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揺れる1

 ゼインがぎっくり腰になってから、三日が経った。修理予定のプロペラは搭載される気配がない。まだ基礎部分だけが残されたままだ。
 朝のうちにアルフレッドがゼインに現状を報告する。ようやく起き上がれるようになったゼインはベッドに腰掛け、眉間にしわを寄せながらただただ唸り声を上げた。

「これが普通の修理速度なのか?」

「プロペラを一から作ってるなら頷ける速度ではありますけど。ちょっと遅いですねぇ」

 船大工ののんびりとした態度から言っても、ちょっとどころではないと思うのだ。

「絶対に急いでないよ、あの人たち」

「金だけはむしり取る気満々だしな」

 アルフレッドも腕を組み、大きく溜め息を吐く。

「こっちはお願いをしてる立場だし、無理強いは出来ないし......困ったな」

「少しだけ、弱みをちらつかせてみますか?」

 弱みとは何だろう。しかも、何故、ゼインはそれを知っているのだろう。首を傾げると、ゼインは口元を上げた。

「ちょっと伝手がありましてね。噂話なら僕の耳に入ってくるんです」

「また伝手?」

 ゼインは何者なのだろう。ただの執事、兼、航空士であるだけで、こんな伝手があるだろうか。気になりすぎる。
 じっとゼインを見詰めながら、ゆっくりと詰め寄った。しかし、身体がくっつく前にアルフレッドの手が私の肩を掴む。

「使えるものは使おう。便利だからな」

「ひょっとして、僕、道具扱いされてます!?」

 ショックを受けたように、ゼインは大袈裟に項垂れる。それを気に留める様子もなく、アルフレッドは私に微笑みかけた。

「これで少しは修理が進むと良いな」

「うん」

「......僕、ふてくされますよ?」

 アルフレッドと頷き合っていると、ゼインが頬を膨らませた。まるで少女がするような仕草だ。ちょっとだけ気持ち悪いと思ってしまった。
 アルフレッドは目を細める。

「レイン。止めなさい」

「はい」

 自分でも違和感があったのだろう。ゼインはすぐに口の中から空気を抜き、しゅんとしてしまった。

「よし、早速、船大工を脅しに行こう。レイン、あいつらの弱みを教えてくれ」

「それはですね――」

 『脅しに』なんて、私たちが悪者みたいだ。もう少し良い言い方がなかったのだろうか。ゼインの言葉をなんとなく聞きながら、少し呆れてしまった。

 * * *

 コンタクトレンズも入れ、変装はバッチリだ。黒髪のアルフレッドと一緒に、ホープ号の前に集まり始めた船大工たちの元へと向かう。
 棟梁は――いた。船大工たちの中心で大笑いをしている。

「ちょっと良いか?」

「ん? ああ、お前か」

 相変わらず、雇い主に随分な口の聞き方だな、とベージュの衣服に油の汚れがついている棟梁に目を細めた。
 アルフレッドは物怖じせず、真剣な顔で口を開く。

「もっと作業のスピードは上がらないか?」

「猛スピードでやってるだろう」

「話しながら、グダグダが猛スピードなのか?」

 アルフレッドの言葉に、棟梁は眉をひそめる。

「船を傷付けたのはお前だよな? 俺らにいちゃもんつけんのか?」

 その目力は後退りしてしまうほどの迫力だ。そこで、アルフレッドがあの言葉を持ち出す。

「......つい一ヶ月ほど前に、ここで事故があったんだってな」

「それがなんだ?」

 棟梁の表情にはまだ余裕がある。

「賠償金は払ってるのか?」

「払って――」

「払ってないよな?」

 アルフレッドは一歩前に出るけれど、棟梁も引かない。

「脅しか?」

「俺は報酬に見合った仕事をしてくれるなら、何も言わない。してくれないなら......分かってるよな?」

 アルフレッドの語気に、ついに棟梁が舌打ちをした。

「お前ら、急いで仕事するぞ!」

「えー!?」

「じゃねぇと、俺らの首が飛ぶ」

 棟梁はぎろりとアルフレッドと私を睨みつけると、金槌を手に取った。そのまま木材置き場へと向かう。

「これで良かったのかな? 私たち、恨みを買ったんじゃ......」

「素直に仕事をしてたら、こんな脅しなんかしなかった。仕事をしないあいつらが悪いって割り切るしかない」

「うーん」

 理不尽な世の中だ。それにしても、アルフレッドはよく立派に立ち回ってくれた。

「セシル」

「ん?」

 アルフレッドは若干、首を傾げる。

「私とレインは、セシルの味方だからね」

「......ああ」

 アルフレッドは微笑みながら、私の手を取った。温かい。自然とその温もりに縋っていた。

「じゃあ、毎朝恒例のラジオチェックでもするか。レインのところに戻るぞ」

「うん」

 昨日とは打って変わって、トンカチが釘を打つ音が響き始める。会話も少なくなっている。脅したかいがあったというものだ。とはいえ、あまり良い気持ちにはなれず、ゼインの部屋を目指した。
 タラップを上り、デッキを抜け、階段を降りる。ドアを開くと、一気に明るい部屋が広がった。

「船大工たち、ちゃんと仕事始めましたねぇ」

 この部屋の窓から見える分にも、明らかに船大工の仕事は見違えたのだろう。

「やりましたね、僕」

「交渉したのは俺だぞ?」

「情報提供したのは僕です」

 ゼインはドヤ顔をし、腰を反らそうとしてしまった。途中でゼインの悲鳴が上がる。

「レイン、そんなことしてたらまた悪化するぞ?」

「気を付けます......」

 ゼインの目には涙が浮かんでいる。
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王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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揺れる1

 ゼインがぎっくり腰になってから、三日が経った。修理予定のプロペラは搭載される気配がない。まだ基礎部分だけが残されたままだ。
 朝のうちにアルフレッドがゼインに現状を報告する。ようやく起き上がれるようになったゼインはベッドに腰掛け、眉間にしわを寄せながらただただ唸り声を上げた。

「これが普通の修理速度なのか?」

「プロペラを一から作ってるなら頷ける速度ではありますけど。ちょっと遅いですねぇ」

 船大工ののんびりとした態度から言っても、ちょっとどころではないと思うのだ。

「絶対に急いでないよ、あの人たち」

「金だけはむしり取る気満々だしな」

 アルフレッドも腕を組み、大きく溜め息を吐く。

「こっちはお願いをしてる立場だし、無理強いは出来ないし......困ったな」

「少しだけ、弱みをちらつかせてみますか?」

 弱みとは何だろう。しかも、何故、ゼインはそれを知っているのだろう。首を傾げると、ゼインは口元を上げた。

「ちょっと伝手がありましてね。噂話なら僕の耳に入ってくるんです」

「また伝手?」

 ゼインは何者なのだろう。ただの執事、兼、航空士であるだけで、こんな伝手があるだろうか。気になりすぎる。
 じっとゼインを見詰めながら、ゆっくりと詰め寄った。しかし、身体がくっつく前にアルフレッドの手が私の肩を掴む。

「使えるものは使おう。便利だからな」

「ひょっとして、僕、道具扱いされてます!?」

 ショックを受けたように、ゼインは大袈裟に項垂れる。それを気に留める様子もなく、アルフレッドは私に微笑みかけた。

「これで少しは修理が進むと良いな」

「うん」

「......僕、ふてくされますよ?」

 アルフレッドと頷き合っていると、ゼインが頬を膨らませた。まるで少女がするような仕草だ。ちょっとだけ気持ち悪いと思ってしまった。
 アルフレッドは目を細める。

「レイン。止めなさい」

「はい」

 自分でも違和感があったのだろう。ゼインはすぐに口の中から空気を抜き、しゅんとしてしまった。

「よし、早速、船大工を脅しに行こう。レイン、あいつらの弱みを教えてくれ」

「それはですね――」

 『脅しに』なんて、私たちが悪者みたいだ。もう少し良い言い方がなかったのだろうか。ゼインの言葉をなんとなく聞きながら、少し呆れてしまった。

 * * *

 コンタクトレンズも入れ、変装はバッチリだ。黒髪のアルフレッドと一緒に、ホープ号の前に集まり始めた船大工たちの元へと向かう。
 棟梁は――いた。船大工たちの中心で大笑いをしている。

「ちょっと良いか?」

「ん? ああ、お前か」

 相変わらず、雇い主に随分な口の聞き方だな、とベージュの衣服に油の汚れがついている棟梁に目を細めた。
 アルフレッドは物怖じせず、真剣な顔で口を開く。

「もっと作業のスピードは上がらないか?」

「猛スピードでやってるだろう」

「話しながら、グダグダが猛スピードなのか?」

 アルフレッドの言葉に、棟梁は眉をひそめる。

「船を傷付けたのはお前だよな? 俺らにいちゃもんつけんのか?」

 その目力は後退りしてしまうほどの迫力だ。そこで、アルフレッドがあの言葉を持ち出す。

「......つい一ヶ月ほど前に、ここで事故があったんだってな」

「それがなんだ?」

 棟梁の表情にはまだ余裕がある。

「賠償金は払ってるのか?」

「払って――」

「払ってないよな?」

 アルフレッドは一歩前に出るけれど、棟梁も引かない。

「脅しか?」

「俺は報酬に見合った仕事をしてくれるなら、何も言わない。してくれないなら......分かってるよな?」

 アルフレッドの語気に、ついに棟梁が舌打ちをした。

「お前ら、急いで仕事するぞ!」

「えー!?」

「じゃねぇと、俺らの首が飛ぶ」

 棟梁はぎろりとアルフレッドと私を睨みつけると、金槌を手に取った。そのまま木材置き場へと向かう。

「これで良かったのかな? 私たち、恨みを買ったんじゃ......」

「素直に仕事をしてたら、こんな脅しなんかしなかった。仕事をしないあいつらが悪いって割り切るしかない」

「うーん」

 理不尽な世の中だ。それにしても、アルフレッドはよく立派に立ち回ってくれた。

「セシル」

「ん?」

 アルフレッドは若干、首を傾げる。

「私とレインは、セシルの味方だからね」

「......ああ」

 アルフレッドは微笑みながら、私の手を取った。温かい。自然とその温もりに縋っていた。

「じゃあ、毎朝恒例のラジオチェックでもするか。レインのところに戻るぞ」

「うん」

 昨日とは打って変わって、トンカチが釘を打つ音が響き始める。会話も少なくなっている。脅したかいがあったというものだ。とはいえ、あまり良い気持ちにはなれず、ゼインの部屋を目指した。
 タラップを上り、デッキを抜け、階段を降りる。ドアを開くと、一気に明るい部屋が広がった。

「船大工たち、ちゃんと仕事始めましたねぇ」

 この部屋の窓から見える分にも、明らかに船大工の仕事は見違えたのだろう。

「やりましたね、僕」

「交渉したのは俺だぞ?」

「情報提供したのは僕です」

 ゼインはドヤ顔をし、腰を反らそうとしてしまった。途中でゼインの悲鳴が上がる。

「レイン、そんなことしてたらまた悪化するぞ?」

「気を付けます......」

 ゼインの目には涙が浮かんでいる。
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王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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