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漏らす2

 揺れる船内での睡眠にも慣れ、質素な食事には少しだけ物足りなさを感じ、コンタクトレンズを入れる指も震えなくなった。ホープ号は三日ほど経った今日も海の上を進む。

「そろそろ物資調達をしないとですね」

 操縦室で、計器から距離を取ってゼインの仕事を見守る。珍しく、アルフレッドが部屋から出てこないのだ。

「セシル、どうしたのかなぁ」

「きっと、ただの寝坊ですよ」

 ゼインは大して気に留める様子もなく、にこやかに微笑む。計器の上部に据えられているデジタル時計は10:06を指している。昨日は変わったことなどしていない。寝坊でここまで遅くなるだろうか。

「私、セシルの部屋に行ってみるね」

「分かりました」

 ゼインは返事をするなり、再び計器へと目を向ける。ゼインの邪魔をしてはいけないという思いよりも、アルフレッドの無事を確かめたくて廊下へと踏み出した。アルフレッドの部屋のドアをノックし、反応を窺う。

「セシル、大丈夫?」

 反応はない。

「セシル? 開けるよ?」

 意を決し、ドアノブを握る。そのまま押し開けると、そこにアルフレッドの姿はなかった。
 どこに行ってしまったのだろう。空を飛ぶ飛空船内で消えるなんて、他には一か所しか思い浮かばない。きっとシャワールームだ。最悪の結果が一瞬だけ脳裏を掠めたけれど、首を振って打ち消し、すぐに身を翻した。躊躇いもなくシャワールームのノブを握り、押し開ける。

「セシル!」

 そこにはしゃがみ込むアルフレッドの姿があった。服を着てくれていて良かったと思ったのも束の間、異変に気付く。

「セシル?」

 アルフレッドが返事をしてくれないのだ。俯いたまま、頬を紅葉色に染める。髪は右半分だけが黒く染められ、スプレー缶が床に置かれていた。

「切れた......」

「えっ?」

「ヘアカラーが......切れた」

 アルフレッドはガクリと肩を落とし、溜め息を吐く。
 こればかりは私だけで解決は出来ない。仲間の――ゼインの意見も聞こう。

「ちょっと待っててね!」

 踵を返し、操縦室を目指した。詳しい説明もせずにゼインの腕を引っ張り、シャワールームへと連れ戻る。項垂れるアルフレッドを見て、ゼインは全てを察したようだった。

「何でなくなるって気付かないんですか」

 ゼインは遠慮なくアルフレッドに頭を抱える。
 
「まだ残ってると思ったんだ。少し重たかったからな」

「これじゃあ、外になんて出られないじゃないですか」

「......すまない」

 こんな会話をするなんて、ゼインも予備のヘアカラーを持っていないのだろう。
 アルフレッドはチラリとこちらを見て、瞬きをする。

「ところで、なんだが」

「どうしました?」

「この中途半端なヘアカラーは落としても良いもの......なのか?」

 何故、残しておくという選択肢が出てくるのだろう。いつものアルフレッドらしくないな、と小さな笑いが漏れてしまった。ゼインも「ぷっ」と吹き出した。

「好きにしてください」

 柔らかくはあるものの、呆れの残る語気にまた笑ってしまう。

「次の島で、僕は物資の搬入指示をしなくてはいけませんし、どうしましょうか」

「それなら、私が買いに行く」

 気付いたときには、自ら名乗りを上げていた。アルフレッドのためになるなら、多少の危険なら掻い潜られる。そう高を括る。

「ティア様、分かってますか? 一人の買い物がかなり危険だって」

「分かってる」

 一度、身バレをして死線を潜ったのだ。どれほど危険なのかは、身を持って学習している。

「絶対に無事で帰ってくるんだぞ。じゃないと、俺の心が保たないからな」

「うん」

 アルフレッドに大きく頷き、拳を握る。

「一時間後には着陸出来ると思います。ティア様は準備をしてくださいね」

「分かった」

 必ずヘアカラーを買って、アルフレッドに手渡してあげるのだ。使命感に駆り立てられながら、にこっと笑ってみせた。

 * * *

 予告通り、丁度一時間後に次の島へと辿り着いた。山が連なっており、着陸出来る平地は少ない。山の裾を削って停泊所を作ったであろうことは感じ取れた。谷の部分に建物が密集している。立ち並ぶ赤い屋根が可愛らしい。

「雑貨屋には鍵の看板が掛かってます。それを目印にしてください」

「鍵ね。オーケー」

 ゼインと一緒にホープ号のタラップを下り、街の方を見渡す。問題は薬屋を見つけ出すことよりも、まっすぐにホープ号へ戻ってこられるかということだ。碁盤目状に引かれた道に、思わず生唾を呑み込んだ。
 ゼインに手を振り、ベージュのレンガで建てられた家々を見上げながら歩く。ベッドのイラスト――ここは宿屋だろう。次に見えてきた看板は靴――ショウウインドウには革靴が所狭しと並べられている。

「鍵、鍵......」

「お嬢さん、雑貨屋をお探しかな?」

 私に話し掛けてきたのは、レイピアを腰に差した軍服姿の若い男性――騎士に間違いはなかった。
 ここで逃げ出せば、不審に思われてしまう。緊張で頭が回らないまま、乾いた口を開く。

「そうなのです。どこにあるかご存知でしょうか?」

 しまったと思った時には、丁寧語が紡がれていた。騎士から目を背け、口を引き締める。心臓がやけに鼓動している。
 しばし、間が開く。

「旅行中のご令嬢かな? 見たことはない顔だけれども」

 下手に口を開いて、墓穴を掘るとも限らない。何度か頷き、騎士の疑問を肯定してみせた。騎士は首を傾げ、「ふん」と呟く。

「国外の方かな?」

 もう質問を重ねないで欲しい。いつ、どこで自分の身分がバレるか分からず、拳を握り締めて、また頷いた。

「こちらも人を探していてね。しつこくて申し訳ない」

「いえ......」

「雑貨屋はこっちだよ」

 騎士は微笑み、道を先導し始める。頼るのは怖いけれど、引き返すわけにもいかずにその後に続いた。
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王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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漏らす2

 揺れる船内での睡眠にも慣れ、質素な食事には少しだけ物足りなさを感じ、コンタクトレンズを入れる指も震えなくなった。ホープ号は三日ほど経った今日も海の上を進む。

「そろそろ物資調達をしないとですね」

 操縦室で、計器から距離を取ってゼインの仕事を見守る。珍しく、アルフレッドが部屋から出てこないのだ。

「セシル、どうしたのかなぁ」

「きっと、ただの寝坊ですよ」

 ゼインは大して気に留める様子もなく、にこやかに微笑む。計器の上部に据えられているデジタル時計は10:06を指している。昨日は変わったことなどしていない。寝坊でここまで遅くなるだろうか。

「私、セシルの部屋に行ってみるね」

「分かりました」

 ゼインは返事をするなり、再び計器へと目を向ける。ゼインの邪魔をしてはいけないという思いよりも、アルフレッドの無事を確かめたくて廊下へと踏み出した。アルフレッドの部屋のドアをノックし、反応を窺う。

「セシル、大丈夫?」

 反応はない。

「セシル? 開けるよ?」

 意を決し、ドアノブを握る。そのまま押し開けると、そこにアルフレッドの姿はなかった。
 どこに行ってしまったのだろう。空を飛ぶ飛空船内で消えるなんて、他には一か所しか思い浮かばない。きっとシャワールームだ。最悪の結果が一瞬だけ脳裏を掠めたけれど、首を振って打ち消し、すぐに身を翻した。躊躇いもなくシャワールームのノブを握り、押し開ける。

「セシル!」

 そこにはしゃがみ込むアルフレッドの姿があった。服を着てくれていて良かったと思ったのも束の間、異変に気付く。

「セシル?」

 アルフレッドが返事をしてくれないのだ。俯いたまま、頬を紅葉色に染める。髪は右半分だけが黒く染められ、スプレー缶が床に置かれていた。

「切れた......」

「えっ?」

「ヘアカラーが......切れた」

 アルフレッドはガクリと肩を落とし、溜め息を吐く。
 こればかりは私だけで解決は出来ない。仲間の――ゼインの意見も聞こう。

「ちょっと待っててね!」

 踵を返し、操縦室を目指した。詳しい説明もせずにゼインの腕を引っ張り、シャワールームへと連れ戻る。項垂れるアルフレッドを見て、ゼインは全てを察したようだった。

「何でなくなるって気付かないんですか」

 ゼインは遠慮なくアルフレッドに頭を抱える。
 
「まだ残ってると思ったんだ。少し重たかったからな」

「これじゃあ、外になんて出られないじゃないですか」

「......すまない」

 こんな会話をするなんて、ゼインも予備のヘアカラーを持っていないのだろう。
 アルフレッドはチラリとこちらを見て、瞬きをする。

「ところで、なんだが」

「どうしました?」

「この中途半端なヘアカラーは落としても良いもの......なのか?」

 何故、残しておくという選択肢が出てくるのだろう。いつものアルフレッドらしくないな、と小さな笑いが漏れてしまった。ゼインも「ぷっ」と吹き出した。

「好きにしてください」

 柔らかくはあるものの、呆れの残る語気にまた笑ってしまう。

「次の島で、僕は物資の搬入指示をしなくてはいけませんし、どうしましょうか」

「それなら、私が買いに行く」

 気付いたときには、自ら名乗りを上げていた。アルフレッドのためになるなら、多少の危険なら掻い潜られる。そう高を括る。

「ティア様、分かってますか? 一人の買い物がかなり危険だって」

「分かってる」

 一度、身バレをして死線を潜ったのだ。どれほど危険なのかは、身を持って学習している。

「絶対に無事で帰ってくるんだぞ。じゃないと、俺の心が保たないからな」

「うん」

 アルフレッドに大きく頷き、拳を握る。

「一時間後には着陸出来ると思います。ティア様は準備をしてくださいね」

「分かった」

 必ずヘアカラーを買って、アルフレッドに手渡してあげるのだ。使命感に駆り立てられながら、にこっと笑ってみせた。

 * * *

 予告通り、丁度一時間後に次の島へと辿り着いた。山が連なっており、着陸出来る平地は少ない。山の裾を削って停泊所を作ったであろうことは感じ取れた。谷の部分に建物が密集している。立ち並ぶ赤い屋根が可愛らしい。

「雑貨屋には鍵の看板が掛かってます。それを目印にしてください」

「鍵ね。オーケー」

 ゼインと一緒にホープ号のタラップを下り、街の方を見渡す。問題は薬屋を見つけ出すことよりも、まっすぐにホープ号へ戻ってこられるかということだ。碁盤目状に引かれた道に、思わず生唾を呑み込んだ。
 ゼインに手を振り、ベージュのレンガで建てられた家々を見上げながら歩く。ベッドのイラスト――ここは宿屋だろう。次に見えてきた看板は靴――ショウウインドウには革靴が所狭しと並べられている。

「鍵、鍵......」

「お嬢さん、雑貨屋をお探しかな?」

 私に話し掛けてきたのは、レイピアを腰に差した軍服姿の若い男性――騎士に間違いはなかった。
 ここで逃げ出せば、不審に思われてしまう。緊張で頭が回らないまま、乾いた口を開く。

「そうなのです。どこにあるかご存知でしょうか?」

 しまったと思った時には、丁寧語が紡がれていた。騎士から目を背け、口を引き締める。心臓がやけに鼓動している。
 しばし、間が開く。

「旅行中のご令嬢かな? 見たことはない顔だけれども」

 下手に口を開いて、墓穴を掘るとも限らない。何度か頷き、騎士の疑問を肯定してみせた。騎士は首を傾げ、「ふん」と呟く。

「国外の方かな?」

 もう質問を重ねないで欲しい。いつ、どこで自分の身分がバレるか分からず、拳を握り締めて、また頷いた。

「こちらも人を探していてね。しつこくて申し訳ない」

「いえ......」

「雑貨屋はこっちだよ」

 騎士は微笑み、道を先導し始める。頼るのは怖いけれど、引き返すわけにもいかずにその後に続いた。
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王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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