ホームあこがれの後輩と映画デートを楽しみにしてたら私服がゴツめカワウソで告白しづらい話本文
目次

本文

 あこがれの後輩と映画デートをする。

 "先輩”の間違いでは? というツッコミには答えてあげるが世の情け。

 あこがれの後輩こと成瀬川なるせがわ ドラゴンフルーツは、今をときめくA級Vライバー様だ。
 アプリでデビュー三ヶ月にしてあっという間に上位の激戦区に食い込み、鯉の滝登りのように今まさにSランク帯へ殴り込もうとしている新進気鋭の売れっ子だ。

 とはいえ、それ一本で生活しているわけでもなくて、私とは同じ会社の先輩と後輩(ただし部署がちがう)という関係にあたる。

 成瀬川ドラゴンフルーツ(※本名は諸事情により伏せる)は職場でもシゴデキ、ルックスもパフォーマンスもコンプライアンスも兼ね揃えている。
 かくいう私も同じく配信三年目のVライバー『渡良瀬川わたらせがわ しずく』としてじつは活動している。

 同じ"瀬川”を活動名に含むことでSNS上で知り合い、配信アプリで交流の末、じつは同じ職場の先輩後輩でしたというちょっとした奇跡からあれよあれよと仲良くしていただいている。

 ――で、単刀直入にいえば、私は成瀬川ドラゴンフルーツこと後輩に恋している。
 かれこれ一年以上は交友関係があるので性癖の一致は確認している。同性との恋愛については問題がない。

 問題があるとすれば、あちらはがっつり投げ銭をもらっているA級配信者であり、成瀬川ドラゴンフルーツに大なり小なり恋心をいだくのはリュー民(ファンネーム)ならば自然の摂理。その人気者を、パッとしないC級Vライバーの女がガチ恋でリアルデートしてるのはだれかに処されても不思議でない。

 つまり、成瀬川ドラゴンフルーツと渡良瀬川しずくはいわゆる『百合営業』としてリュー民公認でゆるされているが、正式な恋愛関係には至っていないというのが現状まとめ。

 もちろん炎上は困るのキモチ。
 いつまでも現状維持もイヤのキモチ。

 結論――今日こそ告白する。
 あこがれの後輩ちゃんに告白する。

 告白するぞ!!
 我、告白するぞ!!

 ホントに告白しちゃるからな! しろよ私!!

 ――等と、意気込んでいると待ち合わせの噴水前にやってきた後輩ときたら。

 エッ。
 エッ。

 エッ!!! と浅ましい劣情を(いつものように)炸裂させたくなる素敵な笑顔、女子中学生と見まがうようなちまっこくて華奢なお姿であらせられる。わたしが一寸法師なら鬼を百烈針で針山地獄に落としてでも嫁にめとりたい。それが成瀬川ドラゴンフルーツ受肉顕現体である後輩ちゃん。

 そのカジュアルな普段着の、Tシャツ。
 私の『エッ』を一刀両断する、ヤツがいた。

 それはまぎれもなく、ヤツだった。

 ゴツめカワウソ。挿絵

 ゴツめカワウソ。
 ゴツめカワウソ。

 何度見たって、それはどうみてもゴツめのカワウソだった。
 愛くるしいアニマルフェイスのカワウソに、世紀末格闘王のようなゴツいボディーという流行りのキャラ、ゴツめカワウソだ。

 インパクト絶大な、意味不明なキャラが絶世の美女の胸元に居座っている――!
 オシャレな絶品ドーナツの真ん中の穴に、なぜか梅干しがすっぽりハマってるような感覚が私を襲った。

「わたーら先輩! おまたせ! まにあった?」

「全然! そ、それより、なるちゃん、それって」

「ん? ああ」

 天使は無垢に微笑んだ。

「かわいいでしょ!」

「ウン、カワイイデスネ」

 わたしは自我を放棄した。
 うるせえ!! 成瀬川ドラゴンフルーツがかわいいといったらコレはかわいいんだよ、と。
 しかし人間性の喪失を瞬時に行えるほど私はまだ執拗な毒沼に慣れ親しんでいないので、すぐに疑問が蘇ってきた。

 かわいいって何だっけ。
 もしかして、今日のデート中、ずっと後輩はこれを着てるのだろうか。
 素敵な昼食も、ドキドキの映画館も、あれにもこれにもそれにも、やつがいるのか。

 ゴツめカワウソ。

 ここにもゴツめカワウソ。

 あそこにもゴツめカワウソ。

 そこにもゴツめカワウソ。

 ずっとこの神話生物すらをも殴り殺しそうな怪人に監視されて過ごすのか。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 魔人ゴツメカワウソのつぶらな瞳が強烈なプレッシャーを放っている。

「デートにどれ着ていこうかな、ってリュー民のみんなに相談したら"やっぱ普段通りの自然体、一番好きな服がいいよ”って。それでこれにしたの」

「へ、へぇ......」

 リュー民のみんな、ごめん。
 てめぇら敵だわ。

 刺客を送り込んできたのか。こいつはボディーガードか。
 私という邪悪な魔女からお姫様を護る騎士か。
 それともターミネーターか。

 心を打ち砕かれそうになるけれど、私は負けない。

「あ、早く映画に行きましょうわたーら先輩!」

 スマホで時刻を確認した後輩は、まだ余裕があるはずなのに、よほど楽しみにしてたのかあわててその場でタタタと小走りを刻む。
 なにそのあざとさ。

「そだ! チケット代は払いますけど、代わりに入場特典ください! おにゃしゃす!」

「それはいいけど......そもそもなんの映画なのやら」

「ほら行きますよ!」

 そうして10分余り余裕をもって、事前予約の映画館に辿り着き、そして入場特典をもらって気づく。
 わたしがこれから見る映画は――。

『劇場版 ごつかわ』

 だった。
 恋愛要素のれの字もなく、かわいいと筋肉でいっぱいの、そして悲しくも美しい物語がそこにあった。

 ごつくてかわいいやつら。

 夢中になって映画にハマっている後輩ちゃん。
 当然のように劇場のちびっこも大人もハマっている。
 なんならわたしも、流行するだけはある迫真の筋肉に手に汗を握っていた。
 悔しいが、ちょっとだけ、ゴツめカワウソを認めてしまった――。

「あー、楽しかった!! 映画みてきた報告していい!?」

「もちのろん」

「わーい! ふぇっへっへっ、どーほーこくしたろーかねぇ」

 クレープ屋で映画のコラボメニューを食べつつ、後輩ちゃんはSNSとにらめっこ。
 配信者である以上、スマホが手放せないのはわかりすぎるのでそこに不満はない。なんなら私もその投稿によき♡を押してる。

 スキに夢中になっている成瀬川ドラゴンフルーツはかわいいに過ぎる。
 きらきら輝いている。
 私には無いものだ。

 『渡良瀬川しずく』という無難なネームセンスに比べて、あっちは『成瀬川ドラゴンフルーツ』と型破りで明るく、面白い。
 路傍の石めいた私は、成瀬川ドラゴンフルーツにもゴツめカワウソにもなれそうにない。
 比べてどうにかなるものでもないのに、なんだか、くじけそうになってきた。

 ダメだ。
 今夜は当然、後輩は配信をやる。
 映画の余韻に浸っている後輩ちゃんの楽しい休日を、私の薄汚い感情をぶつけることで台無しにはできない。

 今日はダメだ。
 ゴツめカワウソには勝てそうにない。

 私は、成瀬川ドラゴンフルーツのTシャツになりたくてもなれない。
 ただのなかよしの、つまらない友達だ。

 その日、告白はできなかった。
 私は一介のリュー民として、配信を子守歌に眠りについた。







『――らせがわ――』

「......」

『わた――ずく――』

 夢の中、聴いたことのある声が語りかけてきた。

 ゴツめカワウソだ。



 とうとう夢にまで出てきやがった。
 告白をジャマした上、安眠妨害までしてくるなんて筋肉の風上にも置けない畜生だ。

 金の雲、銀の太陽、輝く空。
 まるでお釈迦様にでもなったような巨大なゴツめカワウソが語りかけてくる。

『渡良瀬川しずく。末僧まっそーはゴツめカワウソ。そなた、筋肉はたりているか。筋肉はいいぞ。投げ銭をもらうたびに筋トレを増やすんだ。筋肉がすべてを解決する。己の肯定感を上げ、健康になれる。筋肉を、筋肉を信じなさい』

『うるせぇこっちは百合営業リア恋でなやんでいるんだよこのガチムチ男!!!』

『渡良瀬川しずく、それは誤解だ』

『は?』

末僧まっそーは、メスである』

『はぁぁぁぁ!?』

『その証拠に、化粧も捨てたものではない』

 そうささやき、ゴツめカワウソはさささっと化粧した。
 ゴツめカワウソは、コスメカワウソになった。




 ――到底、化粧品会社とコラボするのは無理そうだった。

『末僧は、コスメカワウソである』挿絵

『ごめん。もう寝かせて......』

『渡良瀬川しずく。忘れるな。適度にタンパク質を取るのだ。運動をしろ。そして――』

『うるさい、もう寝る。ホント寝る』

『自分に自信を持て』

 翌日、わたしは気まぐれに罰ゲームに筋トレをやると宣言して配信で企画をやった。
 その一夜にして、罰ゲームは腹筋1000回を課せられた。

 よしAI、ゴツめカワウソの消し方をおしえて。
 アンサーは返ってこなかった。





 あこがれの後輩と映画デートをする。
 ループ展開ではない。映画特典の第二弾配布がはじまったせいだ。

 今時、同じ映画を二回も三回も観にいく人はそう珍しくもない。とくに特典つきだと。
 もしかすると私は、成瀬川ドラゴンフルーツにとって都合のいい便利な友達でしかないのかもしれない。

 それの否定材料は、あまりない。
 せいぜい、わたしのチケット代を払うよりは特典を直接ネットで買った方が安いので、純粋な特典目当てだけではなくて、最低でも"だれか友達といっしょに見たい”という都合だろうか。

 ついつい甘やかすように接してしまいがちなのは事実であるし、自分から誘ったりする勇気もロクにない。

『自分に自信を持て』

 誰にでもいえる、ごくありふれた言葉だ。
 夢の中でゴツめカワウソがえらそうに言わなくたって、そんな自己啓発はありふれている。

 自信過剰で痛い目みるやつだって多い。
 勇気と無謀を履き違えるとか、身の程知らずとか、相手の迷惑を考えないとか......。

 ――ああ、そうか。
 私がこのゴツめカワウソというキャラクターがスキになれない理由がわかった。
 例え、推してお慕いしてる後輩のこよなく愛するキャラだとて、私とこいつは本質として相容れないと、やっとわかった。

「んん? ぼんやりしてどうしたんですか、わたーら先輩」

「ごめん、なるちゃん、私ホントはこいつ嫌いみたい」

「こいつって、ゴツめカワウソ?」

 きょとんとする成瀬川ドラゴンフルーツ。
 その愛くるしい表情を、これから崩すことになるかもしれない。

 私は心苦しさをこらえて、正直に話す。

「映画、面白かった。けど、それだけ。私はゴツめカワウソに夢中にはならない。"大好き”までは偽りたくない。
 ゴツめカワウソは強くて、かっこよくて、やさしくて、かわ......いいかはさておき、とにかくね、自信にあふれすぎてて、なんかダメなのよ。
 こいつは"私の”じゃない」

「......そっか。じゃあ、映画、やめとく? ごめんね、気を遣わせてたんだね」

 気まずそうだ。
 無理もない。もっとよい言い方が選べればよかったけれど、私には思いつかなかった。
 でも、ちゃんと話すしかない。

「こんな私でよければ、今日の映画、いっしょに見たいわ。ゴツめカワウソは嫌いだけど、コイツに夢中になってるあなたの横顔を見てるのは楽しいから」

「くすっ。なにそれ、変態?」

「かもね」

 後輩の表情から実際なにを考えているか、までは読み取れない。
 いや、読み取らなくていい。いちいちおびえすぎだ。

 私は、自分に自信がなかった。
 悔しいが、ゴツめカワウソがそれを気づかせた。

「あー、でもよかった! もし、本当はゴツめカワウソ大好きだったらどうしようって思っててぇ~」

「うん?」

「だって、これで遠慮なく特典回収できます」

 私は思わず「あのねぇ」とあきれるが、後輩は舌をちろっと出しておどけた。
 そして映画を見終わった後、約束通りに特典を手渡した私は、そこから先はわがままを言うことにした。
 カフェを出て、次はどこへいこうかという道すがらで。

「あのさ、今夜の配信、おやすみにしてくれない?」

「ん? なぜなぜなーぜ?」

「今夜はディナーも食べて、夜景みたり、散歩したりしたい」

「でも、配信予定がもう入れて......」

 時間を奪え。
 大好きな人の、時間を奪え。

 遠慮をするな。
 自信を持て。

 その奪い去った時間を、私の都合で上書きするんだ。
 私はリュー民で終われない。
 私は先輩で終われない。

 私はゴツめカワウソに代わって、Tシャツになりたい。

 当たって砕けてBANになれのキモチでやれ。

「ハルカ、私のカノジョになってよ」

「――ッ!」

 不意に本名を呼ばれて、告白されてしまって。
 私のあこがれた後輩、成瀬川ドラゴンフルーツは流石に頭が真っ白になっていた。

 少なくとも、今この時ばかりは、そう、ゴツめカワウソのことなんて、ミリも心に無かったはずだ。

 ゴツめカワウソの消し方――。
 これが私のアンサーだ。
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あこがれの後輩と映画デートを楽しみにしてたら私服がゴツめカワウソで告白しづらい話作者:かげろー@物書きつね
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 あこがれの後輩と映画デートをする。

 "先輩”の間違いでは? というツッコミには答えてあげるが世の情け。

 あこがれの後輩こと成瀬川なるせがわ ドラゴンフルーツは、今をときめくA級Vライバー様だ。
 アプリでデビュー三ヶ月にしてあっという間に上位の激戦区に食い込み、鯉の滝登りのように今まさにSランク帯へ殴り込もうとしている新進気鋭の売れっ子だ。

 とはいえ、それ一本で生活しているわけでもなくて、私とは同じ会社の先輩と後輩(ただし部署がちがう)という関係にあたる。

 成瀬川ドラゴンフルーツ(※本名は諸事情により伏せる)は職場でもシゴデキ、ルックスもパフォーマンスもコンプライアンスも兼ね揃えている。
 かくいう私も同じく配信三年目のVライバー『渡良瀬川わたらせがわ しずく』としてじつは活動している。

 同じ"瀬川”を活動名に含むことでSNS上で知り合い、配信アプリで交流の末、じつは同じ職場の先輩後輩でしたというちょっとした奇跡からあれよあれよと仲良くしていただいている。

 ――で、単刀直入にいえば、私は成瀬川ドラゴンフルーツこと後輩に恋している。
 かれこれ一年以上は交友関係があるので性癖の一致は確認している。同性との恋愛については問題がない。

 問題があるとすれば、あちらはがっつり投げ銭をもらっているA級配信者であり、成瀬川ドラゴンフルーツに大なり小なり恋心をいだくのはリュー民(ファンネーム)ならば自然の摂理。その人気者を、パッとしないC級Vライバーの女がガチ恋でリアルデートしてるのはだれかに処されても不思議でない。

 つまり、成瀬川ドラゴンフルーツと渡良瀬川しずくはいわゆる『百合営業』としてリュー民公認でゆるされているが、正式な恋愛関係には至っていないというのが現状まとめ。

 もちろん炎上は困るのキモチ。
 いつまでも現状維持もイヤのキモチ。

 結論――今日こそ告白する。
 あこがれの後輩ちゃんに告白する。

 告白するぞ!!
 我、告白するぞ!!

 ホントに告白しちゃるからな! しろよ私!!

 ――等と、意気込んでいると待ち合わせの噴水前にやってきた後輩ときたら。

 エッ。
 エッ。

 エッ!!! と浅ましい劣情を(いつものように)炸裂させたくなる素敵な笑顔、女子中学生と見まがうようなちまっこくて華奢なお姿であらせられる。わたしが一寸法師なら鬼を百烈針で針山地獄に落としてでも嫁にめとりたい。それが成瀬川ドラゴンフルーツ受肉顕現体である後輩ちゃん。

 そのカジュアルな普段着の、Tシャツ。
 私の『エッ』を一刀両断する、ヤツがいた。

 それはまぎれもなく、ヤツだった。

 ゴツめカワウソ。挿絵

 ゴツめカワウソ。
 ゴツめカワウソ。

 何度見たって、それはどうみてもゴツめのカワウソだった。
 愛くるしいアニマルフェイスのカワウソに、世紀末格闘王のようなゴツいボディーという流行りのキャラ、ゴツめカワウソだ。

 インパクト絶大な、意味不明なキャラが絶世の美女の胸元に居座っている――!
 オシャレな絶品ドーナツの真ん中の穴に、なぜか梅干しがすっぽりハマってるような感覚が私を襲った。

「わたーら先輩! おまたせ! まにあった?」

「全然! そ、それより、なるちゃん、それって」

「ん? ああ」

 天使は無垢に微笑んだ。

「かわいいでしょ!」

「ウン、カワイイデスネ」

 わたしは自我を放棄した。
 うるせえ!! 成瀬川ドラゴンフルーツがかわいいといったらコレはかわいいんだよ、と。
 しかし人間性の喪失を瞬時に行えるほど私はまだ執拗な毒沼に慣れ親しんでいないので、すぐに疑問が蘇ってきた。

 かわいいって何だっけ。
 もしかして、今日のデート中、ずっと後輩はこれを着てるのだろうか。
 素敵な昼食も、ドキドキの映画館も、あれにもこれにもそれにも、やつがいるのか。

 ゴツめカワウソ。

 ここにもゴツめカワウソ。

 あそこにもゴツめカワウソ。

 そこにもゴツめカワウソ。

 ずっとこの神話生物すらをも殴り殺しそうな怪人に監視されて過ごすのか。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 魔人ゴツメカワウソのつぶらな瞳が強烈なプレッシャーを放っている。

「デートにどれ着ていこうかな、ってリュー民のみんなに相談したら"やっぱ普段通りの自然体、一番好きな服がいいよ”って。それでこれにしたの」

「へ、へぇ......」

 リュー民のみんな、ごめん。
 てめぇら敵だわ。

 刺客を送り込んできたのか。こいつはボディーガードか。
 私という邪悪な魔女からお姫様を護る騎士か。
 それともターミネーターか。

 心を打ち砕かれそうになるけれど、私は負けない。

「あ、早く映画に行きましょうわたーら先輩!」

 スマホで時刻を確認した後輩は、まだ余裕があるはずなのに、よほど楽しみにしてたのかあわててその場でタタタと小走りを刻む。
 なにそのあざとさ。

「そだ! チケット代は払いますけど、代わりに入場特典ください! おにゃしゃす!」

「それはいいけど......そもそもなんの映画なのやら」

「ほら行きますよ!」

 そうして10分余り余裕をもって、事前予約の映画館に辿り着き、そして入場特典をもらって気づく。
 わたしがこれから見る映画は――。

『劇場版 ごつかわ』

 だった。
 恋愛要素のれの字もなく、かわいいと筋肉でいっぱいの、そして悲しくも美しい物語がそこにあった。

 ごつくてかわいいやつら。

 夢中になって映画にハマっている後輩ちゃん。
 当然のように劇場のちびっこも大人もハマっている。
 なんならわたしも、流行するだけはある迫真の筋肉に手に汗を握っていた。
 悔しいが、ちょっとだけ、ゴツめカワウソを認めてしまった――。

「あー、楽しかった!! 映画みてきた報告していい!?」

「もちのろん」

「わーい! ふぇっへっへっ、どーほーこくしたろーかねぇ」

 クレープ屋で映画のコラボメニューを食べつつ、後輩ちゃんはSNSとにらめっこ。
 配信者である以上、スマホが手放せないのはわかりすぎるのでそこに不満はない。なんなら私もその投稿によき♡を押してる。

 スキに夢中になっている成瀬川ドラゴンフルーツはかわいいに過ぎる。
 きらきら輝いている。
 私には無いものだ。

 『渡良瀬川しずく』という無難なネームセンスに比べて、あっちは『成瀬川ドラゴンフルーツ』と型破りで明るく、面白い。
 路傍の石めいた私は、成瀬川ドラゴンフルーツにもゴツめカワウソにもなれそうにない。
 比べてどうにかなるものでもないのに、なんだか、くじけそうになってきた。

 ダメだ。
 今夜は当然、後輩は配信をやる。
 映画の余韻に浸っている後輩ちゃんの楽しい休日を、私の薄汚い感情をぶつけることで台無しにはできない。

 今日はダメだ。
 ゴツめカワウソには勝てそうにない。

 私は、成瀬川ドラゴンフルーツのTシャツになりたくてもなれない。
 ただのなかよしの、つまらない友達だ。

 その日、告白はできなかった。
 私は一介のリュー民として、配信を子守歌に眠りについた。







『――らせがわ――』

「......」

『わた――ずく――』

 夢の中、聴いたことのある声が語りかけてきた。

 ゴツめカワウソだ。



 とうとう夢にまで出てきやがった。
 告白をジャマした上、安眠妨害までしてくるなんて筋肉の風上にも置けない畜生だ。

 金の雲、銀の太陽、輝く空。
 まるでお釈迦様にでもなったような巨大なゴツめカワウソが語りかけてくる。

『渡良瀬川しずく。末僧まっそーはゴツめカワウソ。そなた、筋肉はたりているか。筋肉はいいぞ。投げ銭をもらうたびに筋トレを増やすんだ。筋肉がすべてを解決する。己の肯定感を上げ、健康になれる。筋肉を、筋肉を信じなさい』

『うるせぇこっちは百合営業リア恋でなやんでいるんだよこのガチムチ男!!!』

『渡良瀬川しずく、それは誤解だ』

『は?』

末僧まっそーは、メスである』

『はぁぁぁぁ!?』

『その証拠に、化粧も捨てたものではない』

 そうささやき、ゴツめカワウソはさささっと化粧した。
 ゴツめカワウソは、コスメカワウソになった。




 ――到底、化粧品会社とコラボするのは無理そうだった。

『末僧は、コスメカワウソである』挿絵

『ごめん。もう寝かせて......』

『渡良瀬川しずく。忘れるな。適度にタンパク質を取るのだ。運動をしろ。そして――』

『うるさい、もう寝る。ホント寝る』

『自分に自信を持て』

 翌日、わたしは気まぐれに罰ゲームに筋トレをやると宣言して配信で企画をやった。
 その一夜にして、罰ゲームは腹筋1000回を課せられた。

 よしAI、ゴツめカワウソの消し方をおしえて。
 アンサーは返ってこなかった。





 あこがれの後輩と映画デートをする。
 ループ展開ではない。映画特典の第二弾配布がはじまったせいだ。

 今時、同じ映画を二回も三回も観にいく人はそう珍しくもない。とくに特典つきだと。
 もしかすると私は、成瀬川ドラゴンフルーツにとって都合のいい便利な友達でしかないのかもしれない。

 それの否定材料は、あまりない。
 せいぜい、わたしのチケット代を払うよりは特典を直接ネットで買った方が安いので、純粋な特典目当てだけではなくて、最低でも"だれか友達といっしょに見たい”という都合だろうか。

 ついつい甘やかすように接してしまいがちなのは事実であるし、自分から誘ったりする勇気もロクにない。

『自分に自信を持て』

 誰にでもいえる、ごくありふれた言葉だ。
 夢の中でゴツめカワウソがえらそうに言わなくたって、そんな自己啓発はありふれている。

 自信過剰で痛い目みるやつだって多い。
 勇気と無謀を履き違えるとか、身の程知らずとか、相手の迷惑を考えないとか......。

 ――ああ、そうか。
 私がこのゴツめカワウソというキャラクターがスキになれない理由がわかった。
 例え、推してお慕いしてる後輩のこよなく愛するキャラだとて、私とこいつは本質として相容れないと、やっとわかった。

「んん? ぼんやりしてどうしたんですか、わたーら先輩」

「ごめん、なるちゃん、私ホントはこいつ嫌いみたい」

「こいつって、ゴツめカワウソ?」

 きょとんとする成瀬川ドラゴンフルーツ。
 その愛くるしい表情を、これから崩すことになるかもしれない。

 私は心苦しさをこらえて、正直に話す。

「映画、面白かった。けど、それだけ。私はゴツめカワウソに夢中にはならない。"大好き”までは偽りたくない。
 ゴツめカワウソは強くて、かっこよくて、やさしくて、かわ......いいかはさておき、とにかくね、自信にあふれすぎてて、なんかダメなのよ。
 こいつは"私の”じゃない」

「......そっか。じゃあ、映画、やめとく? ごめんね、気を遣わせてたんだね」

 気まずそうだ。
 無理もない。もっとよい言い方が選べればよかったけれど、私には思いつかなかった。
 でも、ちゃんと話すしかない。

「こんな私でよければ、今日の映画、いっしょに見たいわ。ゴツめカワウソは嫌いだけど、コイツに夢中になってるあなたの横顔を見てるのは楽しいから」

「くすっ。なにそれ、変態?」

「かもね」

 後輩の表情から実際なにを考えているか、までは読み取れない。
 いや、読み取らなくていい。いちいちおびえすぎだ。

 私は、自分に自信がなかった。
 悔しいが、ゴツめカワウソがそれを気づかせた。

「あー、でもよかった! もし、本当はゴツめカワウソ大好きだったらどうしようって思っててぇ~」

「うん?」

「だって、これで遠慮なく特典回収できます」

 私は思わず「あのねぇ」とあきれるが、後輩は舌をちろっと出しておどけた。
 そして映画を見終わった後、約束通りに特典を手渡した私は、そこから先はわがままを言うことにした。
 カフェを出て、次はどこへいこうかという道すがらで。

「あのさ、今夜の配信、おやすみにしてくれない?」

「ん? なぜなぜなーぜ?」

「今夜はディナーも食べて、夜景みたり、散歩したりしたい」

「でも、配信予定がもう入れて......」

 時間を奪え。
 大好きな人の、時間を奪え。

 遠慮をするな。
 自信を持て。

 その奪い去った時間を、私の都合で上書きするんだ。
 私はリュー民で終われない。
 私は先輩で終われない。

 私はゴツめカワウソに代わって、Tシャツになりたい。

 当たって砕けてBANになれのキモチでやれ。

「ハルカ、私のカノジョになってよ」

「――ッ!」

 不意に本名を呼ばれて、告白されてしまって。
 私のあこがれた後輩、成瀬川ドラゴンフルーツは流石に頭が真っ白になっていた。

 少なくとも、今この時ばかりは、そう、ゴツめカワウソのことなんて、ミリも心に無かったはずだ。

 ゴツめカワウソの消し方――。
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