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3

 まもなく辿り着いた最初のお届け先は、アルテミスシティ監視局員さんの事務所。なんでも近々アルテミスシティに雪を降らせる予定があるとかで、その準備に急遽、ダウンコートが必要になったってことだった。残念ながら空調が行き届いた年中快適な場所がここなのだから、お店にはセーターだって売っていない。おかげであたしみたいな小回りの利く個人の運送屋に白羽の矢は当たったみたいで、大手だと間に合わないところだったよ、なんてお褒めの言葉をいただいてしまう。そんな監視員さんへ、あたしは笑顔で段ボール箱をお渡しした。
 っていうか、嘘でしょ。いつか月でホワイトクリスマス、なんて言う日が来るのかしら。次のお届け先へ飛びながらあたしの頭の中は、もうその事でいっぱい。
 抱えて到着したのは同じ魔法使いのお宅だった。あたしが迷わないよう空に看板を浮かべていてくれるなんて、本当に魔法使いって良い人ばかりだと思うしかない。そんなお宅はといえば町の真ん中にあるはずなのに、本物かと目を疑う波が打ち寄せ、ヤシの木も揺れる南国のビーチだった。
「裏口からでごめんなさいね」
 茂みの奥から現れた魔法使いは申し訳なさそうに言うと、あたしから海苔の佃煮を受け取っている。
「いえ、お気になさらず。こちらへ受け取りのサインをお願いいたします」
 この人がこのビーチを作ったんだわ。あたしは頭の中で独り言を繰り出しながら、伝票のひとところを指してペンを渡した。
「あら、ボルシェブニキーの卒業生さんなの?」
 胸元のバッジに気づいたみたい。サインを走らせながら彼女は尋ねる。
「はい」
「懐かしいわ。私もなのよ。もう十年は前になるけれど。校長ってまだふぉ、ふぉ、って笑ってる?」
 ボルシェブニキーの卒業生なんてさほど多くもないのに、まさか月であたしのお客様として出会うなんて。
「先輩なのですかっ?」
 だからこんな素敵なビーチが作れるんだ。
「おっ、お目にかかれて光栄ですっ」
 思わず声を裏返してた。
「まあ、大げさだこと」
 舞い上がるあたしを前にしたところで、先輩は変わらず穏やかなまま。サインし終えた伝票をあたしへ差し出す。受け取ったならあたしはもう、舞い上がりついでに言わずにおれなくなっていた。
「いえっ。その、わたし、このあいだ卒業したばかりの新米で。ビーチ、とっても素敵です。隅々までが行き届いていて。ひずみのない奥ゆきも打ち寄せる波の間合いも、もう芸術的っていうかっ」
 感動を伝えたいのに、わざとらしくなるこの罰ゲームはいったい何。でも事実、呪文まかせな燃料の供給とは違い、転写の魔法を応用した空間づくりは繊細さが求められる熟練者のみがなし得るワザ。なのに遠く空から眺めたところで捻じれのひとつも見当たらないビーチの完成度はとんでもなくて、十年後、あたしにこんなことができるかしらって思ってしまう。同時に、帰ったら過去の卒業生名簿を繰ってみようと閃いていた。きっと先輩なら優等生として記録されているに違いない。
「ありがとう。療養中の祖母の希望なの。ここは重力も穏やかだから過ごしやすくて」
 だのにおごることなく手元の荷物へ目を落とす先輩は、魔法使いの鑑そのもの。
「海苔の佃煮なのね、これ。大好物だからきっと食べてくれるわ」
 読んで声を弾ませる。てっきり先輩が過ごすためのビーチだと思っていたあたしはそこで息を詰めていた。
 残りで吐き出せたのは「どうぞお大事に」だけ。一礼して残る真鍮の荷物と共に空へ舞い上がる。
 見送って振られる手が小さくなっていた。やがて先輩はヤシの木の間をビーチへ向かい歩いてゆく。よく見れば砂浜にはポツンとベッドが置かれていた。口にはしなかったけれどおばあ様はもう、それほど長くないのだろう。お年寄りが月で療養するとはそういうことだったし、だから今、精一杯、良い環境を整えてあげているのだと思う。
 おばあちゃんのことが蘇ってくる。
 血のせいか、荼毘に付されると灰ひとつ残さず燃え尽きてしまうのが魔女だから、本当に何もしてあげられなかったあたしは魔法で看病している先輩が羨ましく思えてならなかった。
「ドルジン・リェチーテっ」
 湿っぽくなったせいで落ちてきた推力へ喝を入れる。強めの呪文を追加して、沸く血にぞわぞわする体を風に晒した。
 気付けば夜が近づいている。色を変えた照明に泡のドームもほんのり色づいて、町もまた赤く染め上げていた。
 おばあ様を見送った先輩は、終えたその後どうするのだろう。つまりおばあちゃんのプレゼントを受け取ったあたしはその後、どうするつもりでいるのだろう。
 どうしてもうまく想像できなくて、「鍵」の示す場所へ行こうと唇を結びなおす。そうすれば次が想像できそうで、何か見つかる気がしていた。

「来るんなら前もって連絡のひとつくらい入れてよね」
「ご、めんなさい」
 頭を下げる。
「だから魔法使いなんて気の利かない、粗野でアナログなのは大嫌いなんだよ」
 って、そこまで言わなくてもいいと思うんだけど。
 お届け先のベルを鳴らして出てきたのはあたしよりもずっと背の低い、襟元に蝶ネクタイなんて結んだ坊やだった。誇らしげに見せつけると、さっきから倒れそうなくらいにあたしの前でふんぞり返ってる。
「玄関に置いて行かれたら、さすがにボクが困ることくらいはわかってるよね」
 小ばかにしたような薄目も遠回しな口ぶりも、いったいどこで覚えたのかしら。
「え、ええと、ではどちらへお運びすればよろしいでしょうか」
 呆気に取られてどうにか返せば、瞼の向こうで目玉だけを滑らせ坊やは、家の裏手を示してみせた。
「あっち」
 うん。なんだかだんだん腹が立ってきたわ。知らず坊やは大げさなくらい肩をすくめ、ほとほとよわったと首を振る。
「ああ、ボクの閃きの節操のなさにはコマッチャウね。あ、追加料金は払わないよ」
 付け加えられて、あたしは完全に腹が立ってることを自覚した。
「いいえ、突然お伺いしましたお詫びにサービスさせていただきます」
 ともかく浮かせた真鍮コイルを慎重に滑らせる。家と家の間へ回り込み、裏手へ運び込んでいった。そこにあったのは犬小屋、じゃないと思う。とにかくブリキでできた物置みたいな小屋はあって、指示されるまま前へと真鍮コイルを下ろした。
「気になるだろうから教えてあげるけど」
 なんて、いつだれが気になる、なんて言ったのよ。送り状へ一生懸命、サインしながら切り出す坊やはよほど話を聞いてほしいみたい。
「これはボクの研究室だよ。でも何をしているかは超秘密。盗みに来る悪い奴らからボクのアイディアを守らないといけないからね。わかる?」
 ちらり、視線なんて投げよこされて、あたしはもう「はぁ」としか出せなくなる。そんなあたしへ書き終えた送り状を差し出した坊やは「魔法なんてオッペケペーだね。そのうち科学が世界を制するんだ」と言うと、べー、と舌を突き出してみせた。
「わけ、わかんないっ」
 きっとご両親が教材に、是が非でも実験材料にとは言ってやらない、荷物を取り寄せたに違いないわ。でもこんなに早く手にすることができたのは魔法のおかげで、そうじゃなくても日々は魔法に助けられているはずなのに、あの態度はいったいぜんたい何なんだろう。
「何がおっぺけぺーの、べー、よ」
 急いでいるから地上を行かず、再び滑る空であたしも、べー、と舌を突き返す。せいせいしたらやっぱり世間知らずのお子様よね、なんて気分こそおさまっていた。
 夕刻を過ぎた泡のドームは絞られてゆく照明に色を失い透明へ戻ってゆくと、その向こうに広がる宇宙をのぞかせ始める。やがて宇宙ソラはそのまま「夜」になって、包み込まれた町は明かりを灯すと足元一面に広がった。
 つまり規則正しい生活をする魔法使いこそ仕事じまいの時間。証拠に辺りを飛ぶ姿はすっかり減って、操る乗り物もまばらと見かけなくなる。
「こっちであっているのかな。あっているよね......」
 様子はひたすらあたしを不安にさせていた。
 ついに一人きりになったなら、空を滑りながら地図の上へおばあちゃんの手紙を重ねてみる。向かう方向に間違いはなく、あたしは気持ちを奮い立たせてとにかく「鍵」が示すとおり町の端へと先を急いだ。
 やがて人影どころか町並みさえもが途切れ、ドームの床が丸見えになる。大気だけを包むがらんどうのドームの中を、それでもあたしは一直線と移動し続けた。
 と、果てにそれは現れる。泡のドームが透明なせいで、まるで剥き出しの月面にぽつんとたっているように見えてならない。なんだろう。あたしは地図を読むけれど、観光する場所でもなければ拡張中の町のはずれは、地図にもまだのっていなかった。
 仕方なく、あたしは行く手へ目を凝らす。
 建物みたい。
 辿り着いて、ふわり、前へ降り立った。
 正面は埃をかぶったシャッターが下ろされている。窓もないありさまは倉庫か何かに似ていて、そんな建物はひどく沈んだ雰囲気を漂わせていた。
「あ......」
 やおら手元で「鍵」が動く。
 ほんの少しだけ右へと振れた。
 どうしようかしら。
 迷うのは何だか自分が不審者っぽいせいだと思う。つまりこんなときこそ礼儀は大事で、信頼される魔法使いでいるためにもあたしは中へ呼びかけてみる。
「こん、ばんはぁ」
 耳を澄ませた。
 思ったとおり返事はない。
 辺りを見回していた。
 お邪魔します。
 唱えたのは心の中で。「鍵」が示す方へと、建物の壁に沿って歩き出した。従い手元でひと所を指し続けていた「鍵」も、じわじわ左へ回転してゆく。
 つまり建物の中なんだわ。
 察した瞬間だった。
「ん?」
 カタカタと「鍵」は震え始める。震えは見る間に大きくなって、やにわに手紙を強く引っぱった。
「わっ」
 離せばなくしてしまうのだから、あたしは手紙を強く握り返す。手紙ごとだ。「鍵」に引っ張られ地面を滑った。
「わああああっ」
 建物の角をきゅん、と曲がって裏手へ飛び出す。表からでは分からなかったけれど、建物は「コ」の字を描いて建っていた。窪んでできた広場には、月面さえ掘って深い穴があけられると、そこに山と鉄クズは放り込まれている。上には、降り積もらせたろうベルトコンベアが、建物の中から突き出していた。
「......ス、スクラップ、工場?」
 「鍵」が突如と動きを止める。もちろん止まり切れないあたしは吹き飛ばされて掴んだ手紙にぶら下がった。
「うはっ」
 止まった「鍵」はもう何も指してはいない。ただ手紙の上で真っ直ぐに立ち上がっている。立ってカチカチ、次第にガチャガチャと、先端に刻み込まれたギザの形を組み替え始めた。その動きは見る間に早くなってゆくと風を起こす。なおいっそう吹き荒れて、「鍵」を覆う竜巻になった。
「きゃあ」
 凄まじさにあたしの髪と服が千切れそうにはためく。なぶられて、建物もガタピシ音を立てた。もう手紙を握っておれなくなって、ついにあたしは手を離す。なら手紙は竜巻もろともドームの空へ浮き上がって、風の力でガラクタの中から鉄クズを吸い上げ始めた。
「う、そっ」
 まるで磁石にでも引き寄せられているよう。
 ゴン、ガン、キン。
 手紙の上で、「鍵」が鉄クズをくっつくけ太ってゆく。
 吸い上げられた鉄クズは渦巻き頭上で銀河を作り出し、見上げてあたしは大きく目を見開いた。
「こ、これってもしかして」
 もちろん本物なんて見たことない。見たのは魔技校の教科書に載った写真だけ。だから余計にそうだとしか思えなくなってくる。
「命の扉を開く魔法じゃあ......」
 唱えれば死者は蘇る。ただし、代わりに唱えた魔法使いが命を落とす魔法だった。だから絶対に使ってはならない発声禁止ハッキンの魔法と教えられてる。
 じゃあ今、誰が蘇ろうとしているのか。
 瞬間、手紙からカッ、と光は放たれた。吹き荒れていた風の音も、ぶつかり合うガラクタの音もとたん聞こえなくなる。変わりに光の中から声は優しく響いていた。 
「さんねんかん」
 どんなに眩しくてももう目が逸らせない。
「ほんとうによくがんばりましたね」
「おばあちゃんっ」
「おーきゅ・はんどれっどのかがやかしいみらいを」
 声がするたび、手紙が光の中へ溶けてゆく。
「こころよりおいわい」
「受け取りにきたよっ。もっといろいろあたしに教えてっ」
「もうしあげます......」
 消えて、光もまた力を失うと一気に小さくしぼみ、鉄クズの塊となった「鍵」の中へ吸い込まれるように消え去った。
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魔法使いの右腕作者:N.river
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 っていうか、嘘でしょ。いつか月でホワイトクリスマス、なんて言う日が来るのかしら。次のお届け先へ飛びながらあたしの頭の中は、もうその事でいっぱい。
 抱えて到着したのは同じ魔法使いのお宅だった。あたしが迷わないよう空に看板を浮かべていてくれるなんて、本当に魔法使いって良い人ばかりだと思うしかない。そんなお宅はといえば町の真ん中にあるはずなのに、本物かと目を疑う波が打ち寄せ、ヤシの木も揺れる南国のビーチだった。
「裏口からでごめんなさいね」
 茂みの奥から現れた魔法使いは申し訳なさそうに言うと、あたしから海苔の佃煮を受け取っている。
「いえ、お気になさらず。こちらへ受け取りのサインをお願いいたします」
 この人がこのビーチを作ったんだわ。あたしは頭の中で独り言を繰り出しながら、伝票のひとところを指してペンを渡した。
「あら、ボルシェブニキーの卒業生さんなの?」
 胸元のバッジに気づいたみたい。サインを走らせながら彼女は尋ねる。
「はい」
「懐かしいわ。私もなのよ。もう十年は前になるけれど。校長ってまだふぉ、ふぉ、って笑ってる?」
 ボルシェブニキーの卒業生なんてさほど多くもないのに、まさか月であたしのお客様として出会うなんて。
「先輩なのですかっ?」
 だからこんな素敵なビーチが作れるんだ。
「おっ、お目にかかれて光栄ですっ」
 思わず声を裏返してた。
「まあ、大げさだこと」
 舞い上がるあたしを前にしたところで、先輩は変わらず穏やかなまま。サインし終えた伝票をあたしへ差し出す。受け取ったならあたしはもう、舞い上がりついでに言わずにおれなくなっていた。
「いえっ。その、わたし、このあいだ卒業したばかりの新米で。ビーチ、とっても素敵です。隅々までが行き届いていて。ひずみのない奥ゆきも打ち寄せる波の間合いも、もう芸術的っていうかっ」
 感動を伝えたいのに、わざとらしくなるこの罰ゲームはいったい何。でも事実、呪文まかせな燃料の供給とは違い、転写の魔法を応用した空間づくりは繊細さが求められる熟練者のみがなし得るワザ。なのに遠く空から眺めたところで捻じれのひとつも見当たらないビーチの完成度はとんでもなくて、十年後、あたしにこんなことができるかしらって思ってしまう。同時に、帰ったら過去の卒業生名簿を繰ってみようと閃いていた。きっと先輩なら優等生として記録されているに違いない。
「ありがとう。療養中の祖母の希望なの。ここは重力も穏やかだから過ごしやすくて」
 だのにおごることなく手元の荷物へ目を落とす先輩は、魔法使いの鑑そのもの。
「海苔の佃煮なのね、これ。大好物だからきっと食べてくれるわ」
 読んで声を弾ませる。てっきり先輩が過ごすためのビーチだと思っていたあたしはそこで息を詰めていた。
 残りで吐き出せたのは「どうぞお大事に」だけ。一礼して残る真鍮の荷物と共に空へ舞い上がる。
 見送って振られる手が小さくなっていた。やがて先輩はヤシの木の間をビーチへ向かい歩いてゆく。よく見れば砂浜にはポツンとベッドが置かれていた。口にはしなかったけれどおばあ様はもう、それほど長くないのだろう。お年寄りが月で療養するとはそういうことだったし、だから今、精一杯、良い環境を整えてあげているのだと思う。
 おばあちゃんのことが蘇ってくる。
 血のせいか、荼毘に付されると灰ひとつ残さず燃え尽きてしまうのが魔女だから、本当に何もしてあげられなかったあたしは魔法で看病している先輩が羨ましく思えてならなかった。
「ドルジン・リェチーテっ」
 湿っぽくなったせいで落ちてきた推力へ喝を入れる。強めの呪文を追加して、沸く血にぞわぞわする体を風に晒した。
 気付けば夜が近づいている。色を変えた照明に泡のドームもほんのり色づいて、町もまた赤く染め上げていた。
 おばあ様を見送った先輩は、終えたその後どうするのだろう。つまりおばあちゃんのプレゼントを受け取ったあたしはその後、どうするつもりでいるのだろう。
 どうしてもうまく想像できなくて、「鍵」の示す場所へ行こうと唇を結びなおす。そうすれば次が想像できそうで、何か見つかる気がしていた。

「来るんなら前もって連絡のひとつくらい入れてよね」
「ご、めんなさい」
 頭を下げる。
「だから魔法使いなんて気の利かない、粗野でアナログなのは大嫌いなんだよ」
 って、そこまで言わなくてもいいと思うんだけど。
 お届け先のベルを鳴らして出てきたのはあたしよりもずっと背の低い、襟元に蝶ネクタイなんて結んだ坊やだった。誇らしげに見せつけると、さっきから倒れそうなくらいにあたしの前でふんぞり返ってる。
「玄関に置いて行かれたら、さすがにボクが困ることくらいはわかってるよね」
 小ばかにしたような薄目も遠回しな口ぶりも、いったいどこで覚えたのかしら。
「え、ええと、ではどちらへお運びすればよろしいでしょうか」
 呆気に取られてどうにか返せば、瞼の向こうで目玉だけを滑らせ坊やは、家の裏手を示してみせた。
「あっち」
 うん。なんだかだんだん腹が立ってきたわ。知らず坊やは大げさなくらい肩をすくめ、ほとほとよわったと首を振る。
「ああ、ボクの閃きの節操のなさにはコマッチャウね。あ、追加料金は払わないよ」
 付け加えられて、あたしは完全に腹が立ってることを自覚した。
「いいえ、突然お伺いしましたお詫びにサービスさせていただきます」
 ともかく浮かせた真鍮コイルを慎重に滑らせる。家と家の間へ回り込み、裏手へ運び込んでいった。そこにあったのは犬小屋、じゃないと思う。とにかくブリキでできた物置みたいな小屋はあって、指示されるまま前へと真鍮コイルを下ろした。
「気になるだろうから教えてあげるけど」
 なんて、いつだれが気になる、なんて言ったのよ。送り状へ一生懸命、サインしながら切り出す坊やはよほど話を聞いてほしいみたい。
「これはボクの研究室だよ。でも何をしているかは超秘密。盗みに来る悪い奴らからボクのアイディアを守らないといけないからね。わかる?」
 ちらり、視線なんて投げよこされて、あたしはもう「はぁ」としか出せなくなる。そんなあたしへ書き終えた送り状を差し出した坊やは「魔法なんてオッペケペーだね。そのうち科学が世界を制するんだ」と言うと、べー、と舌を突き出してみせた。
「わけ、わかんないっ」
 きっとご両親が教材に、是が非でも実験材料にとは言ってやらない、荷物を取り寄せたに違いないわ。でもこんなに早く手にすることができたのは魔法のおかげで、そうじゃなくても日々は魔法に助けられているはずなのに、あの態度はいったいぜんたい何なんだろう。
「何がおっぺけぺーの、べー、よ」
 急いでいるから地上を行かず、再び滑る空であたしも、べー、と舌を突き返す。せいせいしたらやっぱり世間知らずのお子様よね、なんて気分こそおさまっていた。
 夕刻を過ぎた泡のドームは絞られてゆく照明に色を失い透明へ戻ってゆくと、その向こうに広がる宇宙をのぞかせ始める。やがて宇宙ソラはそのまま「夜」になって、包み込まれた町は明かりを灯すと足元一面に広がった。
 つまり規則正しい生活をする魔法使いこそ仕事じまいの時間。証拠に辺りを飛ぶ姿はすっかり減って、操る乗り物もまばらと見かけなくなる。
「こっちであっているのかな。あっているよね......」
 様子はひたすらあたしを不安にさせていた。
 ついに一人きりになったなら、空を滑りながら地図の上へおばあちゃんの手紙を重ねてみる。向かう方向に間違いはなく、あたしは気持ちを奮い立たせてとにかく「鍵」が示すとおり町の端へと先を急いだ。
 やがて人影どころか町並みさえもが途切れ、ドームの床が丸見えになる。大気だけを包むがらんどうのドームの中を、それでもあたしは一直線と移動し続けた。
 と、果てにそれは現れる。泡のドームが透明なせいで、まるで剥き出しの月面にぽつんとたっているように見えてならない。なんだろう。あたしは地図を読むけれど、観光する場所でもなければ拡張中の町のはずれは、地図にもまだのっていなかった。
 仕方なく、あたしは行く手へ目を凝らす。
 建物みたい。
 辿り着いて、ふわり、前へ降り立った。
 正面は埃をかぶったシャッターが下ろされている。窓もないありさまは倉庫か何かに似ていて、そんな建物はひどく沈んだ雰囲気を漂わせていた。
「あ......」
 やおら手元で「鍵」が動く。
 ほんの少しだけ右へと振れた。
 どうしようかしら。
 迷うのは何だか自分が不審者っぽいせいだと思う。つまりこんなときこそ礼儀は大事で、信頼される魔法使いでいるためにもあたしは中へ呼びかけてみる。
「こん、ばんはぁ」
 耳を澄ませた。
 思ったとおり返事はない。
 辺りを見回していた。
 お邪魔します。
 唱えたのは心の中で。「鍵」が示す方へと、建物の壁に沿って歩き出した。従い手元でひと所を指し続けていた「鍵」も、じわじわ左へ回転してゆく。
 つまり建物の中なんだわ。
 察した瞬間だった。
「ん?」
 カタカタと「鍵」は震え始める。震えは見る間に大きくなって、やにわに手紙を強く引っぱった。
「わっ」
 離せばなくしてしまうのだから、あたしは手紙を強く握り返す。手紙ごとだ。「鍵」に引っ張られ地面を滑った。
「わああああっ」
 建物の角をきゅん、と曲がって裏手へ飛び出す。表からでは分からなかったけれど、建物は「コ」の字を描いて建っていた。窪んでできた広場には、月面さえ掘って深い穴があけられると、そこに山と鉄クズは放り込まれている。上には、降り積もらせたろうベルトコンベアが、建物の中から突き出していた。
「......ス、スクラップ、工場?」
 「鍵」が突如と動きを止める。もちろん止まり切れないあたしは吹き飛ばされて掴んだ手紙にぶら下がった。
「うはっ」
 止まった「鍵」はもう何も指してはいない。ただ手紙の上で真っ直ぐに立ち上がっている。立ってカチカチ、次第にガチャガチャと、先端に刻み込まれたギザの形を組み替え始めた。その動きは見る間に早くなってゆくと風を起こす。なおいっそう吹き荒れて、「鍵」を覆う竜巻になった。
「きゃあ」
 凄まじさにあたしの髪と服が千切れそうにはためく。なぶられて、建物もガタピシ音を立てた。もう手紙を握っておれなくなって、ついにあたしは手を離す。なら手紙は竜巻もろともドームの空へ浮き上がって、風の力でガラクタの中から鉄クズを吸い上げ始めた。
「う、そっ」
 まるで磁石にでも引き寄せられているよう。
 ゴン、ガン、キン。
 手紙の上で、「鍵」が鉄クズをくっつくけ太ってゆく。
 吸い上げられた鉄クズは渦巻き頭上で銀河を作り出し、見上げてあたしは大きく目を見開いた。
「こ、これってもしかして」
 もちろん本物なんて見たことない。見たのは魔技校の教科書に載った写真だけ。だから余計にそうだとしか思えなくなってくる。
「命の扉を開く魔法じゃあ......」
 唱えれば死者は蘇る。ただし、代わりに唱えた魔法使いが命を落とす魔法だった。だから絶対に使ってはならない発声禁止ハッキンの魔法と教えられてる。
 じゃあ今、誰が蘇ろうとしているのか。
 瞬間、手紙からカッ、と光は放たれた。吹き荒れていた風の音も、ぶつかり合うガラクタの音もとたん聞こえなくなる。変わりに光の中から声は優しく響いていた。 
「さんねんかん」
 どんなに眩しくてももう目が逸らせない。
「ほんとうによくがんばりましたね」
「おばあちゃんっ」
「おーきゅ・はんどれっどのかがやかしいみらいを」
 声がするたび、手紙が光の中へ溶けてゆく。
「こころよりおいわい」
「受け取りにきたよっ。もっといろいろあたしに教えてっ」
「もうしあげます......」
 消えて、光もまた力を失うと一気に小さくしぼみ、鉄クズの塊となった「鍵」の中へ吸い込まれるように消え去った。
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