洗い物
妻は、洗い物を始める前に、いつも少しだけシンクの中を見る。
コップが二つ。
茶碗が二つ。
小皿が三枚。
大きな皿が二枚。
フライパン。
それから、箸。
妻は蛇口をひねった。
コップから始める。
泡を立てて、一つ。
二つ。
すすいで、水切りかごへ。
次は茶碗。
そのときだった。
「これもお願い」
振り返ると、夫が皿を持って立っていた。
「......そこ置いといて」
「うん」
夫はシンクの端に皿を置いた。
妻は茶碗を洗った。
一つ。
二つ。
次は小皿。
三枚。
それから大きな皿。
二枚。
最後にフライパン。
洗い終わってから、夫が置いた皿を洗った。
いつもより少し時間がかかった。
翌日。
妻はまたシンクの中を見た。
コップ。
茶碗。
小皿。
大きな皿。
フライパン。
箸。
今日は昨日より少ない。
妻は順番を決めた。
コップ。
茶碗。
小皿。
皿。
フライパン。
蛇口をひねる。
コップを手に取ったところで、
「これ」
夫が茶碗を持ってきた。
妻は手を止めた。
「......そこ」
「ここ?」
「うん」
夫は置いた。
妻はコップを洗った。
そのあと、茶碗を洗った。
最初に決めた順番から、一つだけ変わった。
三日目。
妻が小皿を洗っていると、
「まだやってる?」
夫が言った。
「うん」
「じゃあ、これも」
夫が皿を持ってきた。
妻は皿を見た。
それから、シンクの中を見た。
「......そこ置いといて」
「了解」
夫は置いた。
妻は小皿を洗った。
次に皿。
そのあとフライパン。
最後に、夫が持ってきた皿。
四日目。
夫はグラスを持ってきた。
五日目。
茶碗だった。
六日目。
「これも」
「......そこ置いといて」
妻はそれだけ言った。
夫は毎回、何も言わなかった。
妻も何も言わなかった。
夕食も普通だった。
テレビを見て、今日あったことを話して、食べ終わる。
そして妻が洗い物をする。
夫が食器を持ってくる。
妻が「そこ」と言う。
それだけだった。
七日目。
妻はシンクを見た。
今日は多い。
コップ。
茶碗。
小皿。
皿。
フライパン。
鍋。
妻は少し考えた。
鍋は最後。
油が多いから、その前にフライパン。
その前に皿。
皿の前に小皿。
茶碗。
コップ。
箸。
頭の中で順番を決める。
これでいい。
妻は蛇口をひねった。
コップを手に取った。
洗剤をつける。
そこへ夫が来た。
「これ」
妻は顔を上げた。
夫がどんぶりを持っている。
「......」
「お願い」
妻はどんぶりを見た。
大きい。
場所を取る。
今の段取りには入っていない。
「そこ置いといて」
「うん」
夫が置く。
妻はコップを洗った。
一つ。
二つ。
茶碗。
小皿。
皿。
フライパン。
鍋。
途中で置かれたどんぶりが、ずっと視界の端にあった。
気になる。
けれど、決めた順番を変えるのも嫌だった。
結局、最後までそのままにした。
鍋を洗い終えたところで、夫がまた来た。
「これも」
妻は振り返った。
夫の手には、食卓に残っていた皿がある。
妻は皿を見た。
今日、二枚目の皿。
もう限界だった。
「なんでいつも途中で持ってくるの!」
夫が止まった。
「え?」
「なんでなの?」
「いや......」
「まだ洗ってる途中なの分かってるでしょ」
「うん」
「だったら終わってから持ってくればいいじゃん」
「......」
「毎回毎回、途中で持ってきて」
「ごめん」
「そうじゃなくて!」
妻はスポンジをシンクに置いた。
「なんで今なのって聞いてるの」
夫は少し黙ってから、皿を見た。
「だって」
「何?」
「終わってから持っていったら、また洗うことになるから」
「......」
「だから、洗ってるときに持っていけば一回で済んでいいかなって」
夫は皿を見ていた。
「後からまた洗うの、嫌でしょ?」
妻は何も言わなかった。
「邪魔だった?」
妻は答えなかった。
蛇口から水が流れている。
さっきまで洗っていた食器が、シンクの中に置かれている。
妻はスポンジを見た。
「......そうじゃない」
「ん?」
「そうじゃないけど」
「うん」
「......ちょっとだけ」
妻は少し考えた。
「ちょっとだけ、嫌だった」
夫は困ったように笑った。
「ごめんね」
妻も少しだけ笑った。
「これ、どこ置けばいい?」
夫が聞いた。
妻はシンクを見た。
ほんの少し考えた。
「......そこ」
夫は皿を置いた。
妻は蛇口をひねった。