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近付く2

 そんなゼインの変化にアルフレッドが気付かないはずもない。
 
「レイン、何があった?」

 アルフレッドはゼインの感情を刺激しないように、落ち着いたトーンで話す。ゼインは目を伏せ、空笑いをする。

「大したことじゃないんです。こっちの話で」

「じゃあ、なんでそんなにつらそうな顔をする?」

 これにはゼインも押し黙ってしまった。逃げるように、彼はウェイターが持ってきたビールジョッキを口へと運び、「ぷはー」っと豪快に飲む。

「僕の話なんて、聞かせられるようなものじゃないですよ」

「......俺のことは執事として何でも知ってるのに、自分のことは一切、話さない。それって卑怯じゃないか?」

 『卑怯』という言葉に反応したのか、ゼインはむせてしまった。一方で、アルフレッドの瞳はどこか物悲しい。
 ゼインは涙目になりながら、何度か咳払いをした。
 
「酔いが回ったら話します、きっと」

 そうして、またジョッキを口へと運ぶ。私はアルフレッドとゼインの中に割って入る勇気もなく、ただ傍観していた。
 大声で話していた先客はふらふらと立ち上がり、千鳥足で店を後にする。それをゼインは横目で確認しているようだった。もう一口ビールを飲むと、重たい口を開く。

「マリーゴールド嬢とか、フェルナシス公爵の嫡男とか......さっきの客が話してたじゃないですか」

「ああ」

 ゼインはだいぶ酒が回ってきたようだ。時折しゃっくりをしながら話す。
 アルフレッドと一緒に、私も首だけで頷いていた。

「あれ、僕の身内なんですよ」

「は......?」

 突然の暴露に、私は口を半開きにし、アルフレッドは無表情になってしまった。間を開けて、アルフレッドは僅かに身を乗り出す。

「身内って言っても、主と使用人とかの関係......だよな?」

「いえ、フェルナシス公爵の嫡男はー......僕の兄です。腹違いですけどねー」

 ゼインは苦笑いをしながら肩を竦める。
 つまり、ゼインはフェルナシス公爵の息子――とんでもない話の展開に、膝の上の手に力が入る。頭が上手く働いてくれない。アルフレッドも小さく首を横に振って、現実から目を逸らそうとしているようだ。

「じゃあ、なんで俺のところで執事なんか」

「僕、親に勘当されたんですよ。帰る家が......ないっていうやつです」

「何が原因だ?」

 ゼインは吐息をつき、ジョッキに残ったビールを一気飲みする。

「一気に話してもパンクするでしょ? 食事を楽しみながらにしましょうよ。......すみませーん、ビール、ジョッキで一つ!」

 ゼインは声を張り、追加注文をする。
 私の気持ちを整理するためにも、ゆっくり話すのは大歓迎なのだけれど、二人は大丈夫なのだろうか。アルフレッドとゼインの様子を窺ってみる。アルフレッドは神妙な顔つきになっており、ゼインはいつもと変わらない。いや、ゼインは無理に明るく振る舞っているのだろう。

「ティア様は僕に質問とかないんですか?」

「えっ? 私?」

 突然、話を振られて肩がびくついてしまった。ここで黙るのはゼインに失礼だ。とはいえ、アルフレッドとは違う質問は思い浮かばない。

「私も、レインが親に勘当された原因が気になる」

「そう......ですよねぇ」

 ゼインの声が掠れたところで、お待ちかねのステーキが運ばれてきた。店に入った当初のワクワク感は、どこへ吹き飛んでしまったのだろう。空腹なのに、食べて良いのだろうか、という疑念が生まれてしまう。フォークとナイフを手に取り、焼かれた鉄板の上で音を立てるステーキを眺めてみる。

「お二人とも、ぼーっとしてないで......食べましょうよ。せっかくのステーキが......焦げちゃいまっ......すよ」

 ゼインは私たちの様子を気にかけつつ、フォークとナイフを器用に使ってステーキを切り分ける。こうしてよく見てみると、ゼインのそれは貴族令息の仕草だ。何故、今まで気付かなかったのだろう。
 アルフレッドと顔を見合わせ、再びステーキと向き合う。私もステーキを一口大に切り分け、そのうちの一つを頬張った。肉汁が口内を満たし、幸福感が染み出す。アルフレッドのナイフが不意に無作法な音を立てた。

「......やっぱり、話さなきゃ駄目ですか?」

 ゼインは今更、怖気づいてしまったのだろうか。私とアルフレッドの目を見て、口を尖らせる。

「気になりすぎるからな」

「うーん......」

 ゼインは鼻から大きく息を吐き出し、視線を落とした。

「......兄とマリーゴールドの政略結婚を......僕がぶち壊したんですよ。結婚を嫌がる兄が......可哀想になっちゃって」

「可哀想なだけでぶち壊すか?」

「いや、言葉の綾です。ちゃんと理由はありっ......ます」

 ゼインは二杯目のジョッキに手を掛け、小さく唸る。

「兄には幼馴染で好きな人がいたんです。それに、マリーゴールドの両親が傲慢......って言ったら良いんですかね。本人も傲慢なんですけど、兄との結婚......イコール金目当て、みたいな。別荘を建てるって周りに言いふらしてましたしね」

 愛していない相手なんて、私と同じだ。それを他人事のように聞けてしまう私自身に、少しだけ嫌悪感を覚えてしまう。
 ゼインの目が座ってきた。

「突然、フェルナシス公爵家の金品は私たちのものだー! なんて言われて......納得出来ますか? って話ですよ」

 ゼインが頷いていると、アルフレッドは悲しげな瞳をゼインに向けていた。

「それで、お前が勘当された、と」

「そうなんですよー。国王陛下公認の結婚だったので、そうせざるをっ......得なかったというか。ま、結果オーライなんですけどね」

 ゼインは親指を立てて笑うけれど、私たちは苦笑いしか出来なかった。私とアルフレッドの食事の手は止まっている。ステーキから立ち上る湯気はいつの間にか消えていた。

「他人の結婚を壊した僕は、幸せな結婚を......しちゃいけないんですよ。僕が好きだった人も......他の誰かを見つけてるでしょう」

 言葉とは裏腹に、ゼインは目を伏せて哀愁を漂わせる。ジョッキを握る指は震え、口元は悲しそうに下がっていた。
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王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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近付く2

 そんなゼインの変化にアルフレッドが気付かないはずもない。
 
「レイン、何があった?」

 アルフレッドはゼインの感情を刺激しないように、落ち着いたトーンで話す。ゼインは目を伏せ、空笑いをする。

「大したことじゃないんです。こっちの話で」

「じゃあ、なんでそんなにつらそうな顔をする?」

 これにはゼインも押し黙ってしまった。逃げるように、彼はウェイターが持ってきたビールジョッキを口へと運び、「ぷはー」っと豪快に飲む。

「僕の話なんて、聞かせられるようなものじゃないですよ」

「......俺のことは執事として何でも知ってるのに、自分のことは一切、話さない。それって卑怯じゃないか?」

 『卑怯』という言葉に反応したのか、ゼインはむせてしまった。一方で、アルフレッドの瞳はどこか物悲しい。
 ゼインは涙目になりながら、何度か咳払いをした。
 
「酔いが回ったら話します、きっと」

 そうして、またジョッキを口へと運ぶ。私はアルフレッドとゼインの中に割って入る勇気もなく、ただ傍観していた。
 大声で話していた先客はふらふらと立ち上がり、千鳥足で店を後にする。それをゼインは横目で確認しているようだった。もう一口ビールを飲むと、重たい口を開く。

「マリーゴールド嬢とか、フェルナシス公爵の嫡男とか......さっきの客が話してたじゃないですか」

「ああ」

 ゼインはだいぶ酒が回ってきたようだ。時折しゃっくりをしながら話す。
 アルフレッドと一緒に、私も首だけで頷いていた。

「あれ、僕の身内なんですよ」

「は......?」

 突然の暴露に、私は口を半開きにし、アルフレッドは無表情になってしまった。間を開けて、アルフレッドは僅かに身を乗り出す。

「身内って言っても、主と使用人とかの関係......だよな?」

「いえ、フェルナシス公爵の嫡男はー......僕の兄です。腹違いですけどねー」

 ゼインは苦笑いをしながら肩を竦める。
 つまり、ゼインはフェルナシス公爵の息子――とんでもない話の展開に、膝の上の手に力が入る。頭が上手く働いてくれない。アルフレッドも小さく首を横に振って、現実から目を逸らそうとしているようだ。

「じゃあ、なんで俺のところで執事なんか」

「僕、親に勘当されたんですよ。帰る家が......ないっていうやつです」

「何が原因だ?」

 ゼインは吐息をつき、ジョッキに残ったビールを一気飲みする。

「一気に話してもパンクするでしょ? 食事を楽しみながらにしましょうよ。......すみませーん、ビール、ジョッキで一つ!」

 ゼインは声を張り、追加注文をする。
 私の気持ちを整理するためにも、ゆっくり話すのは大歓迎なのだけれど、二人は大丈夫なのだろうか。アルフレッドとゼインの様子を窺ってみる。アルフレッドは神妙な顔つきになっており、ゼインはいつもと変わらない。いや、ゼインは無理に明るく振る舞っているのだろう。

「ティア様は僕に質問とかないんですか?」

「えっ? 私?」

 突然、話を振られて肩がびくついてしまった。ここで黙るのはゼインに失礼だ。とはいえ、アルフレッドとは違う質問は思い浮かばない。

「私も、レインが親に勘当された原因が気になる」

「そう......ですよねぇ」

 ゼインの声が掠れたところで、お待ちかねのステーキが運ばれてきた。店に入った当初のワクワク感は、どこへ吹き飛んでしまったのだろう。空腹なのに、食べて良いのだろうか、という疑念が生まれてしまう。フォークとナイフを手に取り、焼かれた鉄板の上で音を立てるステーキを眺めてみる。

「お二人とも、ぼーっとしてないで......食べましょうよ。せっかくのステーキが......焦げちゃいまっ......すよ」

 ゼインは私たちの様子を気にかけつつ、フォークとナイフを器用に使ってステーキを切り分ける。こうしてよく見てみると、ゼインのそれは貴族令息の仕草だ。何故、今まで気付かなかったのだろう。
 アルフレッドと顔を見合わせ、再びステーキと向き合う。私もステーキを一口大に切り分け、そのうちの一つを頬張った。肉汁が口内を満たし、幸福感が染み出す。アルフレッドのナイフが不意に無作法な音を立てた。

「......やっぱり、話さなきゃ駄目ですか?」

 ゼインは今更、怖気づいてしまったのだろうか。私とアルフレッドの目を見て、口を尖らせる。

「気になりすぎるからな」

「うーん......」

 ゼインは鼻から大きく息を吐き出し、視線を落とした。

「......兄とマリーゴールドの政略結婚を......僕がぶち壊したんですよ。結婚を嫌がる兄が......可哀想になっちゃって」

「可哀想なだけでぶち壊すか?」

「いや、言葉の綾です。ちゃんと理由はありっ......ます」

 ゼインは二杯目のジョッキに手を掛け、小さく唸る。

「兄には幼馴染で好きな人がいたんです。それに、マリーゴールドの両親が傲慢......って言ったら良いんですかね。本人も傲慢なんですけど、兄との結婚......イコール金目当て、みたいな。別荘を建てるって周りに言いふらしてましたしね」

 愛していない相手なんて、私と同じだ。それを他人事のように聞けてしまう私自身に、少しだけ嫌悪感を覚えてしまう。
 ゼインの目が座ってきた。

「突然、フェルナシス公爵家の金品は私たちのものだー! なんて言われて......納得出来ますか? って話ですよ」

 ゼインが頷いていると、アルフレッドは悲しげな瞳をゼインに向けていた。

「それで、お前が勘当された、と」

「そうなんですよー。国王陛下公認の結婚だったので、そうせざるをっ......得なかったというか。ま、結果オーライなんですけどね」

 ゼインは親指を立てて笑うけれど、私たちは苦笑いしか出来なかった。私とアルフレッドの食事の手は止まっている。ステーキから立ち上る湯気はいつの間にか消えていた。

「他人の結婚を壊した僕は、幸せな結婚を......しちゃいけないんですよ。僕が好きだった人も......他の誰かを見つけてるでしょう」

 言葉とは裏腹に、ゼインは目を伏せて哀愁を漂わせる。ジョッキを握る指は震え、口元は悲しそうに下がっていた。
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王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
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