

鞄を抱く男
たどり着いたのは、田舎の無人駅だった。
北の町で、こんな話を聞いた。
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たどり着いたのは、田舎の無人駅だった。
どうしてここにいるのか、いつ、どうやってここへ来たのか、私はどうしても思い出せなかった。
ガス燈の心もとない明かりが、ホームと駅名標を照らしていた。
駅名標に目をやると、文字はかすれてしまっていて、読むことができなかった。
ホームの時計も私の腕時計も止まっていて、今が何時なのかも分からない。
あたりには家の明かりひとつ見えず、虫の声さえしない。聞こえるのは、自分の呼吸だけだった。
ホームにぽつんと置かれたベンチには、黒いカバンを胸に抱きトレンチコートに身を包んだ男がひとり、座っていた。帽子を目深にかぶっていて顔は良く見えないが、唯一見える男の口元に、私は懐かしさを覚えた。
――誰かに似ている。
そう思ったけれど、それが誰なのか思い出せない。記憶の欠片をたどろうとすると、胸の奥がチリッチリッと痛んだ。
その男は、蝋人形のような印象で気配を全く感じない、まるで絵のようだった。
――この人は、なにか知っているだろうか。
そう思い、男に声をかけようと手を伸ばしたそのとき、鳴り響く汽笛が、私を現実に引き戻した。
列車がホームに到着し、ドアが開く。
「それに乗るといい。君は、まだ早い。」
男は少し顔を上げ、列車を見ている。
弾かれたように飛び乗ると、私の背後でドアが閉まった。振り返り、ガラス越しに見た男は、微笑んでいた。
満天の星空の下、再び絵のように沈黙した男のカバンが、もそり、と動いた。