ガール・ミーツ・キング
出会いの物語
ガール・ミーツ・キング
「──特異災害警報が発令されました。直ちにお近くの避難シェルターか建物の中に避難してください。繰り返します。特異災害警報が──」
疲れ果てたバイトの帰り道、町中に耳をつんざくサイレンと警告が鳴り響いた。手元の携帯もそれと同じ内容を繰り返しながら、けたたましく明滅する。またか、と思いながら携帯の警報画面をタップすると、近隣の避難所情報が表示された。
よくあることだった。何年前だか忘れたけど、とにかく私が産まれる少し前から、真っ黒いおばけみたいなバケモノ(ちゃんとした名前は別にあるらしいけど、みんなバケモノって呼んでる)が現れて、世界中で人を襲い始めて、それが特異災害なんて呼ばれるようになったらしい。
漫画みたいな話で大騒ぎだったらしいけど、いつしか地震とか台風くらいの感覚で扱われるようになってた。最初はそりゃ大事で死傷者もいっぱい出たけど、警察や自衛隊が頑張って対策をしたから、少なくとも日本では死人は滅多に出ないし......警報が鳴ってのんびり避難しても間に合うくらいには色々整備されてる。
だから、今日も面倒なことになったな、くらいの気持ちで、近所の避難所に向かって歩き始めた。周囲には同じく避難を目指す人の流れができていて、私も何人かに囲まれるような形になっていた。
その中のとある会社員がこれから会議だったのにとぼやく声とか、とある子供が「早く帰りたい!」と母親に駄々をこねる声だとかが、なんとなく間延びした空気感を醸し出している。相変わらず鳴り続ける警報のサイレンとは裏腹に。
行儀悪いかもしれないけど、私は施設育ちで家族がいなかったから、こういう日常的な会話をこっそり聞くと、自分も「普通」の子になれる気がして、ちょっと好きだった。駄々をこねる子を窘める母親のお説教とか、ついつい耳をそばだててしまう。あ、今ちょっと子供がわがまま言いすぎて本気で怒られてる......
お母さんの怒声に思わず親子の方を向くと、子供がと目が合った。
ばつが悪くて目をそらす。でも、あの子、私を見た時ちょっと怖がったな、と思う。こっそり横目でその子の様子を確認すると。やはり怯えたような感じで、お母さんの腰にしがみついて大人しく歩いているみたい。
女にしては背が高くて髪の色も明るいから、ヤンキーみたいと怖がられるけど、地毛だしやっぱり傷つくな......なんて、少しだけ気分が沈んで歩調も遅くなった。
すると、微かになにか聞こえてきた。
気のせいかと思って一瞬立ち止まった。喧騒に紛れて小さくだけど確かに聞こえる。女の子の泣き声。
避難所とは反対側にある、近所の大きい公園の方から聞こえてくるような気がした。周りの人は気づいてるのか気づいていないのか、なんとも言えない表情で歩き続けてる。
バイト帰りの夕方、しかも警報が出て歩きっぱなしで疲れてるけど、放っておけなかった。踵を返して公園に向かった。
警報のサイレンはいつの間にか聞こえなくなっていた。
この公園はちょっとした林みたいで、普段なら子供たちやランニングする人達で騒がしいのに今は静まり返っている。太陽もかなり沈んで木々が真っ黒に見えて、不気味で仕方なかった。でも公園に来てみたらやっぱり泣き声がする。そして泣き声のさなかに一生懸命こう叫んでいた。
「誰か......誰か......」
こんなにはっきり声が聞こえるまで近づけた。多分......今歩いてるランニングコースから少し外れた......トイレとか自販機とかある開けたあたりにいるはずだ。その方向に向かって走り出す。
「ねえ!誰かいるの?」
目当ての場所にたどり着いて思いっきり叫ぶと、一瞬声が止んだ。もう一回話しかけてみる。
「あ......怪しい人じゃないよ、迷子がいるのかなって、その......助けに来た!誰かいるんでしょ?!」
すると、公衆トイレの小屋の影から、ひょっこりと小さい女の子が出てきた。その子を見て思わず息を飲んだ。つやつやの黒い髪は自然と縦ロールになっていて、茶色の......まるでくるみの色の瞳は涙で濡れて光ってる。とんでもない美少女だ。陳腐な表現だけどまさに「お人形さん」みたいだった。
「......助けてくれるの......?」
「うん!とにかく行くよ!」
私の腰までくらいしかない小さい子。こんな小さい子が一人なんて怖かったでしょ、なんて声をかけて安心させれば良かったけど、そうも言ってられない。もう警報が鳴りはじめてから二十分は経ってる。私は必死にその子を抱き抱えて、避難所の方向に走り出した。
あたりはすっかり暗くなってて嫌な雰囲気が漂っていた。確か警報はだいたいバケモノの情報だかをキャッチして、やつらが出る二十分前に発令されるから......もう結構危ないってことになる。いつ出くわしてもおかしくない。
「ねえ」
恐怖を誤魔化そうとして、走りながらも女の子に話しかけた。少しビクッとした感じだけど、女の子は私の目を見てくれる。
「名前はなんて言うの?」
女の子は、蚊の鳴くような声で言った。
「......くるみ」
(......くるみちゃん)
驚いた。くるみの色の綺麗な目の女の子だと思ったら、名前がくるみちゃんだったとは。
「あの、さ、親......保護者の人とかいないの?迷子?」
「いない。迷子じゃないの。お母さんとお父さんは......」
その声を遮って、私たちの真後ろからとてつもない音がした。
ドカン、と、音というより衝撃といったほうがいいかもしれない。心拍数が跳ね上がるのが分かる。くるみちゃんがか細い悲鳴をあげる。
あまりのショックに転びかけたのを何とか立て直して後ろを見ると、バケモノがいた。
今まではすぐ避難してたから、バケモノを生で見るのは初めてだった。ニュースのテレビ画面越しでしか見たことない。怖い。思考がまとまらない。
それは黒い。
それは怖い。
それは危ない。
それは痛い。
それは嫌だ。
もやもやした何かを纏った黒い影......人型のもいるし、なんかその後ろに大きい犬みたいなのもいるし......絶対に、絶対に離れなきゃ、と全身が警告してる。鳥肌が立って髪も逆立って頭に血が上る。いやだ、と思う。
本当に気持ち悪い。あいつらに目はないけどあいつらが「私たちを見ている」ってのはわかる。
私たちを殺そうとしてる。
震えて仕方ない脚を何とか前に出した。とにかく逃げなきゃ。
もう一度走り出すと、あいつらは追いかけてきた。
くるみちゃんは大きな泣き声をだす。仕方もない。あんなの怖すぎる。逃げなきゃ。逃げなきゃ。
全力で走る。あいつらはそんな私たちをゆっくり追いかけてる。でも私とあいつらの距離は離れない。今にも追いつかれそうな距離感であいつらずっとついてくる。
カチャ、カチャとあいつらから音がする。刀?鎧?みたいな影がさっき見えた。切られて死ぬなんて絶対嫌。
息が続かない。脚が痛い。そうして走ってると、じわじわと距離が縮まってるのがわかる。嫌だとしか言えない。でも力を振り絞るしかない。やるしかない。
「くるみちゃん!走れる?!」
半ば怒鳴り声だった。驚いた様子のくるみちゃんは小さく頷く。
「このまま真っ直ぐ......まっすぐ、いけば、避難所!避難所あるの!おっきい体育館!」
息が切れて上手く喋れない。
「くるみちゃんはそこに行って、逃げて!」
「でも!おねえさん」
「私は、何とかするから!」
子供は大人に守られるもの。
この子を助けなくちゃならない。
この辺は住宅街で路地が込み入ってるから、大人の足なら撒けるかもしれない。
もう一度気合いを入れ直して走って、すこしあいつらとの距離が離れたタイミングでくるみちゃんを下ろした。
「くるみちゃん!行って!」
「......はい!」
くるみちゃんは怯えているが、芯が強いようだった。きりっと返事をするとまっすぐ夜道を駆けていく。その背中を見届けて、私はやつらに向き直った。
「......狙うなら私だよ!」
そう吐き捨てて、右側の路地に走り出す。案の定、やつらは離れたくるみちゃんより近くにいる私を狙って追いかけてくる。
見通しが甘かったみたい。
あいつらはまるで狩りを楽しむみたいに私を追い詰める。多分すぐにでも追いつけるはずなのにそうしない。私が少しもたついたら足を緩めて、持ち直したらまた速度を上げて追いかけてくる。
限界だった。
くるみちゃんを助けてからもう十分か十五分は走り続けてる。持久走ならともかく敵から逃げるための全力疾走だし、緊張も相まって、体の限界はとっくに来ていた。
何度目か分からない曲がり角を曲がると行き止まり。民家に続くだけの細い細い路地に辿り着いてしまった。
あ、と思った。
意外と、もっと悲観的になるのかと思ったけど、ほんとに死の危険が迫ると、あっ、て、これで終わりかなって、そんな呆気ない感覚に襲われる。
ゆっくり振り返るとやっぱりあいつらがいる。真っ黒で、カチャカチャ音を立てて......よく見たらやっぱり鎧みたい。刀とかも見える気がする。真っ黒だけど。
ものすごく嫌で怖くて心臓もうるさい。それなのに何故か他人事に見える。私を私が空から見下ろしてるような感覚がある。
カチャ、と黒い影が、あいつらが私に近づく。
もうダメだ。
でもダメなら、ここでダメだからって、無惨に殺されるだけ?
そんなのは嫌だ。試しに殴ってみよう。意外と行けるかも。もう何にでもなっちゃえ。どうせ死ぬんだし。きっとあの子は守れたし。
完全なやけっぱちだけど、何もしないよりマシ。
覚悟を決めた。でもそれを悟らせてはいけない。茫然自失。希望を失って、そんな顔であいつらを見つめる。あいつらが一歩また近づく。まだ、もう一歩。
今だ。
一歩踏み込んだら、案の定不意をつけたみたい。
一番前の人型のバケモノの顎っぽいとこを全力でまっすぐ殴りつけた。鈍い痛みが走る。けど、効いてる......
その瞬間。どこからか深い声がした。
「力を貸す」
「......え?!」
驚いて大きい声が出る。人の声?助け?なんて慌てて辺りを見渡す。
すると、私の真後ろ、確実に誰もいなかったはずの民家の屋根に、誰かいる。
月の光が逆光になってよく見えないけど、背が高くて、髪が長くて風になびいてる。多分男の人......
その人がおもむろに手をかざした。私はその手の方、バケモノの方向に振り返る。
轟音ともに、目の前のバケモノが空に飛んだ......
違う。
何かが地面から生えてる。
息を飲んで空を見上げると、私を追いかけてきたあいつらが、あいつらが......串刺しになってる。
何が何だかまるで分からない。でも、なんか、地面からなにか生えてる。その鋭い何かがバケモノ共を貫いて、空にぶち上げてしまったんだ。幾つものバケモノの体が命を失って(生き物か分からないけど!)......ぶら下がってる。
「串刺し、だ......」
思わずつぶやくと、今度はすぐ近くから
「如何にも」
と声がする。
ヒッ、と短い悲鳴か息かも分からない、情けない声を上げてそちらに向き直ると、さっきの男の人がいつの間にか降りてきて私の後ろに立ってた。
なんだか魔法使いみたいなローブ?外套?を着ていて、外国人みたいな彫りの深いおじさんで、髭が生えてて、目がぱっちりで、シュッとしてて、黒い髪がくるくるカールしてる......
おとぎ話に出てくる王様?
おじさん、いや、おじさんって言ったら失礼か、その人は話し出した
「私は串刺し公とも呼ばれたな。それにしてもお主」
「は、はい」
「私の姿がはっきりと見えるか」
「......みえ、ます」
「ほう、者によっては私たちの声をきくのがやっとだ、とも聞いていたが、お前は才に恵まれているようだな」
「え?て、ていうか、あなた誰なんですか、いや、まず、すみません......
助けてくれて、ありがとうございます!」
思いっきり頭を下げた、とにかく、私はこの、クシザシコウ、と呼ばれたらしき、王様(仮)に命を助けられた。
恐る恐る頭をあげると、王様(仮)は......微笑んでる。
「構わぬ。民衆を守ることこそ私の務めだ。民を脅かす不届き者には痛い目を見せる。これに尽きる。」
わけのわからない話をされている。でもその声は深くて低くて凄みのある声で、なんだか背筋を正さなければならないような気がしてきた。
すると、にわかに辺が騒がしくなってきた。パトカーの音も聞こえる。
「あ、た、助けが来たんだ」
安心してそう呟くと、やがてパトカーの赤いランプの光が見えてきた。
私はそこで、意識を失った。