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親を待つ男の子1

 料理を失敗すること、早三回――味の薄いクリームリゾットを平らげ、今夜こそ成功させてみせるとテーブルの下で拳を握る。

「誰でも最初は失敗するものですから」

 ルーナスとオーレはにこにこと笑い、私に温かな目を向けてくれる。

“しょっぱいのより薄い方が美味しかったー”

 オーレの心の声に、少しは進歩しているのだろうか、と気持ちが前向きになる。

「オーレ、今日は依頼人が来るから。好きなところに行っておいで」

「うん!」

 ルーナスの言葉にオーレは元気よく返事をし、椅子から飛び出した。そのまま玄関へ走り、姿を消す。

「依頼人って......例の子供、ですか?」

「うん、そうですよ」

 私は子供が少し苦手だ。純粋すぎるがために、平気で他人を傷付ける言葉を吐く。オーレが偶然にも思い遣りがあっただけだ。
 相手は私が心の声を聞けるとは知らない。言葉が刃となって私に振りかかったとしても、耐えなくては。
 手に汗を握りながら、依頼人の到着を待つ。そして、玄関のドアは開けられた。

「あの......」

“できてる......かな”

 現れたのは、艶のある漆黒の髪が印象的な男の子だ。青い瞳は私たちに向けられ、心細そうに揺れている。

「大丈夫だよ。入って」

 ルーナスが笑顔で迎え入れると、男の子は小さくお辞儀をする。私がルーナスの隣へ移動し、男の子はルーナスの向かいに腰を下ろした。

“似てるかな......。どうしよう、怖い......”

 あまりにも弱々しい心の声に、手を伸ばしそうになる。

「今日はお母さんのだけね。お父さんのは今日、似顔絵をもらうから」

「うん......」

 ルーナスは青い布に包まれた何かをテーブルの上に置く。布をスルスルと剥がしていくと、女性の木彫りが姿を現した。男の子は一瞬で涙ぐみ、雫を落とす――ように見えた。

“......お母さんの目じゃない。お母さんはもっと目が円かった”

 男の子は片手で涙を拭うと、じっと木彫りの目を見詰める。

「似てなかったかな」

「ううん、似てるよ」

“ちゃんとお金を払えないのに、文句なんて言えない......”

 心の声を押し殺し、男の子は首を横に振った。

“どうしよう......”

 そのまま男の子は目を伏せる。
 今、ルーナスに伝えた方がいいのだろうか。いや、それでは男の子に不気味な人だと拒絶されてしまう。言い時は今ではない。

「......もうちょっと手を加えたいから、お母さんの方もまだ預かってていいかな?」

「うん......」

 ルーナスも何かを察したのだろう。再び木彫りを布で包み、今度はスケッチブックを広げた。

「次はお父さんの顔について聞いてもいいかな」

「うん」

“お父さんこそ、ちゃんと彫ってもらおう”

 男の子は大きく頷き、口を結ぶ。

「目はね、細いの。それで、ちょっと垂れてる」

「顔の輪郭はこんな感じかな」

「ううん、もうちょっと四角いよ」

 男の子の証言を元に、ルーナスは器用に鉛筆を運ぶ。芯が紙を擦る心地いい音が小さく耳に届く。輪郭を描き、目を描き、鼻を描き、口を描く。男の子の心の雑念はなく、思いを全て声に乗せられているようだった。しかし、仕上げの段階で男の子は小さく身を乗り出す。

“......あれ? お父さんの口って、こんなに大きかったっけ”

 青い目を瞬かせ、口を小さく開けた。

“お父さんの口って、どんなだったっけ......。思い出せないよぅ......”

 想いを声にしたいようなのにできず、唇を震わせる。今度こそ、男の子は大粒の涙を流し始めた。声も出さず、浅い呼吸を繰り返す。

「ちょっと休憩しようか。無理に泣き止まなくても大丈夫だからね」

「うん......」

 私の心の方が張り裂けそうだ。もう黙ってはいられなくなってしまった。

「ルーナス、ちょっと来てください」

「ん? うん」

 ルーナスを呼びつけ、私の部屋へと誘い込む。ドアの閉まる小さな音が響くと、声をひそめた。

「お母さんはもっと目が円ら。それで、お父さんの方は口の形が分からなくなってます」

 私が囁くと、ルーナスは一気に職人の顔に変わり、メモを取る。

「ソレイユ、ありがとうございます」

「いえ。これくらい、なんてことありません」

 ルーナスは私に微笑みかけると、すぐに部屋を出ていった。私もその後を追う。男の子はまだ静かに涙を流していた。

“絶対に忘れたくないから、だから想刻師さんにお願いしたのに......”

「君、名前を聞いてもいいかな?」

 席に戻るなり、私から口を開いていた。男の子は初めて私の目をしっかりと見る。

「......テーゼ」

「テーゼね。私はソレイユっていうの。よろしくね」

「うん......」

“この人、さっきから目が冷たい......。怖いよ......”

 それは私も自覚していることだ。一発目の言葉のナイフが胸に突き刺さる。それでも、表情に出すまいと口を引き締めた。

「テーゼにとって、お父さんとお母さんってどんな人?」

 尋ねると、テーゼは静かに目を伏せてしまった。

「優しくて、明るくて、元気で......。でも二年前、僕を置いて出ていっちゃった......」

“戻ってきてくれるって信じてるけど......でも、また会えるのかな......”

 まずいことを聞いてしまっただろうか。やってしまったと思いながらルーナスの方を見てみる。

“任せてください”

 ルーナスは心で返事をし、小さく頷いてくれた。

「またお父さんとお母さんに会ったら、何がしたい?」

 ルーナスが聞くと、テーゼは小さな唸り声を上げる。

「一緒にご飯食べて、一緒に釣りをして、一緒に笑って......普通のことがしたい」

「きっとできる。だから、もう少し待てるかな?」

「......うん!」

 ルーナスは一瞬でテーゼの気持ちを切り替えてしまった。流石、この想刻師という仕事を選んだだけはある。

「お父さんの顔は思い出せた?」

「えっとね、唇はもうちょっと厚いの。それで、もうちょっとだけ小さくて」

「こんな感じ?」

「うん! お兄ちゃん凄ーい!」

 どうやらテーゼの満足のいく似顔絵になったようだ。私たちに満面の笑みを見せてくれた。

「じゃあ、ちょっとだけお兄ちゃんの仕事を見ていく?」

「うん!」

 ルーナスがいつもの部屋の隅に移動するので、私とテーゼもそれに続く。ルーナスの隣に腰を下ろし、興味津々でノミさばきを見届ける。

「テーゼは将来、どんな仕事がしたい?」

「うーん、パン屋さん! いっぱいパンを食べられるでしょ?」

「そうだね」

 ルーナスはくすくすと笑う。それでもテーゼの父親の顔を彫る手はブレない。

“お願い、上手くいってー”

 テーゼの心の声もルーナスを応援している。
 想刻師は、ただ上手い木彫りをするだけではいけない。依頼者の気持ちを掬い取り、確実に形にする。とても尊い仕事だ。それをたったの数時間で学んでしまった。
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想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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親を待つ男の子1

 料理を失敗すること、早三回――味の薄いクリームリゾットを平らげ、今夜こそ成功させてみせるとテーブルの下で拳を握る。

「誰でも最初は失敗するものですから」

 ルーナスとオーレはにこにこと笑い、私に温かな目を向けてくれる。

“しょっぱいのより薄い方が美味しかったー”

 オーレの心の声に、少しは進歩しているのだろうか、と気持ちが前向きになる。

「オーレ、今日は依頼人が来るから。好きなところに行っておいで」

「うん!」

 ルーナスの言葉にオーレは元気よく返事をし、椅子から飛び出した。そのまま玄関へ走り、姿を消す。

「依頼人って......例の子供、ですか?」

「うん、そうですよ」

 私は子供が少し苦手だ。純粋すぎるがために、平気で他人を傷付ける言葉を吐く。オーレが偶然にも思い遣りがあっただけだ。
 相手は私が心の声を聞けるとは知らない。言葉が刃となって私に振りかかったとしても、耐えなくては。
 手に汗を握りながら、依頼人の到着を待つ。そして、玄関のドアは開けられた。

「あの......」

“できてる......かな”

 現れたのは、艶のある漆黒の髪が印象的な男の子だ。青い瞳は私たちに向けられ、心細そうに揺れている。

「大丈夫だよ。入って」

 ルーナスが笑顔で迎え入れると、男の子は小さくお辞儀をする。私がルーナスの隣へ移動し、男の子はルーナスの向かいに腰を下ろした。

“似てるかな......。どうしよう、怖い......”

 あまりにも弱々しい心の声に、手を伸ばしそうになる。

「今日はお母さんのだけね。お父さんのは今日、似顔絵をもらうから」

「うん......」

 ルーナスは青い布に包まれた何かをテーブルの上に置く。布をスルスルと剥がしていくと、女性の木彫りが姿を現した。男の子は一瞬で涙ぐみ、雫を落とす――ように見えた。

“......お母さんの目じゃない。お母さんはもっと目が円かった”

 男の子は片手で涙を拭うと、じっと木彫りの目を見詰める。

「似てなかったかな」

「ううん、似てるよ」

“ちゃんとお金を払えないのに、文句なんて言えない......”

 心の声を押し殺し、男の子は首を横に振った。

“どうしよう......”

 そのまま男の子は目を伏せる。
 今、ルーナスに伝えた方がいいのだろうか。いや、それでは男の子に不気味な人だと拒絶されてしまう。言い時は今ではない。

「......もうちょっと手を加えたいから、お母さんの方もまだ預かってていいかな?」

「うん......」

 ルーナスも何かを察したのだろう。再び木彫りを布で包み、今度はスケッチブックを広げた。

「次はお父さんの顔について聞いてもいいかな」

「うん」

“お父さんこそ、ちゃんと彫ってもらおう”

 男の子は大きく頷き、口を結ぶ。

「目はね、細いの。それで、ちょっと垂れてる」

「顔の輪郭はこんな感じかな」

「ううん、もうちょっと四角いよ」

 男の子の証言を元に、ルーナスは器用に鉛筆を運ぶ。芯が紙を擦る心地いい音が小さく耳に届く。輪郭を描き、目を描き、鼻を描き、口を描く。男の子の心の雑念はなく、思いを全て声に乗せられているようだった。しかし、仕上げの段階で男の子は小さく身を乗り出す。

“......あれ? お父さんの口って、こんなに大きかったっけ”

 青い目を瞬かせ、口を小さく開けた。

“お父さんの口って、どんなだったっけ......。思い出せないよぅ......”

 想いを声にしたいようなのにできず、唇を震わせる。今度こそ、男の子は大粒の涙を流し始めた。声も出さず、浅い呼吸を繰り返す。

「ちょっと休憩しようか。無理に泣き止まなくても大丈夫だからね」

「うん......」

 私の心の方が張り裂けそうだ。もう黙ってはいられなくなってしまった。

「ルーナス、ちょっと来てください」

「ん? うん」

 ルーナスを呼びつけ、私の部屋へと誘い込む。ドアの閉まる小さな音が響くと、声をひそめた。

「お母さんはもっと目が円ら。それで、お父さんの方は口の形が分からなくなってます」

 私が囁くと、ルーナスは一気に職人の顔に変わり、メモを取る。

「ソレイユ、ありがとうございます」

「いえ。これくらい、なんてことありません」

 ルーナスは私に微笑みかけると、すぐに部屋を出ていった。私もその後を追う。男の子はまだ静かに涙を流していた。

“絶対に忘れたくないから、だから想刻師さんにお願いしたのに......”

「君、名前を聞いてもいいかな?」

 席に戻るなり、私から口を開いていた。男の子は初めて私の目をしっかりと見る。

「......テーゼ」

「テーゼね。私はソレイユっていうの。よろしくね」

「うん......」

“この人、さっきから目が冷たい......。怖いよ......”

 それは私も自覚していることだ。一発目の言葉のナイフが胸に突き刺さる。それでも、表情に出すまいと口を引き締めた。

「テーゼにとって、お父さんとお母さんってどんな人?」

 尋ねると、テーゼは静かに目を伏せてしまった。

「優しくて、明るくて、元気で......。でも二年前、僕を置いて出ていっちゃった......」

“戻ってきてくれるって信じてるけど......でも、また会えるのかな......”

 まずいことを聞いてしまっただろうか。やってしまったと思いながらルーナスの方を見てみる。

“任せてください”

 ルーナスは心で返事をし、小さく頷いてくれた。

「またお父さんとお母さんに会ったら、何がしたい?」

 ルーナスが聞くと、テーゼは小さな唸り声を上げる。

「一緒にご飯食べて、一緒に釣りをして、一緒に笑って......普通のことがしたい」

「きっとできる。だから、もう少し待てるかな?」

「......うん!」

 ルーナスは一瞬でテーゼの気持ちを切り替えてしまった。流石、この想刻師という仕事を選んだだけはある。

「お父さんの顔は思い出せた?」

「えっとね、唇はもうちょっと厚いの。それで、もうちょっとだけ小さくて」

「こんな感じ?」

「うん! お兄ちゃん凄ーい!」

 どうやらテーゼの満足のいく似顔絵になったようだ。私たちに満面の笑みを見せてくれた。

「じゃあ、ちょっとだけお兄ちゃんの仕事を見ていく?」

「うん!」

 ルーナスがいつもの部屋の隅に移動するので、私とテーゼもそれに続く。ルーナスの隣に腰を下ろし、興味津々でノミさばきを見届ける。

「テーゼは将来、どんな仕事がしたい?」

「うーん、パン屋さん! いっぱいパンを食べられるでしょ?」

「そうだね」

 ルーナスはくすくすと笑う。それでもテーゼの父親の顔を彫る手はブレない。

“お願い、上手くいってー”

 テーゼの心の声もルーナスを応援している。
 想刻師は、ただ上手い木彫りをするだけではいけない。依頼者の気持ちを掬い取り、確実に形にする。とても尊い仕事だ。それをたったの数時間で学んでしまった。
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想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
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