ホーム›想刻師のいる辺境で›親を待つ男の子3
← 次の話目次前の話 →

親を待つ男の子3

 五つの夜を越え、ルーナスの彫刻は完成した。テーブルの上で青い布に包まれたまま鎮座している。
 そして、その時を迎えた。

「あの......」

“できた......かな”

 テーゼがこそっとドアの隙間から顔を覗かせる。

「待ってたよ。おいで」

「うん......」

 その足取りは怯えているようにゆっくりだ。五日前と同じようにテーゼはルーナスの向かいに腰を下ろし、小さく吐息をついた。

“似てると......いいな”

 心の声とは裏腹に、青い目は彫刻の方を向いていない。

“怖いよ......”

 テーゼの小さく震える声に、またしても手を差し伸べたくなる。

「自分で見る? それともお兄ちゃんが布を取ろうか?」

「......自分でやる」

 私が思ったよりも、テーゼは弱くはないらしい。小さな手を前に伸ばし、布を手繰り寄せる。

“えい!”

 心の中で弾みをつけると、まずは母親の彫刻が露わとなった。

“この前と違う? 目も......似てる。しかも、目の中が光ってる”

 瞳孔のことだろうか。私からは彫刻の顔は見えないので、想像する以外にはない。
 続けてテーゼはもう一つの彫刻に被さる布も捲っていく。

“......お父さんだ。この目はお父さんだ!”

 テーゼは二つ並んだ彫刻をそろそろと近付ける。小気味の良い木の音が響くと、二つの彫刻は肩を寄せ合う。じわじわとテーゼの瞳は潤んでいく。

“どうしよう......。凄く嬉しい......!”

 瞬きをするたびに雫は零れ、柔らかそうな頬を濡らしていく。

「喜んでくれたかな」

「うん......。うん......!」

 ついにテーゼは両手で顔を覆ってしまった。まっすぐに見ていられず、そっと目を伏せる。

「ジュースでも持ってきますね」

 いたたまれず、そっと席を立つ。泣けば喉も乾くだろうから、大きめのコップに用意してあげよう。引き出しの中からマグカップを取り出し、並々と注ぐ。
 それらをトレイに乗せ、踵を返した。ルーナスはテーゼの頭を愛おしそうに撫でている。

「これで、僕、お父さんとお母さんをいつまでも待てる......。お兄ちゃん、ありがとう」

「うん」

 ルーナスが頷いたところで、テーゼにコップを差し出した。

「これ、美味しいよ」

「ありがとう......」

 テーゼは慌てて両手で顔を拭い、コップを受け取った。それなのに、口を付けようとはしない。

“嬉しいけど、ジュースまでもらえない......”

 またしても、私はやらかしてしまったのだろうか。ルーナスにマグカップを渡しながら、下唇を噛んだ。私が座る間もなく、テーゼはポケットをまさぐり始める。

“お金を払わなくちゃ。えっと、五百シリン”

 その金額に、思わず声を出しそうになった。五百シリンなんて、チョコレートが二つ買えるほどの金額なのだ。
 テーゼの間違いではないだろうか。息を呑んでその行方を見守る。テーゼが五百シリン硬貨を差し出すと、ルーナスはにっこりと笑った。

「ちょっきりだね。ありがとう」

「うん!」

 まさか、こんなにも格安で依頼を受けていたなんて。エルネスが呆れるのにも頷ける。
 テーゼは椅子から降りると、彫刻に布をかけ直す。それを両手に抱え、にっこりと笑った。

「お兄ちゃん、また来てもいい?」

「もちろんだよ」

“次はお父さんとお母さんも連れてくるんだ!”

 ルーナスと二人でテーゼを玄関まで見送り、そっとドアを開ける。そこには、テーゼの叔母であろう女性が佇んでいた。

「ありがとうございました」

 女性は感情を込めることもなく、さらりと言う。その目はちらりとも彫刻を見ようとはしない。

「テーゼ、行くよ」

“変な噂を立てられても嫌だし”

「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃん、またね!」

 テーゼは少しだけ名残惜しそうに振り返る。

“お姉ちゃんはもっと笑ったら可愛いのにな”

 二発目の言葉のナイフが胸に突き刺さる。私が可愛くないことくらい、言われなくても分かっているのだ。ルーナスとオーレが私をここに留めていてくれるのが不思議なほどに。
 やはり子供は嫌いだ。ドアが外の風景を完全に遮断すると、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

「ソレイユ、大丈夫ですか?」

「たぶん」

 その言葉には似合わず、視界は歪んでいる。

「大丈夫じゃないでしょう。ほら」

 少し呆れた声とともに、ルーナスはすっと手を差し伸べてくる。それを無意識に取っていた。
 部屋に戻ると、少しだけ広く感じた。テーゼが座っていた椅子は斜めに置かれ、手つかずのマグカップが寂しそうにこちらを眺めている。

“次の依頼人も待ってるし、明日は木を切りにいかないと、かな”

 ルーナスはドアの方を見遣り、小さく息を吐く。

「休まないんですか?」

「あっ」

 ルーナスは苦笑いをし、頭を掻いた。

「仕事、何故か半年先まで埋まってるんです」

「えっ?」

 仕事が軌道に乗っているのはいいことだ。でも、そんなに根を詰めてしまってはルーナスが倒れてしまう。

「明日は休みましょう。木を切るのも、ノミを握るのも禁止です」

「えっ」

 ルーナスはぽかんと口を開ける。これはもう決まったことだ。そう訴えるように、じっとルーナスの顔を見詰めるのだった。
シェア
前の話 →
親を待つ男の子2
← 次の話
吹っ切れない彼氏1
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

親を待つ男の子3

 五つの夜を越え、ルーナスの彫刻は完成した。テーブルの上で青い布に包まれたまま鎮座している。
 そして、その時を迎えた。

「あの......」

“できた......かな”

 テーゼがこそっとドアの隙間から顔を覗かせる。

「待ってたよ。おいで」

「うん......」

 その足取りは怯えているようにゆっくりだ。五日前と同じようにテーゼはルーナスの向かいに腰を下ろし、小さく吐息をついた。

“似てると......いいな”

 心の声とは裏腹に、青い目は彫刻の方を向いていない。

“怖いよ......”

 テーゼの小さく震える声に、またしても手を差し伸べたくなる。

「自分で見る? それともお兄ちゃんが布を取ろうか?」

「......自分でやる」

 私が思ったよりも、テーゼは弱くはないらしい。小さな手を前に伸ばし、布を手繰り寄せる。

“えい!”

 心の中で弾みをつけると、まずは母親の彫刻が露わとなった。

“この前と違う? 目も......似てる。しかも、目の中が光ってる”

 瞳孔のことだろうか。私からは彫刻の顔は見えないので、想像する以外にはない。
 続けてテーゼはもう一つの彫刻に被さる布も捲っていく。

“......お父さんだ。この目はお父さんだ!”

 テーゼは二つ並んだ彫刻をそろそろと近付ける。小気味の良い木の音が響くと、二つの彫刻は肩を寄せ合う。じわじわとテーゼの瞳は潤んでいく。

“どうしよう......。凄く嬉しい......!”

 瞬きをするたびに雫は零れ、柔らかそうな頬を濡らしていく。

「喜んでくれたかな」

「うん......。うん......!」

 ついにテーゼは両手で顔を覆ってしまった。まっすぐに見ていられず、そっと目を伏せる。

「ジュースでも持ってきますね」

 いたたまれず、そっと席を立つ。泣けば喉も乾くだろうから、大きめのコップに用意してあげよう。引き出しの中からマグカップを取り出し、並々と注ぐ。
 それらをトレイに乗せ、踵を返した。ルーナスはテーゼの頭を愛おしそうに撫でている。

「これで、僕、お父さんとお母さんをいつまでも待てる......。お兄ちゃん、ありがとう」

「うん」

 ルーナスが頷いたところで、テーゼにコップを差し出した。

「これ、美味しいよ」

「ありがとう......」

 テーゼは慌てて両手で顔を拭い、コップを受け取った。それなのに、口を付けようとはしない。

“嬉しいけど、ジュースまでもらえない......”

 またしても、私はやらかしてしまったのだろうか。ルーナスにマグカップを渡しながら、下唇を噛んだ。私が座る間もなく、テーゼはポケットをまさぐり始める。

“お金を払わなくちゃ。えっと、五百シリン”

 その金額に、思わず声を出しそうになった。五百シリンなんて、チョコレートが二つ買えるほどの金額なのだ。
 テーゼの間違いではないだろうか。息を呑んでその行方を見守る。テーゼが五百シリン硬貨を差し出すと、ルーナスはにっこりと笑った。

「ちょっきりだね。ありがとう」

「うん!」

 まさか、こんなにも格安で依頼を受けていたなんて。エルネスが呆れるのにも頷ける。
 テーゼは椅子から降りると、彫刻に布をかけ直す。それを両手に抱え、にっこりと笑った。

「お兄ちゃん、また来てもいい?」

「もちろんだよ」

“次はお父さんとお母さんも連れてくるんだ!”

 ルーナスと二人でテーゼを玄関まで見送り、そっとドアを開ける。そこには、テーゼの叔母であろう女性が佇んでいた。

「ありがとうございました」

 女性は感情を込めることもなく、さらりと言う。その目はちらりとも彫刻を見ようとはしない。

「テーゼ、行くよ」

“変な噂を立てられても嫌だし”

「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃん、またね!」

 テーゼは少しだけ名残惜しそうに振り返る。

“お姉ちゃんはもっと笑ったら可愛いのにな”

 二発目の言葉のナイフが胸に突き刺さる。私が可愛くないことくらい、言われなくても分かっているのだ。ルーナスとオーレが私をここに留めていてくれるのが不思議なほどに。
 やはり子供は嫌いだ。ドアが外の風景を完全に遮断すると、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

「ソレイユ、大丈夫ですか?」

「たぶん」

 その言葉には似合わず、視界は歪んでいる。

「大丈夫じゃないでしょう。ほら」

 少し呆れた声とともに、ルーナスはすっと手を差し伸べてくる。それを無意識に取っていた。
 部屋に戻ると、少しだけ広く感じた。テーゼが座っていた椅子は斜めに置かれ、手つかずのマグカップが寂しそうにこちらを眺めている。

“次の依頼人も待ってるし、明日は木を切りにいかないと、かな”

 ルーナスはドアの方を見遣り、小さく息を吐く。

「休まないんですか?」

「あっ」

 ルーナスは苦笑いをし、頭を掻いた。

「仕事、何故か半年先まで埋まってるんです」

「えっ?」

 仕事が軌道に乗っているのはいいことだ。でも、そんなに根を詰めてしまってはルーナスが倒れてしまう。

「明日は休みましょう。木を切るのも、ノミを握るのも禁止です」

「えっ」

 ルーナスはぽかんと口を開ける。これはもう決まったことだ。そう訴えるように、じっとルーナスの顔を見詰めるのだった。
シェア
次の話吹っ切れない彼氏1
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません