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変わる1

 三日三晩、飛空船は羽ばたき続けた。食事も質素ではあるものの、しっかりと摂れた。シャワーも使えた。燃料となる石炭も大量に積んでいたらしい。それでも、積載量には限界がある。
 倉庫の片隅で、三人で食事を摂っている時に、ゼインが申し訳なさそうに口を開いた。

「すみません、一度、島に寄らせてください」

「まあ、仕方ないよな......」

 アルフレッドも肝を据えたように瞼を閉じる。

「どれくらい、島に滞在するの?」

 私の庶民語も、だいぶ板に付いてきた。

「半日もあれば十分です」

 ゼインはにこやかにグッドサインを送る。私が庶民語に成功すると、二人は何かしらの反応をしてくれるようになった。

「俺たちはどうする? 船から降りるか?」

「降りるに決まってるでしょ」

 一生、島に降り立ちもせず、飛空船の中だけで暮らすなんて考えられない。空は自由だけれど、それだけでは心身に支障をきたす。
 アルフレッドはオーケーサインをしつつ、「うーん」と唸り声を上げる。

「ティア。丁寧語を出さないこと、俺たちを偽名で呼ぶこと。それが絶対条件だ。出来るか?」

「やってみせる!」

 胸の前で拳を作り、言って退ける。もし、ここで出来ないとでも言ってしまえば、私は留守番決定だ。そんなのは嫌だ。
 ゼインは明るく笑い、大きく頷いた。

「今日の午前には島に到着します。楽しみに待っててくださいね」

 一足早くパンを口に詰め込んだゼインは、少しだけ乱暴に椅子から立ち上がる。

「僕は操縦席に行ってます。何かあったら来てください」

「分かった」

 アルフレッドと一緒に頷き、手を振って見送った。

「結局、ゼインの偽名の件はなんなんだ?」

 アルフレッドは一人で呟いた。

「分からなくても、私たちは何も困らないでしょ? ゼインが困ってるなら、助けるだけ。それが仲間っていうものだから」

「ティアの口から『仲間』なんて言葉が出てくるのは意外だな」

 アルフレッドは目を見張り、私を見る。特別なことは何も言っていないつもりだ。

「私たちは一つの『チーム』なんだから。巻き込んでおいて、なんだけど」

 一応、申し訳ないとは思っている。私の気持ちが伝わっていると良いな、と膝の上で拳を作った。

「そんなに泣きそうな顔をするな。俺も『弁解』じゃなくて『逃亡』を選んだからな。巻き込まれただけじゃない」

 アルフレッドが優しく微笑むので、頬は無意識のうちに熱を上げる。

「......ん? 頭に人参がついてるぞ? どこでつけてきた?」

「えっ?」

 人参――もしや、ポトフに入っているものだろうか。

「なんでそんなものが頭につくの?」

「俺に聞かれてもな」

 アルフレッドは私の頭に触れ、何かを摘む。その指先を見てみると、確かに人参の欠片がついていた。恥ずかし過ぎる。目を落とそうとしたところで、見てしまった。

「セシルの口にもジャガイモがついてるよ」

「ん?」

 勢いに任せて、アルフレッドは自分の口元を手の甲で拭う。ジャガイモの姿は消えていた。
 ゼインがいたら、きっと『夫婦揃って何やってるんですか』とでもからかわれただろう。ゼインがいなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。

 * * *

 コンタクトレンズを装着し、準備は万端だ。近付いてくる島を眼下に、ワクワクする胸を片手で押さえつける。
 この島はどんな場所なのだろう。見る限りでは白い建物が立ち並び、噴水もある。立派な商店街なのだろうな、と予想を立てた。
 ゼインは操縦席に行く前に言っていた。

「僕は物資を入荷してきます。ティア様はセシル様と観光してきてください」

 つまり、またアルフレッドと二人きりだ。でも、緊張ばかりしていては損だし、存分に楽しまなくては。
 黒髪でモノクル姿のアルフレッドを見上げ、手摺りに両手を掛ける。

「アル......セシル、楽しみ――」

「ティア」

 アルフレッドは険しい目つきで首を横に振る。

「留守番するか?」

「嫌ぁ! 今のはセーフでしょ? アルセシルっていう名前の人かもしれないでしょ?」

「苦しい言い訳だな」

 視界は涙で滲んでいく。しかし、零す訳にはいかないと、必死に瞬きを堪える。
 すると、アルフレッドの口から「ぷっ」と笑い声が漏れた。

「冗談だよ。そんな泣きそうにならなくても良いじゃないか」

 目を細め、腹を抱えて笑う。そんなに面白がってくれるなら、まあ良いか、と涙は引っ込んでいった。

 ここは飛空船の停泊所だろうか。この船よりも大きな船が何隻も泊まっている。それらを横目に見ながら、アルフレッドと手を繋いで街へと急ぐ。
 飛空船から降りる前に、デッキでこんなやり取りがあったのを思い出す。

「新婚だったら、手くらい繋いでいないと変だろ」

 手を差し伸べるための言い訳にも似たアルフレッドの言葉に、ゼインも納得する。

「変ですね。もっと言うなら、キスくらいすれば完璧ですね」

「キス!?」

 私とアルフレッドの声が重なる。

「どうして驚くんです? 新婚ですよ?」

「そうだが......」

「でも......。キ、キスは......」

 頭では理解していても、心はついていかない。互いに心が通じていない今の状態では、キスなんてしたくない。
 そこで思ってしまった。心が通じれば、アルフレッドとのキスも受け入れられるのだろうか。隣に立つアルフレッドの顔を見るだけで目は潤み、頬は熱を持っていく。
 そんな時に、アルフレッドもこちらを向いたのだ。目は小刻みに揺れ、頬は薔薇色に染まっている。

「機会があったら、やってみる......か?」

 困り顔で私に聞かないで欲しい。

 その状況があり、雑踏を歩く私の頭の中は物珍しさよりもキスへの抵抗でいっぱいなのだ。
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王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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 三日三晩、飛空船は羽ばたき続けた。食事も質素ではあるものの、しっかりと摂れた。シャワーも使えた。燃料となる石炭も大量に積んでいたらしい。それでも、積載量には限界がある。
 倉庫の片隅で、三人で食事を摂っている時に、ゼインが申し訳なさそうに口を開いた。

「すみません、一度、島に寄らせてください」

「まあ、仕方ないよな......」

 アルフレッドも肝を据えたように瞼を閉じる。

「どれくらい、島に滞在するの?」

 私の庶民語も、だいぶ板に付いてきた。

「半日もあれば十分です」

 ゼインはにこやかにグッドサインを送る。私が庶民語に成功すると、二人は何かしらの反応をしてくれるようになった。

「俺たちはどうする? 船から降りるか?」

「降りるに決まってるでしょ」

 一生、島に降り立ちもせず、飛空船の中だけで暮らすなんて考えられない。空は自由だけれど、それだけでは心身に支障をきたす。
 アルフレッドはオーケーサインをしつつ、「うーん」と唸り声を上げる。

「ティア。丁寧語を出さないこと、俺たちを偽名で呼ぶこと。それが絶対条件だ。出来るか?」

「やってみせる!」

 胸の前で拳を作り、言って退ける。もし、ここで出来ないとでも言ってしまえば、私は留守番決定だ。そんなのは嫌だ。
 ゼインは明るく笑い、大きく頷いた。

「今日の午前には島に到着します。楽しみに待っててくださいね」

 一足早くパンを口に詰め込んだゼインは、少しだけ乱暴に椅子から立ち上がる。

「僕は操縦席に行ってます。何かあったら来てください」

「分かった」

 アルフレッドと一緒に頷き、手を振って見送った。

「結局、ゼインの偽名の件はなんなんだ?」

 アルフレッドは一人で呟いた。

「分からなくても、私たちは何も困らないでしょ? ゼインが困ってるなら、助けるだけ。それが仲間っていうものだから」

「ティアの口から『仲間』なんて言葉が出てくるのは意外だな」

 アルフレッドは目を見張り、私を見る。特別なことは何も言っていないつもりだ。

「私たちは一つの『チーム』なんだから。巻き込んでおいて、なんだけど」

 一応、申し訳ないとは思っている。私の気持ちが伝わっていると良いな、と膝の上で拳を作った。

「そんなに泣きそうな顔をするな。俺も『弁解』じゃなくて『逃亡』を選んだからな。巻き込まれただけじゃない」

 アルフレッドが優しく微笑むので、頬は無意識のうちに熱を上げる。

「......ん? 頭に人参がついてるぞ? どこでつけてきた?」

「えっ?」

 人参――もしや、ポトフに入っているものだろうか。

「なんでそんなものが頭につくの?」

「俺に聞かれてもな」

 アルフレッドは私の頭に触れ、何かを摘む。その指先を見てみると、確かに人参の欠片がついていた。恥ずかし過ぎる。目を落とそうとしたところで、見てしまった。

「セシルの口にもジャガイモがついてるよ」

「ん?」

 勢いに任せて、アルフレッドは自分の口元を手の甲で拭う。ジャガイモの姿は消えていた。
 ゼインがいたら、きっと『夫婦揃って何やってるんですか』とでもからかわれただろう。ゼインがいなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。

 * * *

 コンタクトレンズを装着し、準備は万端だ。近付いてくる島を眼下に、ワクワクする胸を片手で押さえつける。
 この島はどんな場所なのだろう。見る限りでは白い建物が立ち並び、噴水もある。立派な商店街なのだろうな、と予想を立てた。
 ゼインは操縦席に行く前に言っていた。

「僕は物資を入荷してきます。ティア様はセシル様と観光してきてください」

 つまり、またアルフレッドと二人きりだ。でも、緊張ばかりしていては損だし、存分に楽しまなくては。
 黒髪でモノクル姿のアルフレッドを見上げ、手摺りに両手を掛ける。

「アル......セシル、楽しみ――」

「ティア」

 アルフレッドは険しい目つきで首を横に振る。

「留守番するか?」

「嫌ぁ! 今のはセーフでしょ? アルセシルっていう名前の人かもしれないでしょ?」

「苦しい言い訳だな」

 視界は涙で滲んでいく。しかし、零す訳にはいかないと、必死に瞬きを堪える。
 すると、アルフレッドの口から「ぷっ」と笑い声が漏れた。

「冗談だよ。そんな泣きそうにならなくても良いじゃないか」

 目を細め、腹を抱えて笑う。そんなに面白がってくれるなら、まあ良いか、と涙は引っ込んでいった。

 ここは飛空船の停泊所だろうか。この船よりも大きな船が何隻も泊まっている。それらを横目に見ながら、アルフレッドと手を繋いで街へと急ぐ。
 飛空船から降りる前に、デッキでこんなやり取りがあったのを思い出す。

「新婚だったら、手くらい繋いでいないと変だろ」

 手を差し伸べるための言い訳にも似たアルフレッドの言葉に、ゼインも納得する。

「変ですね。もっと言うなら、キスくらいすれば完璧ですね」

「キス!?」

 私とアルフレッドの声が重なる。

「どうして驚くんです? 新婚ですよ?」

「そうだが......」

「でも......。キ、キスは......」

 頭では理解していても、心はついていかない。互いに心が通じていない今の状態では、キスなんてしたくない。
 そこで思ってしまった。心が通じれば、アルフレッドとのキスも受け入れられるのだろうか。隣に立つアルフレッドの顔を見るだけで目は潤み、頬は熱を持っていく。
 そんな時に、アルフレッドもこちらを向いたのだ。目は小刻みに揺れ、頬は薔薇色に染まっている。

「機会があったら、やってみる......か?」

 困り顔で私に聞かないで欲しい。

 その状況があり、雑踏を歩く私の頭の中は物珍しさよりもキスへの抵抗でいっぱいなのだ。
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次の話変わる2
王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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