ホーム›想刻師のいる辺境で›吹っ切れない彼氏2
← 次の話目次前の話 →

吹っ切れない彼氏2

 そこで、アッシュが一人の人物とすれ違ったのだ。どこかで見たことがある。ああ、あの銀の髪はエルネスだ。エルネスの足はまっすぐにこちらへと向かってくる。玄関まで来ると、ようやく足を止めた。

「ルーナス、ソレイユ。さっきのは依頼人か?」

「うん、そうだよ」

「それにしては、ずいぶん元気がなかったな」

 相変わらず、エルネスの心の声は聞こえない。

「恋人の顔を覚えてなかったみたいなんだ」

「ふーん」

 しんみりと話すルーナスの言葉にも、エルネスは無関心のようだ。

「じゃ、話があるから、上がらせてもらうよ」

「うん」

 ルーナスの返事を待たず、ずかずかと家に上がり込む。一応、エルネスもお客様だ。飲み物を用意した方がいいだろうか。キッチンに向かい、冷蔵庫からリンゴジュースを取り出す。三つ並べたグラスに、零れない程度に注いでいく。

「ソレイユ。俺はそういうのいいから」

「......はい」

 リビングからエルネスの声が響く。心の声が聞こえないのは厄介だ。三つ注いでしまってから言われても、と少しだけ頬を膨らませてみる。
 注いでしまった三つ目のジュースはオーレが帰ってきた時に飲ませてあげよう。気持ちを切り替え、二つだけグラスを持ってルーナスとエルネスの元へと急ぐ。二人はテーブルに向かい合い、にこやかに談笑していた。

「この前、王都の神父が俺のところに来てさ、減らず口を叩いたんだ」

「どんな?」

 頬杖を突くエルネスに、ルーナスは小さく首を傾げる。

「『罪の意識がない民衆は気楽でいいですね』だとさ。俺がどんなに暇してるかも知らないで」

「へえ......」

“減らず口じゃなくて皮肉だよね......”

 ルーナスは目を細める。
 私はルーナスの心の声が正しいと思う。無言のままルーナスの席にジュースを置き、私も腰掛ける。

「それに、こんなことも言ってたな。『聖女の加護がなくなって一番被害を被った町が、こんなに賑やかになるのは不自然じゃないか?』ってね」

“それは英雄のお陰なんだよな......”

 ルーナスは苦笑いをし、ジュースに口を付ける。
 しかし、私の心は『聖女』という言葉に敏感に反応していた。心臓が飛び跳ね、無意識にエルネスを見詰める。

「ソレイユ、どうかした?」

「いえ......。この国には加護がある聖女がいたんだってびっくりしただけです」

「うーん」

 エルネスは冴えない顔で「でも」と話を続ける。

「心の声を聞ける聖女はいなかったけどね」

「えっ?」

 まるで、聖女が二人いて当然であるかのような口振りだ。ぽかんと口を開けていると、エルネスは嘲笑する。

「そんなに驚くこと?」

「いえ......」

 エルネスは私が聖女であったことは知らない。これからも、きっとエルネスには話さない方がいいのだろう。そんな気がする。

“ソレイユ、ごめんなさい”

 ルーナスの心の声に振り向いてみると、何故かルーナスは口をへの字に曲げていた。エルネスの前では首を振るのも躊躇われ、視線だけを落とす。
 そんな時に、オーレの心の声が聞こえてきたのだ。

“楽しかったけど、明日はルーナスに遊んでもらお!”

 そして、勢いよくドアが開く。

「ただいまー!」

「おかえり」

 私とルーナス、そしてエルネスの声が重なる。

“あーっ! ルーナスとソレイユ、ジュース飲んでるー!”

 私がオーレにジュースを勧める間もなく、オーレは私の手にあるグラスを見つけたようだ。

「ぼくもジュース欲しい!」

「すぐに出しますね」

 いそいそと椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開ける。飲んでくれと言わんばかりのグラスが窓からの光を反射した。

「そうだ! エルネス、ソレイユってね?」

 背後からオーレの声が聞こえたので、振り返ってしまった。私が聖女だったことを言うのでは。手が冷えるのを感じながら、三人の様子を窺う。すぐさまオーレは両手を口に当てた。

「オーレ、どうした?」

「ううん、何でもない」

“言ったらソレイユが消えちゃう”

 前に私が言ったことを覚えていてくれているらしい。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、オーレに無理強いをさせてしまったなと胸が痛んでしまった。
 私はルーナスの隣に、オーレはエルネスの隣に腰掛け、進んでいく会話を聞いてみる。

「そういえばルーナス、依頼人が顔も覚えてないんじゃ、似顔絵も描けてないんだろ?」

「依頼人にはまた明日来てもらうから、それまでに思い出せたらスムーズにはいくね」

「えーっ? じゃあ、明日も一人で遊びに行かなきゃ駄目なのー?」

「オーレ、ごめん」

 ルーナスは手を合わせ、オーレに渋い顔を見せる。オーレは「ぶー」と膨れると、玩具の方に走っていってしまった。

「オーレに寂しい思いをさせてるのは分かるんだけど......」

“どうしても仕事は減らせないし......”

 ルーナスは申し訳なさそうに、遊び始めたオーレに視線を向ける。それを見て、エルネスは表情を和らげた。

「一概にはそうも言えないぞ? オーレは町の人に好かれてるからな。遊び相手はたくさんいる。俺もその一人だし」

 エルネスまでオーレと遊んでいるなんて意外だった。まあ、オーレの将来を憂いているくらいだ。特別なことではないだろう。

「さてと、俺は帰ろうかな。明日は礼拝の日だから、準備しないと」

「ここに来てる場合じゃなかったんじゃないか?」

「まあな」

 エルネスは否定も肯定もしない。それが私の胸をざわつかせ、心の空白を生み出す。
 エルネスが無造作に立ち上がるので、私とルーナスも腰を上げた。そこで気が付いた。エルネスの耳には十字架のピアスが揺れている。聖職者の証だ。私の耳には、もうそれがない。一瞬だけ、呼吸が浅くなる。

「ルーナス、オーレ、ソレイユ、またな」

「またねー!」

 オーレが元気よく叫ぶと、エルネスは夕暮れの風景の中に溶けていった。
シェア
前の話 →
吹っ切れない彼氏1
← 次の話
吹っ切れない彼氏3
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

吹っ切れない彼氏2

 そこで、アッシュが一人の人物とすれ違ったのだ。どこかで見たことがある。ああ、あの銀の髪はエルネスだ。エルネスの足はまっすぐにこちらへと向かってくる。玄関まで来ると、ようやく足を止めた。

「ルーナス、ソレイユ。さっきのは依頼人か?」

「うん、そうだよ」

「それにしては、ずいぶん元気がなかったな」

 相変わらず、エルネスの心の声は聞こえない。

「恋人の顔を覚えてなかったみたいなんだ」

「ふーん」

 しんみりと話すルーナスの言葉にも、エルネスは無関心のようだ。

「じゃ、話があるから、上がらせてもらうよ」

「うん」

 ルーナスの返事を待たず、ずかずかと家に上がり込む。一応、エルネスもお客様だ。飲み物を用意した方がいいだろうか。キッチンに向かい、冷蔵庫からリンゴジュースを取り出す。三つ並べたグラスに、零れない程度に注いでいく。

「ソレイユ。俺はそういうのいいから」

「......はい」

 リビングからエルネスの声が響く。心の声が聞こえないのは厄介だ。三つ注いでしまってから言われても、と少しだけ頬を膨らませてみる。
 注いでしまった三つ目のジュースはオーレが帰ってきた時に飲ませてあげよう。気持ちを切り替え、二つだけグラスを持ってルーナスとエルネスの元へと急ぐ。二人はテーブルに向かい合い、にこやかに談笑していた。

「この前、王都の神父が俺のところに来てさ、減らず口を叩いたんだ」

「どんな?」

 頬杖を突くエルネスに、ルーナスは小さく首を傾げる。

「『罪の意識がない民衆は気楽でいいですね』だとさ。俺がどんなに暇してるかも知らないで」

「へえ......」

“減らず口じゃなくて皮肉だよね......”

 ルーナスは目を細める。
 私はルーナスの心の声が正しいと思う。無言のままルーナスの席にジュースを置き、私も腰掛ける。

「それに、こんなことも言ってたな。『聖女の加護がなくなって一番被害を被った町が、こんなに賑やかになるのは不自然じゃないか?』ってね」

“それは英雄のお陰なんだよな......”

 ルーナスは苦笑いをし、ジュースに口を付ける。
 しかし、私の心は『聖女』という言葉に敏感に反応していた。心臓が飛び跳ね、無意識にエルネスを見詰める。

「ソレイユ、どうかした?」

「いえ......。この国には加護がある聖女がいたんだってびっくりしただけです」

「うーん」

 エルネスは冴えない顔で「でも」と話を続ける。

「心の声を聞ける聖女はいなかったけどね」

「えっ?」

 まるで、聖女が二人いて当然であるかのような口振りだ。ぽかんと口を開けていると、エルネスは嘲笑する。

「そんなに驚くこと?」

「いえ......」

 エルネスは私が聖女であったことは知らない。これからも、きっとエルネスには話さない方がいいのだろう。そんな気がする。

“ソレイユ、ごめんなさい”

 ルーナスの心の声に振り向いてみると、何故かルーナスは口をへの字に曲げていた。エルネスの前では首を振るのも躊躇われ、視線だけを落とす。
 そんな時に、オーレの心の声が聞こえてきたのだ。

“楽しかったけど、明日はルーナスに遊んでもらお!”

 そして、勢いよくドアが開く。

「ただいまー!」

「おかえり」

 私とルーナス、そしてエルネスの声が重なる。

“あーっ! ルーナスとソレイユ、ジュース飲んでるー!”

 私がオーレにジュースを勧める間もなく、オーレは私の手にあるグラスを見つけたようだ。

「ぼくもジュース欲しい!」

「すぐに出しますね」

 いそいそと椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開ける。飲んでくれと言わんばかりのグラスが窓からの光を反射した。

「そうだ! エルネス、ソレイユってね?」

 背後からオーレの声が聞こえたので、振り返ってしまった。私が聖女だったことを言うのでは。手が冷えるのを感じながら、三人の様子を窺う。すぐさまオーレは両手を口に当てた。

「オーレ、どうした?」

「ううん、何でもない」

“言ったらソレイユが消えちゃう”

 前に私が言ったことを覚えていてくれているらしい。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、オーレに無理強いをさせてしまったなと胸が痛んでしまった。
 私はルーナスの隣に、オーレはエルネスの隣に腰掛け、進んでいく会話を聞いてみる。

「そういえばルーナス、依頼人が顔も覚えてないんじゃ、似顔絵も描けてないんだろ?」

「依頼人にはまた明日来てもらうから、それまでに思い出せたらスムーズにはいくね」

「えーっ? じゃあ、明日も一人で遊びに行かなきゃ駄目なのー?」

「オーレ、ごめん」

 ルーナスは手を合わせ、オーレに渋い顔を見せる。オーレは「ぶー」と膨れると、玩具の方に走っていってしまった。

「オーレに寂しい思いをさせてるのは分かるんだけど......」

“どうしても仕事は減らせないし......”

 ルーナスは申し訳なさそうに、遊び始めたオーレに視線を向ける。それを見て、エルネスは表情を和らげた。

「一概にはそうも言えないぞ? オーレは町の人に好かれてるからな。遊び相手はたくさんいる。俺もその一人だし」

 エルネスまでオーレと遊んでいるなんて意外だった。まあ、オーレの将来を憂いているくらいだ。特別なことではないだろう。

「さてと、俺は帰ろうかな。明日は礼拝の日だから、準備しないと」

「ここに来てる場合じゃなかったんじゃないか?」

「まあな」

 エルネスは否定も肯定もしない。それが私の胸をざわつかせ、心の空白を生み出す。
 エルネスが無造作に立ち上がるので、私とルーナスも腰を上げた。そこで気が付いた。エルネスの耳には十字架のピアスが揺れている。聖職者の証だ。私の耳には、もうそれがない。一瞬だけ、呼吸が浅くなる。

「ルーナス、オーレ、ソレイユ、またな」

「またねー!」

 オーレが元気よく叫ぶと、エルネスは夕暮れの風景の中に溶けていった。
シェア
次の話吹っ切れない彼氏3
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません