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7月24日:戦友

「ねえクロ、外の世界ってどんな感じ?」
 僕は、いつものようにクロを待ちながら、昨日のことを思い返していた。
「クロのこと、傷つけちゃったかな。」
 クロは僕を傷つけないように、憎しみの理由をあえて言わなかった。僕は、そんなクロの気持ちなんて全く考えていなかった。
 『クロの力になりたい』と思っていたのは間違いないけれど、憎しみの理由を知りたいという気持ちの中には、好奇心がかなり多くあったと思う。

 クロと僕は、ちゃんと友だちだった。
 それに気がつかなかったのは僕のほうだ。

 クロは、力になりたいと思っていた僕の気持ちに気がついていたのだろう。だから、人間を信じる僕を傷つけたくなかったのだ。
 『友だちだ』なんて、僕が言わなくても、クロはそう思っていたんだ。
「ごめんね、クロ......。」
 僕は、遠くに見える海に向かってつぶやいた。

「お前、俺に何かしたのか?」
「ク、クロ!」
 突然クロの声が聞こえて驚いた。あわてて窓の下を見ると、いつもの場所にクロの姿があった。
「いっ、いいい、いつ来たの?」
「今。」
 クロは少し首をかしげると、あの金色の目をきょとんとさせて僕を見た。
 深呼吸をしてバクバク高鳴る心臓を落ち着かせながら、僕はぼんやりとクロの瞳を見つめた。するどさの中にさみしさのようなものを感じる金色の瞳に、僕は吸い寄せられた。
「あのね。突然こんなことを言うのも変だと思うかもしれないけど、僕ね、クロの目が大好きなんだ。」
 本心だった。真実を見通す金色の目は、僕の持っていないものだ。初めて会ったあの日からずっと、僕はクロという存在にひかれている。もしかすると、それは、クロも同じなのかもしれない。
「おい。突然何を言い出すんだ?」
 クロが僕を睨にらんだ。だけどその視線は鋭いものではなく、どことなく照れの表情が見えた。
 そんなクロがなんだか可愛くて、愛しさがこみあげてきて、おかしくなって笑った。
「どうしたんだ?」
 クロも、そう言いながら笑っていた。

 ほんのちょっとだけ、ゆるやかな風が僕らを包み込む。
 今は、これでいい。クロはきっと、そのうち話してくれる。

「ねえクロ、外の世界ってどんな感じ?」
 クロと出会ってから興味を持つようになった外の世界について聞いてみた。
「外の世界? 俺たちの世界か?」
 クロは、笑うのをやめ、少し考えた。
「そうだな。広い野原を思いっきり走って、ネズミなんか捕ったりするね。」
 クロは初めて、楽しそうに語った。
「ネズミ? 生きてるネズミ?」
「ああ、そうさ」
「僕、オモチャのネズミしか見たことがないんだ。ねえ、どうやって捕まえるの?」
「ん? そうだなぁ......。」
 クロは、そこにネズミが隠れているかのように、茂みを見た。
「まず、獲物えものを見つけるだろ? そしたら風下に向かうんだ。風上は自分の匂いが獲物の方に流れてしまうからな、獲物に逃げられてしまう可能性がある。だから獲物より風下で待機するんだ。そのとき、自分の体を茂みに隠すのが重要だ。これは鉄則だな。その段階で気付かれず、獲物にも逃げられなかったら、次のステップだ。」
 僕はクロの言葉を想像してみた。挿絵AIで作った挿絵

 僕は、風の気持ちいい、広い広い野原にいる。
 空想の中の僕は、吹き渡る風の中で獲物を見つける。
 風下に移動し、茂みに身を隠す。相手は、まだ僕の存在には気付いていない。

「次は?」
「次はな、じりじりと距離を縮めていくんだ。気付かれるな? そっと......そっとだぞ。」
 クロは、僕と本当の狩りをしているように話した。
 僕は、クロのアドバイス通り、空想の中の獲物との距離をじりじりと縮めていった。そっと、そっとと繰り返しながら。
「よし、いいぞ。ダメだ。あんまり近くには行くな。気付かれてしまうから。遠すぎず、近すぎず、だ。」
「わかったよ、クロ。」
 空想の中の僕は、自分の中に眠る本能が教えている位置で立ち止まった。

 いよいよだ......。

「いいか、ここからが勝負だ。力を溜ためるんだ。わかるか? 自分のエネルギーで、自分の身体を満たすんだ。」
 僕はクロの言う通りに、自分のエネルギーが自分の体のすみずみまで行き渡るように、全神経を集中させた。

 かすかな空気の流れ。
 鼻をかすめる、さまざまな匂い。
 この世の全てを感じた。

「いいぞ。さあ、狙いを定めろ。お前の獲物を、その目で捕らえるんだ!」

 僕は、目を見開いた。そして自分の獲物を、心の目で捕らえた。
 時間が止まる。クロの呼吸音が聞こえた。

「今だっ!」

 空想の中で、僕はクロの掛け声と共に全力で駆け出した。

「捕った!」
 僕は、思わず叫んだ。
「やった! やるじゃないか!」
 クロは、とても嬉しそうに笑った。
「空想の中だろうが何だろうが、そんなの関係ないさ。よくやった!」
「クロが、的確に指示してくれたからだよ。」
「違うさ。」
 クロは笑うのをやめ、今までとは違う優しい目で僕を見た。
「お前が、俺を信じてくれたからだ。」
 僕の奥がことりと動いた。そして、とても暖かく、とても清らかな水が僕の中を流れた。
「ありがとう。......戦友。」
 クロは、恥ずかしそうにそう言うと、静かに去って行った。

────────────

「私の、最初で最後の『狩り』だったよ。」
「そっか。狩り、したことなかったんだね。」
 話を聞いていた鳶とんびが、しみじみと言った。
「まあ、生きてる獲物じゃないけどね。」
 鳶とんびの隣で翼を休めている鴉からすは、私の話が楽しかったのか、目をキラキラさせて私と鳶とんびの会話に口を挟まず聞いていた。
「でも、健太さん。」
 きりりとした鳶とんびの目が、私の目をまっすぐ捕えた。
「健太さんはきっと、獲物を捕まえたんですよ。クロさんと一緒に。」
「獲物?」
「そうです。友情という名の獲物をふたりで捕まえたんです。」
 歯の浮くような恥ずかしいセリフも、森の中を通る風のように胸の中にしみこんでくる。鳶とんびの声にはそんな力がある。
「そうだな。そうなのかもしれないな。」
 それまで聞くだけだった鴉からすが口を開いた。
「お前さんたちは、その日初めて、ひとつになれたんだな。」
 ふたりの言葉に、私は胸が熱くなった。
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思い出の日記作者:福子
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7月24日:戦友

「ねえクロ、外の世界ってどんな感じ?」
 僕は、いつものようにクロを待ちながら、昨日のことを思い返していた。
「クロのこと、傷つけちゃったかな。」
 クロは僕を傷つけないように、憎しみの理由をあえて言わなかった。僕は、そんなクロの気持ちなんて全く考えていなかった。
 『クロの力になりたい』と思っていたのは間違いないけれど、憎しみの理由を知りたいという気持ちの中には、好奇心がかなり多くあったと思う。

 クロと僕は、ちゃんと友だちだった。
 それに気がつかなかったのは僕のほうだ。

 クロは、力になりたいと思っていた僕の気持ちに気がついていたのだろう。だから、人間を信じる僕を傷つけたくなかったのだ。
 『友だちだ』なんて、僕が言わなくても、クロはそう思っていたんだ。
「ごめんね、クロ......。」
 僕は、遠くに見える海に向かってつぶやいた。

「お前、俺に何かしたのか?」
「ク、クロ!」
 突然クロの声が聞こえて驚いた。あわてて窓の下を見ると、いつもの場所にクロの姿があった。
「いっ、いいい、いつ来たの?」
「今。」
 クロは少し首をかしげると、あの金色の目をきょとんとさせて僕を見た。
 深呼吸をしてバクバク高鳴る心臓を落ち着かせながら、僕はぼんやりとクロの瞳を見つめた。するどさの中にさみしさのようなものを感じる金色の瞳に、僕は吸い寄せられた。
「あのね。突然こんなことを言うのも変だと思うかもしれないけど、僕ね、クロの目が大好きなんだ。」
 本心だった。真実を見通す金色の目は、僕の持っていないものだ。初めて会ったあの日からずっと、僕はクロという存在にひかれている。もしかすると、それは、クロも同じなのかもしれない。
「おい。突然何を言い出すんだ?」
 クロが僕を睨にらんだ。だけどその視線は鋭いものではなく、どことなく照れの表情が見えた。
 そんなクロがなんだか可愛くて、愛しさがこみあげてきて、おかしくなって笑った。
「どうしたんだ?」
 クロも、そう言いながら笑っていた。

 ほんのちょっとだけ、ゆるやかな風が僕らを包み込む。
 今は、これでいい。クロはきっと、そのうち話してくれる。

「ねえクロ、外の世界ってどんな感じ?」
 クロと出会ってから興味を持つようになった外の世界について聞いてみた。
「外の世界? 俺たちの世界か?」
 クロは、笑うのをやめ、少し考えた。
「そうだな。広い野原を思いっきり走って、ネズミなんか捕ったりするね。」
 クロは初めて、楽しそうに語った。
「ネズミ? 生きてるネズミ?」
「ああ、そうさ」
「僕、オモチャのネズミしか見たことがないんだ。ねえ、どうやって捕まえるの?」
「ん? そうだなぁ......。」
 クロは、そこにネズミが隠れているかのように、茂みを見た。
「まず、獲物えものを見つけるだろ? そしたら風下に向かうんだ。風上は自分の匂いが獲物の方に流れてしまうからな、獲物に逃げられてしまう可能性がある。だから獲物より風下で待機するんだ。そのとき、自分の体を茂みに隠すのが重要だ。これは鉄則だな。その段階で気付かれず、獲物にも逃げられなかったら、次のステップだ。」
 僕はクロの言葉を想像してみた。挿絵AIで作った挿絵

 僕は、風の気持ちいい、広い広い野原にいる。
 空想の中の僕は、吹き渡る風の中で獲物を見つける。
 風下に移動し、茂みに身を隠す。相手は、まだ僕の存在には気付いていない。

「次は?」
「次はな、じりじりと距離を縮めていくんだ。気付かれるな? そっと......そっとだぞ。」
 クロは、僕と本当の狩りをしているように話した。
 僕は、クロのアドバイス通り、空想の中の獲物との距離をじりじりと縮めていった。そっと、そっとと繰り返しながら。
「よし、いいぞ。ダメだ。あんまり近くには行くな。気付かれてしまうから。遠すぎず、近すぎず、だ。」
「わかったよ、クロ。」
 空想の中の僕は、自分の中に眠る本能が教えている位置で立ち止まった。

 いよいよだ......。

「いいか、ここからが勝負だ。力を溜ためるんだ。わかるか? 自分のエネルギーで、自分の身体を満たすんだ。」
 僕はクロの言う通りに、自分のエネルギーが自分の体のすみずみまで行き渡るように、全神経を集中させた。

 かすかな空気の流れ。
 鼻をかすめる、さまざまな匂い。
 この世の全てを感じた。

「いいぞ。さあ、狙いを定めろ。お前の獲物を、その目で捕らえるんだ!」

 僕は、目を見開いた。そして自分の獲物を、心の目で捕らえた。
 時間が止まる。クロの呼吸音が聞こえた。

「今だっ!」

 空想の中で、僕はクロの掛け声と共に全力で駆け出した。

「捕った!」
 僕は、思わず叫んだ。
「やった! やるじゃないか!」
 クロは、とても嬉しそうに笑った。
「空想の中だろうが何だろうが、そんなの関係ないさ。よくやった!」
「クロが、的確に指示してくれたからだよ。」
「違うさ。」
 クロは笑うのをやめ、今までとは違う優しい目で僕を見た。
「お前が、俺を信じてくれたからだ。」
 僕の奥がことりと動いた。そして、とても暖かく、とても清らかな水が僕の中を流れた。
「ありがとう。......戦友。」
 クロは、恥ずかしそうにそう言うと、静かに去って行った。

────────────

「私の、最初で最後の『狩り』だったよ。」
「そっか。狩り、したことなかったんだね。」
 話を聞いていた鳶とんびが、しみじみと言った。
「まあ、生きてる獲物じゃないけどね。」
 鳶とんびの隣で翼を休めている鴉からすは、私の話が楽しかったのか、目をキラキラさせて私と鳶とんびの会話に口を挟まず聞いていた。
「でも、健太さん。」
 きりりとした鳶とんびの目が、私の目をまっすぐ捕えた。
「健太さんはきっと、獲物を捕まえたんですよ。クロさんと一緒に。」
「獲物?」
「そうです。友情という名の獲物をふたりで捕まえたんです。」
 歯の浮くような恥ずかしいセリフも、森の中を通る風のように胸の中にしみこんでくる。鳶とんびの声にはそんな力がある。
「そうだな。そうなのかもしれないな。」
 それまで聞くだけだった鴉からすが口を開いた。
「お前さんたちは、その日初めて、ひとつになれたんだな。」
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