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遠くを見る彼女1

 二日後に現れた依頼人は、掴みどころのない人だった。

「あの......ライラと申しますが」

“想刻師さんは......いる?”

 黒髪の若い女性が玄関のドアから顔を覗かせる。薄紫の瞳は、私ではなくルーナスを探しているようだ。

「ルーナスのお客様ですね。少しだけ、掛けてお待ちください」

 私がテーブルを手で指すと、女性――ライラは深々とお辞儀をした。手には小ぶりのトランクを持っている。
 あいにく、ルーナスは食料品の買い出しに出てしまったのだ。ライラの予想よりも早い来訪には間に合わなかった。
 キッチンに赴き、グラスを二つ並べる。氷を落としてからアイスティーを注ぎ、テーブルへと戻った。ライラはじっとこちらを見て、私の様子を窺っている。

“この人は......想刻師さんの奥さんかな”

 みんな、私とルーナスとの関係を勘違いしてしまうらしい。ちょっぴり恥ずかしくて、ライラから少しだけ視線を外す。
 アイスティーを差し出すと、ライラは一口だけ含んだ。

“美味しい......”

 ライラは表情を崩さず、ただテーブルを見詰める。私が向かい合うのも違う気がして、様子を見ながらキッチンでレシピ本を眺めていた。
 ルーナスが戻ってきたのは、氷が半分ほど溶けた頃だ。勢いよく玄関のドアが開く。大きな麻袋を背負ったルーナスは、ライラの姿を見つけると慌てた様子で頭を下げた。

「ライラさん、ですよね? お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いえ、私が早く来てしまっただけですので。こちらこそ申し訳ありません」

 ライラもお辞儀し、頭を上げる様子はない。何故か、ルーナスとライラの謝罪合戦が繰り広げられた。

“もうちょっと早く家を出ればよかった。ごめんなさい”

“遅刻するくらいの時間に家を出ればよかった。ごめんなさい”

 似た者同士なのだろうか。変なの、と思いながらも声に出すのは我慢した。

「ルーナス、似顔絵を描くんですよね?」

「えっ? う、うん」

 収拾がつかず、横やりを入れてみる。ルーナスはようやくこちらを見て、にこりと微笑んだ。椅子に腰を下ろし、スケッチブックを広げる。

「早速ですが、想刻をして欲しい人とはどなたですか?」

「行方不明の恋人なんです」

 想刻の話題になると、ライラの表情は一気に曇ってしまった。視線を落とし、口を噤む。

“あの人は......どこにいるんだろう”

 その心の声は心許なく揺れている。

「顔は覚えていますか?」

「それなんですが......」

 ライラは床に置いていたトランクに手を掛けると、中から薄い何かを取り出した。

「あの人の似顔絵を持ってきたんです」

 ライラは静かに、手に持った似顔絵をルーナスに差し出す。水彩画のような淡い色彩で、丁寧に色も塗られている。
 しかし、ルーナスはそれを受け取ろうとはしない。

“うーん、今回はこういうタイプか”

 一人で納得し、ゆっくりと首を横に振った。

「俺は、そういうのは参考にしないようにしてるんです」

「えっ? でも......」

「完全にその人かどうかではなく、今、貴女の心の中にいるその人の姿を想刻したいんです」

“どうしよう......。上手く伝えられるか分からない......”

 ライラの表情は、より一層沈んでしまった。その不安はルーナスにも伝わっているだろう。まだ、私の出番ではない。

「一つずつゆっくり伺いますから。大丈夫ですよ」

 ライラの心を落ち着けるように、ルーナスはゆったりとした口調で諭す。

「輪郭はどうでしたか?」

「あの人の場合、卵型......って言うんでしょうか」

“顔は思い出せるのに、いい言葉が浮かばない”

 ルーナスが鉛筆で線を描いても、その行方をライラの瞳が追うことはない。私は心の声を聞くことはできても、心に浮かんだ映像を共有することはできない。下手に助け舟も出せないので、ルーナスの腕を信じるしかなかった。

「目はどうです?」

「植物の細い種......って言ったらいいんでしょうか。笑ったら少し細くなるんです」

“例えが難しいな......”

 ルーナスも苦戦しているようだ。鉛筆を走らせては消しゴムをかける。手も何度か止まった。
 ようやくライラも似顔絵に向き合う気持ちになったようだ。無表情でルーナスの仕事を見詰めている。

“そうじゃないけど、でも......”

 似顔絵が似ていないのだろう。しかし、ライラは口を結び、言葉を付け加えようとする意志は見えない。このままではルーナスも頭を悩ませるだけだ。
 私にできることは何かないだろうか。考えてはみたけれど、何も浮かんではこない。

「ルーナス、休憩しなくても大丈夫ですか?」

「......そうだね。ちょっとだけ休もう」

 ルーナスは大きく息を吐き出し、鉛筆を置く。
 休憩に持ち込めたのはよかった。ルーナスの額には僅かに汗が滲んでいたのだ。他に、私にできることは――。

「ソレイユ」

「はい」

「ちょっといいかな」

 仕事中に、初めてルーナスから頼られた。それがちょっぴり嬉しくて、胸に僅かな明かりが灯る。
 ルーナスの部屋に入ると、彼はそっとドアを閉めた。

「ライラから何か読み取れることはない?」

 ドアの向こうを気にしながらも、ルーナスは声をひそめた。でも、私に答えられることはない。ゆっくりと首を横に振る。

「ごめんなさい、私には、ライラが自己嫌悪に陥ってることしか」

「そっか......」

“困ったな”

 ルーナスは唸り声を上げたものの、すぐに気持ちを切り替える。

「ソレイユ、ありがとう。戻ろう」

「はい」

“今は描き続けるしかない、か”

 ルーナスなりの結論に、口を引き締める。これは私が口出しすべきことではない。全て彼の仕事なのだから。
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遠くを見る彼女2
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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遠くを見る彼女1

 二日後に現れた依頼人は、掴みどころのない人だった。

「あの......ライラと申しますが」

“想刻師さんは......いる?”

 黒髪の若い女性が玄関のドアから顔を覗かせる。薄紫の瞳は、私ではなくルーナスを探しているようだ。

「ルーナスのお客様ですね。少しだけ、掛けてお待ちください」

 私がテーブルを手で指すと、女性――ライラは深々とお辞儀をした。手には小ぶりのトランクを持っている。
 あいにく、ルーナスは食料品の買い出しに出てしまったのだ。ライラの予想よりも早い来訪には間に合わなかった。
 キッチンに赴き、グラスを二つ並べる。氷を落としてからアイスティーを注ぎ、テーブルへと戻った。ライラはじっとこちらを見て、私の様子を窺っている。

“この人は......想刻師さんの奥さんかな”

 みんな、私とルーナスとの関係を勘違いしてしまうらしい。ちょっぴり恥ずかしくて、ライラから少しだけ視線を外す。
 アイスティーを差し出すと、ライラは一口だけ含んだ。

“美味しい......”

 ライラは表情を崩さず、ただテーブルを見詰める。私が向かい合うのも違う気がして、様子を見ながらキッチンでレシピ本を眺めていた。
 ルーナスが戻ってきたのは、氷が半分ほど溶けた頃だ。勢いよく玄関のドアが開く。大きな麻袋を背負ったルーナスは、ライラの姿を見つけると慌てた様子で頭を下げた。

「ライラさん、ですよね? お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いえ、私が早く来てしまっただけですので。こちらこそ申し訳ありません」

 ライラもお辞儀し、頭を上げる様子はない。何故か、ルーナスとライラの謝罪合戦が繰り広げられた。

“もうちょっと早く家を出ればよかった。ごめんなさい”

“遅刻するくらいの時間に家を出ればよかった。ごめんなさい”

 似た者同士なのだろうか。変なの、と思いながらも声に出すのは我慢した。

「ルーナス、似顔絵を描くんですよね?」

「えっ? う、うん」

 収拾がつかず、横やりを入れてみる。ルーナスはようやくこちらを見て、にこりと微笑んだ。椅子に腰を下ろし、スケッチブックを広げる。

「早速ですが、想刻をして欲しい人とはどなたですか?」

「行方不明の恋人なんです」

 想刻の話題になると、ライラの表情は一気に曇ってしまった。視線を落とし、口を噤む。

“あの人は......どこにいるんだろう”

 その心の声は心許なく揺れている。

「顔は覚えていますか?」

「それなんですが......」

 ライラは床に置いていたトランクに手を掛けると、中から薄い何かを取り出した。

「あの人の似顔絵を持ってきたんです」

 ライラは静かに、手に持った似顔絵をルーナスに差し出す。水彩画のような淡い色彩で、丁寧に色も塗られている。
 しかし、ルーナスはそれを受け取ろうとはしない。

“うーん、今回はこういうタイプか”

 一人で納得し、ゆっくりと首を横に振った。

「俺は、そういうのは参考にしないようにしてるんです」

「えっ? でも......」

「完全にその人かどうかではなく、今、貴女の心の中にいるその人の姿を想刻したいんです」

“どうしよう......。上手く伝えられるか分からない......”

 ライラの表情は、より一層沈んでしまった。その不安はルーナスにも伝わっているだろう。まだ、私の出番ではない。

「一つずつゆっくり伺いますから。大丈夫ですよ」

 ライラの心を落ち着けるように、ルーナスはゆったりとした口調で諭す。

「輪郭はどうでしたか?」

「あの人の場合、卵型......って言うんでしょうか」

“顔は思い出せるのに、いい言葉が浮かばない”

 ルーナスが鉛筆で線を描いても、その行方をライラの瞳が追うことはない。私は心の声を聞くことはできても、心に浮かんだ映像を共有することはできない。下手に助け舟も出せないので、ルーナスの腕を信じるしかなかった。

「目はどうです?」

「植物の細い種......って言ったらいいんでしょうか。笑ったら少し細くなるんです」

“例えが難しいな......”

 ルーナスも苦戦しているようだ。鉛筆を走らせては消しゴムをかける。手も何度か止まった。
 ようやくライラも似顔絵に向き合う気持ちになったようだ。無表情でルーナスの仕事を見詰めている。

“そうじゃないけど、でも......”

 似顔絵が似ていないのだろう。しかし、ライラは口を結び、言葉を付け加えようとする意志は見えない。このままではルーナスも頭を悩ませるだけだ。
 私にできることは何かないだろうか。考えてはみたけれど、何も浮かんではこない。

「ルーナス、休憩しなくても大丈夫ですか?」

「......そうだね。ちょっとだけ休もう」

 ルーナスは大きく息を吐き出し、鉛筆を置く。
 休憩に持ち込めたのはよかった。ルーナスの額には僅かに汗が滲んでいたのだ。他に、私にできることは――。

「ソレイユ」

「はい」

「ちょっといいかな」

 仕事中に、初めてルーナスから頼られた。それがちょっぴり嬉しくて、胸に僅かな明かりが灯る。
 ルーナスの部屋に入ると、彼はそっとドアを閉めた。

「ライラから何か読み取れることはない?」

 ドアの向こうを気にしながらも、ルーナスは声をひそめた。でも、私に答えられることはない。ゆっくりと首を横に振る。

「ごめんなさい、私には、ライラが自己嫌悪に陥ってることしか」

「そっか......」

“困ったな”

 ルーナスは唸り声を上げたものの、すぐに気持ちを切り替える。

「ソレイユ、ありがとう。戻ろう」

「はい」

“今は描き続けるしかない、か”

 ルーナスなりの結論に、口を引き締める。これは私が口出しすべきことではない。全て彼の仕事なのだから。
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次の話遠くを見る彼女2
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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