
翔ける1
「貴方......お待ちになってっ! 私をその船に乗せて!」 たまたま王宮に停泊していた小型の飛空船を目掛けてひた走る。昨日の父王の言葉に悲観した私は、もう王宮に留まることを選ばなかった。その縁を絶対に破談にしなくては。私は異国になんて行きたくない。 ドレスをたくし上げ、飛空船のタラップを踏んだ。しかし、同時にパニエも踏んで躓いてしまった。転がるようにして船内へと入る。「痛た......」「何事だ!?」 この船の持ち主だろうか。曇りのない空色の瞳は私を貫く。年の頃は私と同じくらい、だろうか。王宮でもあまりお目にかかったことのない銀髪の美青年――と、見惚れている場合ではない。「私を見て誰だか分からないのですか!? この船をすぐに出して! 騎士たちが迫っていますよ!」「まさか、王女殿下!? お、降りてください!」「嫌です! 私が乗ったからには、貴方もただでは済まないでしょう!」 こう言ってしまえば、船を出してくれるに違いない。全力疾走した直後の荒い息を整えながら、胸に手を当てる。 身じろぐ青年から目を離さずに、ゆっくりと立ち上がった。青年の後方では、一人の焦げ茶髪の――航空士だろうか。あたふたした様子でこちらを見ながら、錨を操作するレバーに手を掛けた。「......おい! ゼイン! 錨を上げるな!」「えっ!? もう無理ですよぅ......!」 青年が叫ぶのと同時に、ゼインと呼ばれた航空士はレバーを下げていた。タラップが上がり、船外から悲鳴が聞こえる。 デッキから停泊所を見てみれば、駆け付けた騎士たちが真っ青な顔で私を見詰めている。文句があるなら父王に言って欲しいものだ。「俺たちはもう終わりだ......」 すっかり絶望してしまった騎士もいる。 私は知らない。私を追い詰めた父王が悪いのだ。この国に二度と戻れないなんて、母のお墓参りが出来なくなるなんて絶対に嫌だ。最期に『貴女は自由に生きなさい』と言ってくれた母の言葉を無駄にはしたくない。 銀髪の男性はゼインに勢いよく詰め寄り、胸ぐらを掴む。「おい! なんで錨を上げた!?」「だって、その人、王女殿下なんですよね? 逃げないと吊るし首にされます」「逃げた方が吊るし首だろう!」「えっ......」 ゼインの涙目がこちらを向く。「なんてことだ......」 銀髪の男性はゼインから手を離し、片手で頭を抱える。お願いだから、貴方までそんなに絶望しないで欲しい。「あの、貴方のお名前は?」 申し訳なくて恐る恐る聞いてみると、男性は悲哀に満ちた瞳で私を見る。
「俺はアルフレッドです。グライゼル侯爵家の息子の」 その名は耳にしたことがあるものの、実際に言葉を交わしたかどうかは定かではない。それなのに、この胸のときめきは何だろう。 男性――アルフレッドは一歩だけ私に歩み寄る。
「王女殿下、今からでも遅くありません。この船から降りてください」「......嫌です!」 せっかくここまで逃げられたのだ。絶対に王宮には帰りたくない。「王女殿下はご成婚を控えていらっしゃるでしょう? 相手国の王子殿下にはなんと申し開きを?」「申し開きなんてしません! この結婚は破談です!」 ぐっと拳を作ると、アルフレッドは大きな溜め息を吐いた。「おい、王宮島に着陸させろ」「でも、吊るし首になるんじゃ......」「今から引き返せば咎められるくらいで済むだろう。国王陛下も鬼じゃない」 話を振られたゼインは私とアルフレッドの顔を見比べ、小さく首を横に振る。「......もうここまで来たんです。屋敷に連れ帰りましょうよ。望まない結婚なんて、王女殿下があまりにも可哀想です」「お前なぁ!」「アルフレッド様は吊るし首にならないように、僕から工面しますから」 ゼインはアルフレッドをその場に残し、船内へと入っていった。拳を振り下ろしてやるせなさを爆発させるアルフレッドに、どう声を掛けていいのか分からない。「あの......」 片手を伸ばしかけたけれど、触れる勇気はなかった。アルフレッドは口を引き締め、僅かに目を見開く。「グライゼル侯爵家に実害を被った場合、貴女を許す訳にはいきません。王女殿下――」「私にはメヌエッタという名があります」「......メヌエッタ殿下、本当に王宮へ戻るお気持ちはないのですか?」「ありません」 戻る気持ちがあるのなら、こんな行動なんて起こしていない。今度こそアルフレッドは苦笑いをした。「......もう、どうにでもなれ」 私をグライゼル侯爵邸へ連れていってくれるのだろうか。小さく吐かれた言葉にちくりと胸が痛んだものの、微かな希望が顔を覗かせる。 貴族の屋敷に紛れ込めたなら、いくら父王であろうと手出しはできないだろう。そう信じて疑わなかった。上昇する船に重力を感じながら、空を見上げてみる。雲一つない、真っ青な空だ。 翔ける1
「貴方......お待ちになってっ! 私をその船に乗せて!」 たまたま王宮に停泊していた小型の飛空船を目掛けてひた走る。昨日の父王の言葉に悲観した私は、もう王宮に留まることを選ばなかった。その縁を絶対に破談にしなくては。私は異国になんて行きたくない。 ドレスをたくし上げ、飛空船のタラップを踏んだ。しかし、同時にパニエも踏んで躓いてしまった。転がるようにして船内へと入る。「痛た......」「何事だ!?」 この船の持ち主だろうか。曇りのない空色の瞳は私を貫く。年の頃は私と同じくらい、だろうか。王宮でもあまりお目にかかったことのない銀髪の美青年――と、見惚れている場合ではない。「私を見て誰だか分からないのですか!? この船をすぐに出して! 騎士たちが迫っていますよ!」「まさか、王女殿下!? お、降りてください!」「嫌です! 私が乗ったからには、貴方もただでは済まないでしょう!」 こう言ってしまえば、船を出してくれるに違いない。全力疾走した直後の荒い息を整えながら、胸に手を当てる。 身じろぐ青年から目を離さずに、ゆっくりと立ち上がった。青年の後方では、一人の焦げ茶髪の――航空士だろうか。あたふたした様子でこちらを見ながら、錨を操作するレバーに手を掛けた。「......おい! ゼイン! 錨を上げるな!」「えっ!? もう無理ですよぅ......!」 青年が叫ぶのと同時に、ゼインと呼ばれた航空士はレバーを下げていた。タラップが上がり、船外から悲鳴が聞こえる。 デッキから停泊所を見てみれば、駆け付けた騎士たちが真っ青な顔で私を見詰めている。文句があるなら父王に言って欲しいものだ。「俺たちはもう終わりだ......」 すっかり絶望してしまった騎士もいる。 私は知らない。私を追い詰めた父王が悪いのだ。この国に二度と戻れないなんて、母のお墓参りが出来なくなるなんて絶対に嫌だ。最期に『貴女は自由に生きなさい』と言ってくれた母の言葉を無駄にはしたくない。 銀髪の男性はゼインに勢いよく詰め寄り、胸ぐらを掴む。「おい! なんで錨を上げた!?」「だって、その人、王女殿下なんですよね? 逃げないと吊るし首にされます」「逃げた方が吊るし首だろう!」「えっ......」 ゼインの涙目がこちらを向く。「なんてことだ......」 銀髪の男性はゼインから手を離し、片手で頭を抱える。お願いだから、貴方までそんなに絶望しないで欲しい。「あの、貴方のお名前は?」 申し訳なくて恐る恐る聞いてみると、男性は悲哀に満ちた瞳で私を見る。
「俺はアルフレッドです。グライゼル侯爵家の息子の」 その名は耳にしたことがあるものの、実際に言葉を交わしたかどうかは定かではない。それなのに、この胸のときめきは何だろう。 男性――アルフレッドは一歩だけ私に歩み寄る。
「王女殿下、今からでも遅くありません。この船から降りてください」「......嫌です!」 せっかくここまで逃げられたのだ。絶対に王宮には帰りたくない。「王女殿下はご成婚を控えていらっしゃるでしょう? 相手国の王子殿下にはなんと申し開きを?」「申し開きなんてしません! この結婚は破談です!」 ぐっと拳を作ると、アルフレッドは大きな溜め息を吐いた。「おい、王宮島に着陸させろ」「でも、吊るし首になるんじゃ......」「今から引き返せば咎められるくらいで済むだろう。国王陛下も鬼じゃない」 話を振られたゼインは私とアルフレッドの顔を見比べ、小さく首を横に振る。「......もうここまで来たんです。屋敷に連れ帰りましょうよ。望まない結婚なんて、王女殿下があまりにも可哀想です」「お前なぁ!」「アルフレッド様は吊るし首にならないように、僕から工面しますから」 ゼインはアルフレッドをその場に残し、船内へと入っていった。拳を振り下ろしてやるせなさを爆発させるアルフレッドに、どう声を掛けていいのか分からない。「あの......」 片手を伸ばしかけたけれど、触れる勇気はなかった。アルフレッドは口を引き締め、僅かに目を見開く。「グライゼル侯爵家に実害を被った場合、貴女を許す訳にはいきません。王女殿下――」「私にはメヌエッタという名があります」「......メヌエッタ殿下、本当に王宮へ戻るお気持ちはないのですか?」「ありません」 戻る気持ちがあるのなら、こんな行動なんて起こしていない。今度こそアルフレッドは苦笑いをした。「......もう、どうにでもなれ」 私をグライゼル侯爵邸へ連れていってくれるのだろうか。小さく吐かれた言葉にちくりと胸が痛んだものの、微かな希望が顔を覗かせる。 貴族の屋敷に紛れ込めたなら、いくら父王であろうと手出しはできないだろう。そう信じて疑わなかった。上昇する船に重力を感じながら、空を見上げてみる。雲一つない、真っ青な空だ。 次の話翔ける2›