
触れる2
食器を片付け終わると、今日もアルフレッドの部屋に押しかける。昨日と同じように、私は椅子に、アルフレッドはベッドに腰掛けた。家具の軋む音が響く。「今日はティアの昔話でも聞きたいな」 興味津々、といった様子でアルフレッドは微笑む。
「私の話? うーん......」 何か話せるようなことはあっただろうか。アルフレッドの暗い過去を聞き出したからには、私も話さなければいけないことは分かっている。でも、そもそも暗い過去なんて私にはないのだ。「私、友達が一人いるんだけどね? バルクス公爵家の、ロゼリアなんだけど」「ああ、聞いたことはあるな。次期国王の、たった一人の妹だろ?」「そうそう。茶髪で、私と同じラベンダー色の可愛い目で」 故郷であるハルネイオ国では、女王は許されていない。だから、私には王位継承権がないのだ。そのお陰で気を張らなくて済んだものの、父王のようにはなれないと寂しく感じたこともある。「その......ロゼリアが王宮に遊びに来た時に、白猫を連れてきたの」 当時を思い出しながら、懐かしさに浸る。「私もロゼリアも、お父様が猫アレルギーなのを知らなくて、玉座の間まで連れていっちゃったの」「それで?」「お父様はくしゃみを連発するし、目は赤くなるしで大変だったんだ」 アルフレッドは「あー......」と小さく呟き、苦笑いをした。「それで、その猫は?」「逃げ回っちゃって、結局、礼拝堂で見つかったんだけどね? お父様ってば酷いの。ロゼリアじゃなくて、私を叱るんだもん」「まあ、しょうがないよな」「私、大泣きしたんだから。それが一回目の家出のきっかけ」 家出とはいっても、王宮島の中での話だ。島を渡るのとは規模が違う。 あの後、白猫は騎士の家へと引き取られていった。ロゼリアが彼を羨ましそうに見ていたのを覚えている。 そういえば、とロゼリアと最後に会った時に彼女の目が泳いでいたのを思い出した。今となっては理由も分からない。「ティアも色々あったんだな」「そうなのかな?」「分からないなら、分からないままで良いけどな」 私は何を分かっていないのだろう。それすら分からなくて、首を傾げた。
「あとは......」 他に何かあっただろうか。「うーん」と唸り声を上げている時だった。「痛っ......!」 外の方から、ゼインの呻き声が聞こえたのだ。「......何!?」 まさか、奇襲だろうか。銃声は聞こえていないけれど、可能性はある。心臓が跳ね上がると同時に、アルフレッドと共に腰を上げていた。「見に行ってみよう?」「ああ」 この際、正体がバレるだのどうのと考えている場合ではない。アルフレッドに続いて部屋を飛び出し、階段を駆け上がる。 タラップの上にゼインの姿はあった。身体をくの字に曲げ、苦悶の表情を浮かべている。その足元には大きな工具箱が置かれていた。
「レイン! 大丈夫か!?」 アルフレッドが叫ぶと、ゼインは目だけを動かしてこちらを確認する。「何があった!?」「腰......が......」 途切れ途切れに話すゼインの額には脂汗が滲んでいる。息をすることさえつらそうだ。「腰が痛むの?」 せめて慰めになればと、ゼインの腰に触れる。「あ......!」 指先が触れただけで、ゼインは悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい......!」「これは......ぎっくり腰だな」「ぎっくり腰?」「参ったな......」 アルフレッドは片手で頭を抱える。 ゼインの悲鳴を聞きつけたのか、ホープ号の修理を手伝ってくれているであろう人も続々と集まってくる。「すまない、担架を持ってきてくれないか?」 アルフレッドの声に、数名が頷いてこの場を去っていった。 数分で担架は用意され、アルフレッドを先頭にゼインを船内へと運ぶ。私やアルフレッドのものよりも狭いゼインの部屋は、一面が窓になっていて周囲へ目配りも出来るようだ。望遠鏡まで備わっている。 ゼインはベッドに横たわっても体勢を変えない。「ありがとう。後は俺たちだけで大丈夫だ」 ゼインを運んでくれた人たちに礼を言い、アルフレッドはドアが閉まるのを見届けた。 ゼインは大丈夫だろうか。ちゃんと治るのだろうか。心配で、ゼインとアルフレッドの顔を見比べた。「僕......昨日、張り切りすぎちゃいましたかね......」「俺に無茶をしてるって言っておきながら、これだからな」 アルフレッドはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。「湿布貼っておくぞ。痛いけど我慢だからな」 アルフレッドは救急箱から銀の袋を取り出し、ゼインの背中を捲る。直視して良いのか分からず、さっと後ろを向いた。「痛た......」「我慢って言っただろう」 アルフレッドの小さな笑い声が耳に届く。 もう大丈夫だろうか。ゼインの方に向き直ると、彼は目に涙を浮かべていた。 ゼインは空笑いをして私を見る。「ティア様、泣きそうな顔で......僕を見ないでくださいよ......。死んじゃ......いないんですから......」「でも......」 つらそうな顔を見ているだけで胸が張り裂けそうなのだ。鼻を啜っていると、アルフレッドの手が私の肩に触れた。「死ぬような怪我じゃない。痛いけどな」「うん」「そこで......納得しないでください......!」 アルフレッドが言うなら大丈夫だろうと頷くと、何故かゼインに泣きそうな顔をされてしまった。 アルフレッドは顎に手を当て、何かを考える。「この島からの離陸は、一週間後に延期だ」「いや......それは、流石に危険じゃ――」「レインの回復が最優先だ。この船の責任者として、航空士に無茶はさせられない」 アルフレッドは言い切ると、静かに瞼を閉じた。きっと、もうこの判断は覆らないだろう。「すみません」 ゼインの小さな謝罪が部屋に響いた。 ゼインが謝ることではないのに。なんだか悔しくて、唇を噛んだ。 一週間もの間、正体がバレずに済むのか――私には不安しか残らなかった。窓の外からこちらを見るカモメが、絶対に逃さないぞと私たちを脅しているようでもあった。 触れる2
食器を片付け終わると、今日もアルフレッドの部屋に押しかける。昨日と同じように、私は椅子に、アルフレッドはベッドに腰掛けた。家具の軋む音が響く。「今日はティアの昔話でも聞きたいな」 興味津々、といった様子でアルフレッドは微笑む。
「私の話? うーん......」 何か話せるようなことはあっただろうか。アルフレッドの暗い過去を聞き出したからには、私も話さなければいけないことは分かっている。でも、そもそも暗い過去なんて私にはないのだ。「私、友達が一人いるんだけどね? バルクス公爵家の、ロゼリアなんだけど」「ああ、聞いたことはあるな。次期国王の、たった一人の妹だろ?」「そうそう。茶髪で、私と同じラベンダー色の可愛い目で」 故郷であるハルネイオ国では、女王は許されていない。だから、私には王位継承権がないのだ。そのお陰で気を張らなくて済んだものの、父王のようにはなれないと寂しく感じたこともある。「その......ロゼリアが王宮に遊びに来た時に、白猫を連れてきたの」 当時を思い出しながら、懐かしさに浸る。「私もロゼリアも、お父様が猫アレルギーなのを知らなくて、玉座の間まで連れていっちゃったの」「それで?」「お父様はくしゃみを連発するし、目は赤くなるしで大変だったんだ」 アルフレッドは「あー......」と小さく呟き、苦笑いをした。「それで、その猫は?」「逃げ回っちゃって、結局、礼拝堂で見つかったんだけどね? お父様ってば酷いの。ロゼリアじゃなくて、私を叱るんだもん」「まあ、しょうがないよな」「私、大泣きしたんだから。それが一回目の家出のきっかけ」 家出とはいっても、王宮島の中での話だ。島を渡るのとは規模が違う。 あの後、白猫は騎士の家へと引き取られていった。ロゼリアが彼を羨ましそうに見ていたのを覚えている。 そういえば、とロゼリアと最後に会った時に彼女の目が泳いでいたのを思い出した。今となっては理由も分からない。「ティアも色々あったんだな」「そうなのかな?」「分からないなら、分からないままで良いけどな」 私は何を分かっていないのだろう。それすら分からなくて、首を傾げた。
「あとは......」 他に何かあっただろうか。「うーん」と唸り声を上げている時だった。「痛っ......!」 外の方から、ゼインの呻き声が聞こえたのだ。「......何!?」 まさか、奇襲だろうか。銃声は聞こえていないけれど、可能性はある。心臓が跳ね上がると同時に、アルフレッドと共に腰を上げていた。「見に行ってみよう?」「ああ」 この際、正体がバレるだのどうのと考えている場合ではない。アルフレッドに続いて部屋を飛び出し、階段を駆け上がる。 タラップの上にゼインの姿はあった。身体をくの字に曲げ、苦悶の表情を浮かべている。その足元には大きな工具箱が置かれていた。
「レイン! 大丈夫か!?」 アルフレッドが叫ぶと、ゼインは目だけを動かしてこちらを確認する。「何があった!?」「腰......が......」 途切れ途切れに話すゼインの額には脂汗が滲んでいる。息をすることさえつらそうだ。「腰が痛むの?」 せめて慰めになればと、ゼインの腰に触れる。「あ......!」 指先が触れただけで、ゼインは悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい......!」「これは......ぎっくり腰だな」「ぎっくり腰?」「参ったな......」 アルフレッドは片手で頭を抱える。 ゼインの悲鳴を聞きつけたのか、ホープ号の修理を手伝ってくれているであろう人も続々と集まってくる。「すまない、担架を持ってきてくれないか?」 アルフレッドの声に、数名が頷いてこの場を去っていった。 数分で担架は用意され、アルフレッドを先頭にゼインを船内へと運ぶ。私やアルフレッドのものよりも狭いゼインの部屋は、一面が窓になっていて周囲へ目配りも出来るようだ。望遠鏡まで備わっている。 ゼインはベッドに横たわっても体勢を変えない。「ありがとう。後は俺たちだけで大丈夫だ」 ゼインを運んでくれた人たちに礼を言い、アルフレッドはドアが閉まるのを見届けた。 ゼインは大丈夫だろうか。ちゃんと治るのだろうか。心配で、ゼインとアルフレッドの顔を見比べた。「僕......昨日、張り切りすぎちゃいましたかね......」「俺に無茶をしてるって言っておきながら、これだからな」 アルフレッドはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。「湿布貼っておくぞ。痛いけど我慢だからな」 アルフレッドは救急箱から銀の袋を取り出し、ゼインの背中を捲る。直視して良いのか分からず、さっと後ろを向いた。「痛た......」「我慢って言っただろう」 アルフレッドの小さな笑い声が耳に届く。 もう大丈夫だろうか。ゼインの方に向き直ると、彼は目に涙を浮かべていた。 ゼインは空笑いをして私を見る。「ティア様、泣きそうな顔で......僕を見ないでくださいよ......。死んじゃ......いないんですから......」「でも......」 つらそうな顔を見ているだけで胸が張り裂けそうなのだ。鼻を啜っていると、アルフレッドの手が私の肩に触れた。「死ぬような怪我じゃない。痛いけどな」「うん」「そこで......納得しないでください......!」 アルフレッドが言うなら大丈夫だろうと頷くと、何故かゼインに泣きそうな顔をされてしまった。 アルフレッドは顎に手を当て、何かを考える。「この島からの離陸は、一週間後に延期だ」「いや......それは、流石に危険じゃ――」「レインの回復が最優先だ。この船の責任者として、航空士に無茶はさせられない」 アルフレッドは言い切ると、静かに瞼を閉じた。きっと、もうこの判断は覆らないだろう。「すみません」 ゼインの小さな謝罪が部屋に響いた。 ゼインが謝ることではないのに。なんだか悔しくて、唇を噛んだ。 一週間もの間、正体がバレずに済むのか――私には不安しか残らなかった。窓の外からこちらを見るカモメが、絶対に逃さないぞと私たちを脅しているようでもあった。 次の話触れる3›