い眼の女の子ですよ」
「う~ん......そんな子は見かけたことないなあ。他に特徴は?」
「十四、五歳くらいで、お人形さんみたいに綺麗な子」
 バーンズはう~んと唸った後、「知らないなあ」と肩を竦めた。
「そっかぁ......」
 スタンはがっくりと肩を落とす。
「お前さん、どうやらその子に随分入れ込んでるようだが、今さっき怪しいものには近づくなとか言ってたじゃないか」
「それとこれとは別。あの子は多分、俺だけに見える妖精さんなのかも」
「......妖精なんかいないだろ」
「人間の魂がどうこう言ってた人が、何を今更」
「なら是非ともいつか、俺の目の前にその妖精さんとやらを連れてきてほしいもんだね」
「いいっすね。もし俺が本当に連れてこれたら、その残った髪、全部毟って店の裏に埋めます」
「やめろ。せめて俺の家の庭にしてくれ」
「髪毟るのはいいんすか?」
 
 雑談を終え、仕事に戻る。
 とはいえすることといえば棚の整理くらいのもので、後は場合に応じて品出しをする程度だ。
「ルーカスのやつ、またシンクレアにチェス挑んで負けたってよ」
「いつも思うんだけど、楽しいのかな?」
「楽しいんだろ、自尊心を削るのが」
 三人の青年の会話を尻目に、黙々と作業を続ける。こうも暇だと、頭の中が余計なもので支配されてしまう。学校の課題、給料の使い道、バーンズが見た謎の光......
 街で見掛けた、不思議な少女。
 その少女を初めて目にしたのは、数週間前の昼下がり。まるでふらりと散歩にでもしにきたかのように、ロンドンの街を優雅に歩いていた。
 しかし妙なことに、少女の存在に誰も気が付いていないようだった。
 最初はいつもの死霊かと身構えたが、連中のようなおぞましさや悪意は微塵も感じられない。それどころか、西洋人形に生命が吹き込まれたかと思うほど、美しく可憐な少女だった。
 だからこそ不思議だった。
 誰もかれも、彼女を気にも留めない。
 まるでそこには、誰も存在していないかのように。
 そして何より、スタンにとって奇妙なのは――
 少女の赤い瞳が、記憶に残るあの占い師と全く同じだったことだ。
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Hellish Heaven作者:紫咲雪花
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 霊媒体質にも、個人差があるらしい。
 ある者は妖精を。ある者は悪魔を。時には、あらゆる怪異を。
 自分の場合は、とにかく死霊に好かれるようだった。
 体質というよりも、殆ど呪いのようなものだ。
 気味の悪い視線に付きまとわれ、その度に気分が悪くなる。その上、あちらも視・え・て・い・る・ことがわかるとこちらへ狙いを定めてくるのだから、たまったものではない。
 酷い時には周囲の人間にも影響が出る始末であり、自分には、何よりもそれが恐ろしかった。
 自分はこれからずっと、この呪いと向き合わなければならないのだろうか。そう思うと、悲しくて泣きたくなった。

 七年前だっただろうか。
 両親はそんな自分を不憫に思い、解決策を探し回った末に、一人の占い師を頼った。
 その占い師は、若い女性だった。勝手な想像だが、如何にも怪しげな老婆が出てくると思っていたので、初めて会った時は少し驚いた。
 占い師の女性は事情を聞くと、三日後にまた来て欲しいと言い、一度自分たちを帰した。
 指示通り三日後、再度出向くと彼女が渡したのは、死霊除けに特化したという魔除けアミュレットだった。
 かなり胡散臭い話だが、実際その魔除けの効果は抜群だった。体調不良に悩まされることもなくなり、気味の悪い声も一切聞こえなくなった。
 これで人生は上向き。もう恐れるものは何もない。
 ――そう思っていたのだが。
「一つ、忠告なんですが......その魔除けの効果は、絶対ではないんです。あまりに強い霊や、『それ以上の存在』には効き目がありません」
 占い師はきっぱりとそう告げた。
「ですが気に病むことはありませんよ。一番大事なのはそんな道具よりも、安心、信頼できる『味方』です」
 そう言って占い師は、自分の背後にいる両親へ目配せをした。それだけで彼女が何を伝えたかったのかを、幼いながらも察した。
「ああ、それと最後に――」
 七年も前の記憶なんて最早、曖昧だ。
 それでも一つだけ、はっきりと覚えていることがある。
「少年。困った時は、いつでも私を頼りなよ」
 その占い師は、蛇のような赤い眼を持つ女だった。

 ◆

 スーパーマーケットとは、日常生活に必要なものが大方揃う、有り難い存在だ。例え閉じ込められたとしても、広い店であれば数ヶ月は生きられるんじゃないかと思う。それこそ街にゾンビが溢れたって、ここに立てこもれば一安心だ。なおそういった映画では大抵、その平穏は脆くも崩れ去るのだが。
「スタン、お前さん霊感あるとか言ってたよな?」
 勤務中、なじみ客のバーンズが唐突にそう尋ねてきた。彼とはこの店で働き始めた時からよくしてもらっており、以来店で顔を合わせる度、こうして他愛もない雑談に興じることが多い。
「そうですけど......なんすか、急に」
「先日、たまたま見ちまったんだよ。火なのか光なのか、ゆらゆら空中を漂ってる物体を......ありゃあ、この世に未練を残した人間の魂に違いない......」
 バーンズは絵に描いたようなほら話を、まるで大仰なナレーションのような口ぶりで語る。しかしスタンはそれを一笑に付すことなく、その妙な物体の正体を明かしてあげた。
「ああ......それ、ウィルオウィスプ鬼火じゃないですか?」
「なるほど、ウィルオウィスプ鬼火か。確かにそれっぽいな」
「因みに、どこで見たんです?」 
「ミレニアム・カレッジのすぐ近くだよ」
 スタンはその言葉に、ぴくりと反応する。
「あー、あそこかあ......」
「どうかしたか?」
「俺、あそこ苦手なんですよ」
「なんで?」
「何というか......感覚的にただ苦手ってだけで、深い意味はないんですけど」
「ま、あそこは名家や優秀な学生さんの通う学校だから、お前と縁はないだろうなあ」
「あっ、それもそうか~」
 スタンは彼の失礼な物言いに憤ることなく、へらへらと笑った。事実あの学校は、家柄も頭脳も並みである自分とは程遠い存在である。
 ......なのだが、理由はそれだけではない。
 土地、人物、建物......世の中には近づいてはいけない、足を踏み入れてはならないものがある。
 スタンはそれらが発する危険信号に対して、異様に敏感であった。誰に言われたわけでもなく、単なる己の主観だが。
 原因は想像がついている。幼い頃から、危険なものと隣り合わせであったせいだろう。
 ともかくあの学校からは、それを非常に強く感じたのだ。
「ま、それはそうと、あんまり怪しいものには近づいちゃだめですよ。何が起こるか分かったもんじゃないんだから」
「はいよ~」
 スタンが忠告するも、バーンズは軽くあしらう。少しむっとしたが、彼の楽観的な性格はよく知っているので、それ以上諭すことを諦めた。
「それにしてもあの光、前にもどっかで見た記憶があるんだよなあ......」
「ウィルオウィスプを?何度も見れるもんなんですか?俺は......どうだったかなあ......」
「へえ、意外だな。お前さんはあ・あ・い・う・の・によく遭遇するって聞いてたのに」
 言われてスタンは曖昧に笑う。
 彼を含め、知人には霊媒体質のことを詳細に話してはいない。死霊だけを異様に呼び寄せてしまうことを軽々しく打ち明けて、不安にさせたくはないからだ。
「そういえばバーンズさん......最近街で不思議な女の子見ません?」
「不思議な女の子?」
「金髪で黒い服の、赤い眼の女の子ですよ」
「う~ん......そんな子は見かけたことないなあ。他に特徴は?」
「十四、五歳くらいで、お人形さんみたいに綺麗な子」
 バーンズはう~んと唸った後、「知らないなあ」と肩を竦めた。
「そっかぁ......」
 スタンはがっくりと肩を落とす。
「お前さん、どうやらその子に随分入れ込んでるようだが、今さっき怪しいものには近づくなとか言ってたじゃないか」
「それとこれとは別。あの子は多分、俺だけに見える妖精さんなのかも」
「......妖精なんかいないだろ」
「人間の魂がどうこう言ってた人が、何を今更」
「なら是非ともいつか、俺の目の前にその妖精さんとやらを連れてきてほしいもんだね」
「いいっすね。もし俺が本当に連れてこれたら、その残った髪、全部毟って店の裏に埋めます」
「やめろ。せめて俺の家の庭にしてくれ」
「髪毟るのはいいんすか?」
 
 雑談を終え、仕事に戻る。
 とはいえすることといえば棚の整理くらいのもので、後は場合に応じて品出しをする程度だ。
「ルーカスのやつ、またシンクレアにチェス挑んで負けたってよ」
「いつも思うんだけど、楽しいのかな?」
「楽しいんだろ、自尊心を削るのが」
 三人の青年の会話を尻目に、黙々と作業を続ける。こうも暇だと、頭の中が余計なもので支配されてしまう。学校の課題、給料の使い道、バーンズが見た謎の光......
 街で見掛けた、不思議な少女。
 その少女を初めて目にしたのは、数週間前の昼下がり。まるでふらりと散歩にでもしにきたかのように、ロンドンの街を優雅に歩いていた。
 しかし妙なことに、少女の存在に誰も気が付いていないようだった。
 最初はいつもの死霊かと身構えたが、連中のようなおぞましさや悪意は微塵も感じられない。それどころか、西洋人形に生命が吹き込まれたかと思うほど、美しく可憐な少女だった。
 だからこそ不思議だった。
 誰もかれも、彼女を気にも留めない。
 まるでそこには、誰も存在していないかのように。
 そして何より、スタンにとって奇妙なのは――
 少女の赤い瞳が、記憶に残るあの占い師と全く同じだったことだ。
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