ホーム›王女だった私は空を渡る›踏み出す1
← 次の話目次前の話 →

踏み出す1

 考えてもいなかったパンやサラダといった質素な食事を摂り、揺れる船内でベッドに入る。とても眠れたものではなかった。
 目の下にクマを作った翌日も、空は一様に晴れ渡っている。窓から見るだけでもデッキが快適そうなのが分かった。デスクに置いてあった白いリボンを見つけ、そっと手に取る。借りる許可は取らなくても平気だろう。勝手にそう結論づけた。髪を一つに束ね、デッキに続く階段を駆け上がる。

「相変わらず、風が強いなぁ」

 船首へと足を向け、風に煽られながら前へと進んでいく。そこには先客がいた。

「アルフレッド。おはようございます」

「......ああ、メヌエッタ殿下。おはようございます」

 その表情は海の底へ沈んだかのように暗い。

「何かあったのですか?」

「メヌエッタ殿下もお聞きになりますか?」

 アルフレッドの手には携帯ラジオが握られている。

「国王陛下の声明です」

 時折、砂嵐の混ざるような不快な音を放ち、聞き慣れた父王の声が聞こえてくる。

「我が娘、メヌエッタが昨日、事故死を遂げた。葬儀は明日、執り行うものとする。なお、この事故でメヌエッタを連れ出した者は特定している。重要指名手配犯として公表し、国内外を問わず捜索するものとする。その者の名は――」

 そこでアルフレッドはスイッチを切ってしまった。自分の名を聞くのが恐ろしいのだろう。

「この放送が繰り返し流れています。俺はもう、どうしたら良いのか......」

「ま、何とかなるでしょう」

「え?」

 確証はないし、自信がある訳でもない。でも、気落ちしていても何も始まらないのだ。

「私はこうして生きております。私の姿を国民に見せれば、きっとお父様の出まかせだと信じてもらえるでしょう」

 不安を吹き飛ばすように笑ってみせると、アルフレッドはぽかんと口を開けた。

「何とかなるものですか?」

「はい。王女の言葉を信じないでどうするのです」

 さらに、自分の胸を拳で叩いてみせる。そんなことをしていると、ゼインものんびりとやってきた。

「アルフレッド様、メヌエッタ殿下。おはようございます」

 言いながら、うんと背伸びをする。

「ゼイン、どうしてくれる」

「何がですか?」

 答える気力もないのか、アルフレッドは大きな溜め息を吐いた。それを見て、ゼインは首を傾げる。

「うーん、とりあえず前方を見てください。グライゼル島が見えてきましたよ」
 
 その一言に胸が躍る。
 踵を返して船の進行方向に目をやった。上から眺めたその島は村が点在しており、その他は森林で埋め尽くされている。その中央部に、一際大きな屋敷が存在感を放っていた。あれがグライゼル侯爵邸に違いない。

「大きなお屋敷ですのね」

「王宮にはかないませんよ」

 アルフレッドは苦笑いをしながら、屋敷を眺めていた。

「父上に何と言われることか......」

「小言なんて日常茶飯事じゃないですか」

「今回は大言だ」

 アルフレッドとゼインの会話に疑問が残る。アルフレッドは父との仲が良くないのだろうか。まあ、考えてみたところで私には口出しの出来ない領域だ。深堀りするのは止そう。

「デイビッドにも茶化されるだろうな」

「それも日常茶飯事です」

 アルフレッドは髪を掻き上げ、細い息を吐く。その仕草が一々色っぽい。

「デイビッドとは誰なのです?」

「俺の弟です」

 なるほど、アルフレッドには兄弟がいるらしい。私には兄弟がいないので少し羨ましいな、と手に力が入った。

「どんな方たちなのでしょう。お話するのが楽しみです」

 想像するだけでも楽しみは増加していく。アルフレッドの苦笑いは気にしないことにした。

「では、着陸の準備をしてきますね。一応、衝撃に備えてください」

 ゼインは片手を振り、船内へと戻っていく。途中で躓いたのを目撃したけれど、ツッコミは入れないでおいた。
 飛行船はゆっくりと地面に近付いていく。侯爵邸の真横につけると、垂直に降り立った。
 これでやっと地面に触れられる。揺れっぱなしで頭が若干痛くなってしまっていたのだ。駆け足でタラップへと向かい、足踏みをする。

「早くタラップを降ろしてください!」

 私の声に応答するように、タラップが接地される。それを駆け下り、何度か深呼吸をした。

「はぁー! 良い空気!」

 王宮島の空気とはだいぶ違う。グライゼル島の空気は草花の香りを含んでいるのだ。
 アルフレッドとゼインも飛行船を降り、微笑を見せる。

「帰ってきたな」

「はい」

 森の傍らには黄色い小花が無数に咲いている。遠くからせせらぎの音も聞こえるので、小川でも流れているのだろう。自然豊かで美しい島だ。
 大の字で寝転がりたくなるところを堪え、小鳥の鳴き声に耳を澄ます。

「メヌエッタ殿下? 行きますよ?」

「あっ......お待ちになって!」

 屋敷の入口に向かうアルフレッドとゼインに遅れを取ってしまった。慌てて駆け出したせいで、またパニエを踏んでしまう。
 
「きゃっ!」

 両手を伸ばし、大地に滑り込む形で転んだ。手の平と膝がじんじんと痛む。

「メヌエッタ殿下、大丈夫ですか?」

「多分......」

 差し出されたアルフレッドの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。なんと、折角のピンクのドレスが泥や草で汚れてしまっていた。まあ、衣装は借りれば何とかなるだろう。

「後でドレスを貸してください」

 アルフレッドに申し訳なく上目遣いで訴えてみると、何故かアルフレッドは「うーん......」と唸り声を上げる。

「ドレスなんてあったかな」

「メイド服ならありますよ! 貸してあげましょう」

「王女殿下にメイド服なんて着せられないだろう!」

「ええ......」

 呆れの眼差しを向けるアルフレッドに、ゼインはしょんぼりと肩を落とす。
 着られる物なら何でも良いのだけれど、そこはアルフレッドに任せよう。
 泥だらけのまま、アルフレッドがドアノッカーを叩くのを見守る。ほどなくして、エントランスの扉が蝶番の音と共に開かれた。
シェア
前の話 →
翔ける2
← 次の話
踏み出す2
王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

踏み出す1

 考えてもいなかったパンやサラダといった質素な食事を摂り、揺れる船内でベッドに入る。とても眠れたものではなかった。
 目の下にクマを作った翌日も、空は一様に晴れ渡っている。窓から見るだけでもデッキが快適そうなのが分かった。デスクに置いてあった白いリボンを見つけ、そっと手に取る。借りる許可は取らなくても平気だろう。勝手にそう結論づけた。髪を一つに束ね、デッキに続く階段を駆け上がる。

「相変わらず、風が強いなぁ」

 船首へと足を向け、風に煽られながら前へと進んでいく。そこには先客がいた。

「アルフレッド。おはようございます」

「......ああ、メヌエッタ殿下。おはようございます」

 その表情は海の底へ沈んだかのように暗い。

「何かあったのですか?」

「メヌエッタ殿下もお聞きになりますか?」

 アルフレッドの手には携帯ラジオが握られている。

「国王陛下の声明です」

 時折、砂嵐の混ざるような不快な音を放ち、聞き慣れた父王の声が聞こえてくる。

「我が娘、メヌエッタが昨日、事故死を遂げた。葬儀は明日、執り行うものとする。なお、この事故でメヌエッタを連れ出した者は特定している。重要指名手配犯として公表し、国内外を問わず捜索するものとする。その者の名は――」

 そこでアルフレッドはスイッチを切ってしまった。自分の名を聞くのが恐ろしいのだろう。

「この放送が繰り返し流れています。俺はもう、どうしたら良いのか......」

「ま、何とかなるでしょう」

「え?」

 確証はないし、自信がある訳でもない。でも、気落ちしていても何も始まらないのだ。

「私はこうして生きております。私の姿を国民に見せれば、きっとお父様の出まかせだと信じてもらえるでしょう」

 不安を吹き飛ばすように笑ってみせると、アルフレッドはぽかんと口を開けた。

「何とかなるものですか?」

「はい。王女の言葉を信じないでどうするのです」

 さらに、自分の胸を拳で叩いてみせる。そんなことをしていると、ゼインものんびりとやってきた。

「アルフレッド様、メヌエッタ殿下。おはようございます」

 言いながら、うんと背伸びをする。

「ゼイン、どうしてくれる」

「何がですか?」

 答える気力もないのか、アルフレッドは大きな溜め息を吐いた。それを見て、ゼインは首を傾げる。

「うーん、とりあえず前方を見てください。グライゼル島が見えてきましたよ」
 
 その一言に胸が躍る。
 踵を返して船の進行方向に目をやった。上から眺めたその島は村が点在しており、その他は森林で埋め尽くされている。その中央部に、一際大きな屋敷が存在感を放っていた。あれがグライゼル侯爵邸に違いない。

「大きなお屋敷ですのね」

「王宮にはかないませんよ」

 アルフレッドは苦笑いをしながら、屋敷を眺めていた。

「父上に何と言われることか......」

「小言なんて日常茶飯事じゃないですか」

「今回は大言だ」

 アルフレッドとゼインの会話に疑問が残る。アルフレッドは父との仲が良くないのだろうか。まあ、考えてみたところで私には口出しの出来ない領域だ。深堀りするのは止そう。

「デイビッドにも茶化されるだろうな」

「それも日常茶飯事です」

 アルフレッドは髪を掻き上げ、細い息を吐く。その仕草が一々色っぽい。

「デイビッドとは誰なのです?」

「俺の弟です」

 なるほど、アルフレッドには兄弟がいるらしい。私には兄弟がいないので少し羨ましいな、と手に力が入った。

「どんな方たちなのでしょう。お話するのが楽しみです」

 想像するだけでも楽しみは増加していく。アルフレッドの苦笑いは気にしないことにした。

「では、着陸の準備をしてきますね。一応、衝撃に備えてください」

 ゼインは片手を振り、船内へと戻っていく。途中で躓いたのを目撃したけれど、ツッコミは入れないでおいた。
 飛行船はゆっくりと地面に近付いていく。侯爵邸の真横につけると、垂直に降り立った。
 これでやっと地面に触れられる。揺れっぱなしで頭が若干痛くなってしまっていたのだ。駆け足でタラップへと向かい、足踏みをする。

「早くタラップを降ろしてください!」

 私の声に応答するように、タラップが接地される。それを駆け下り、何度か深呼吸をした。

「はぁー! 良い空気!」

 王宮島の空気とはだいぶ違う。グライゼル島の空気は草花の香りを含んでいるのだ。
 アルフレッドとゼインも飛行船を降り、微笑を見せる。

「帰ってきたな」

「はい」

 森の傍らには黄色い小花が無数に咲いている。遠くからせせらぎの音も聞こえるので、小川でも流れているのだろう。自然豊かで美しい島だ。
 大の字で寝転がりたくなるところを堪え、小鳥の鳴き声に耳を澄ます。

「メヌエッタ殿下? 行きますよ?」

「あっ......お待ちになって!」

 屋敷の入口に向かうアルフレッドとゼインに遅れを取ってしまった。慌てて駆け出したせいで、またパニエを踏んでしまう。
 
「きゃっ!」

 両手を伸ばし、大地に滑り込む形で転んだ。手の平と膝がじんじんと痛む。

「メヌエッタ殿下、大丈夫ですか?」

「多分......」

 差し出されたアルフレッドの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。なんと、折角のピンクのドレスが泥や草で汚れてしまっていた。まあ、衣装は借りれば何とかなるだろう。

「後でドレスを貸してください」

 アルフレッドに申し訳なく上目遣いで訴えてみると、何故かアルフレッドは「うーん......」と唸り声を上げる。

「ドレスなんてあったかな」

「メイド服ならありますよ! 貸してあげましょう」

「王女殿下にメイド服なんて着せられないだろう!」

「ええ......」

 呆れの眼差しを向けるアルフレッドに、ゼインはしょんぼりと肩を落とす。
 着られる物なら何でも良いのだけれど、そこはアルフレッドに任せよう。
 泥だらけのまま、アルフレッドがドアノッカーを叩くのを見守る。ほどなくして、エントランスの扉が蝶番の音と共に開かれた。
シェア
次の話踏み出す2
王女だった私は空を渡る作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません